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第三話

 僕の突然の申し出に、彼女はきょとんと小首を傾げた後ケラケラと笑った。


「えー、もしかしてデートのお誘い? 真面目そうな顔して意外に軟派だねぇ」

「そう? でも実際ナンパするのは初めてだったりして」

「嘘ばっかりー」


 エリーゼはクスクスとひとしきり笑ったかと思うと、申し訳なさそうに言う。


「うーん、でもゴメンね。私そういうのは一律お断りしてるの。それに忙しくて時間無いしね」


 苦笑しながらそういう彼女に、内心予想通りと思いながら、僕は一旦引き下がる。


「それは残念。忙しいならしょうがない。ところで忙しいってどのくらい忙しいの?」

「どのくらい、って言われると困るけど、男の子とデートもできないくらいかなぁ。昼間からウチの手伝いでほとんど暇は無いし、休日は昼間は食堂を閉めてるけど買い出しに行ってるからね」

「買い出しかぁ。一週間分の食材を買うなら可憐なエリーゼちゃんの細腕なら大変なんじゃない?」


 お世辞を交えながらそう言うとエリーゼはそうなのっ! と勢い良く頷いた。その拍子にぷるんと揺れるおっぱいに、思わず目を奪われそうになる。


「肉とか野菜とかはお父さんが仕入れに行くから他の細々したのは私なんだけど、それでも一週間分だと山盛り。半日市場中を駆け回って帰るころには腕がパンパンなの」


 お父さんみたいな太い腕になっちゃったら誰が責任取ってくれるの? と小声で愚痴を漏らす彼女に苦笑しながら、僕は努めて下心を感じさせないよう紳士的に言った。


「じゃあその買い出し、僕にも手伝わせてよ」

「え? でも……」

「デートじゃなくて、買い出し。それでもダメかな?」

「うーん……」


 腕組み考え込むエリーゼ。彼女の中には、客とデートには行かないというポリシーと、荷物係という重りの乗った天秤が揺れ動いていることだろう。


「僕さ、見ての通り田舎者じゃない?」

「そんなことは……」


 といいつつも苦笑気味のエリーゼ。


「だからここみたいな都会は軽く迷宮でさ。エリーゼの手伝いがてら市場の事がわかれば、っていう下心もあるんだ」

「あ、なーるほど」


 納得したように頷くエリーゼ。


「うーん、そういうことなら…………荷物持ち、デートじゃなくて本当に荷物持ちならお姉さんが街中を案内してあげようかなぁ」


 恩着せがましく、それでいて満更でも無さそうな彼女に、


(釣れた……ッ!)


 と内心ガッツポーズをしながら僕は満面の笑みを浮かべ言った。


「それじゃあ週末は空けとくから買い出しに行く時は声掛けてよ」

「うん、それじゃあまた今度。あ、そうだ」

「うん?」


 エリーゼがイタズラっぽい笑みで僕の耳元に口を寄せると


「この事、お父さんには内緒ね」


 と言い去って行った。


「…………………」


 僕はそんな彼女の女の子らしい仕草と甘い香りに、不覚にも軽くときめいてしまうのだった。


 

 

 

 さて、無事エリーゼと買い出しの約束を取り付けられたわけだが、こうなった以上僕には至急やらねばならないことが出来た。

 一つ。複数人で襲いかかってくる暴漢達を撃退する戦闘力を身に付けること。ゲームでは、主人公は自警団の面々が協力して捜査に当たっており、戦闘は自警団が行ったので敵の戦闘力は完全に未知数。それでも、自警団が戦闘を行ったという事はその時点の主人公では太刀打ちすることが出来なかった可能性が高い。

 二つ。万が一、襲撃事件が買い出し以外の日に起こり、彼女が奴隷落ちしてしまった場合の為の資金稼ぎ。襲撃も防げませんでした、彼女を購入することも出来ませんでした、では話にならない。最低限予防線は張るべきだ。

 まぁ優先順位としては強くなる方が優先か。エリーゼは買い出し以外には出掛けることは無さそうだし、暴漢が襲ってくるまで毎週買い出しを付き合えばいい。それに何よりエリーゼが奴隷落ちしても僕が死ぬことはないが、暴漢に負けたら僕は死ぬ。

 そういったわけで翌日、僕は早速迷宮へと来ていた。

 今日の迷宮は、『脆弱な 獣の 乱戦場』だ。

 ここに出てくる魔物は、ゲーム中で最弱の名を欲しいままにするザコーンだ。

 ザコーンは、低いHPに貧弱な攻撃力、脆弱な防御力しか持たない反面、なかなかの素早さを持ち、必ず5体以上の群れで現れ、かつ一体辺りの経験値は1と不人気の魔物だ。

 精々が、子供に魔物との戦闘経験を積ませる実験台にする程度で、冒険者は見向きもしない。

 だが、このザコーン。攻略サイトではザコーン先生と呼ばれかなりの人気を誇っていた。

 なぜか。それは、このザコーン先生がとある強力な称号とスキルを得るのに最も適した敵だからである。


「さて、行くか」


 準備運動を終えた僕は軽く装備を点検した後迷宮へと入っていった。

 今日の僕の装備は、軽いショートソードとやはり昨日と同じ一般着である。

 昨日とは違い今日は戦闘があるのにこんな舐めた装備なのには勿論理由がある。

 一つは、ザコーン程度の攻撃力ではかすり傷程度しか負わないこと。

 二つ目が身のこなしを少しでも軽くするためだ。

 今日僕は自分に二つの課題を化していた。まず、今日1日で百体のザコーンを殺すこと。そして一撃も攻撃を受けないことだ。

 攻撃を受けないのが目標なのだから、防具なぞ不要。というわけだ。


(………ん、早速か。さすがに数が多いだけあるな)


 迷宮に入ってわずか数十秒。僕は早くも6体のザコーンを発見した。

 半径5センチほどの球体に鋭い牙を生やし、蝙蝠の翼を着けたような奇怪な生物がくるくると通路を飛んでいる。

 ザコーンは視力が弱い為――というか視力があるのかすら疑問なのだが――まだこちらには気づいていないようだ。

 僕は、そんなザコーンにショートソードをしっかりと構えると素早く接近し、瞬く間に一体のザコーンを切り伏せた。


「ぴぎぃぃぃいい!!」


 一刀両断されたザコーンが断末魔の悲鳴を挙げ消滅していく。

 その悲鳴で他のザコーンも僕に気付き、シャアアアッと鋭く牙を向いた。

 さぁ、戦闘開始だ。

 僕が正眼に剣を構えると同時、5体のザコーンがバラバラの方向から襲いかかってくる。

 以前までの僕なら、5体分の攻撃を受ける覚悟で一体一体ザコーンを沈めるしかなかっただろう。

 だが、称号により反応と感覚の上昇した今、ザコーンすべての動きを捉え悠々とかわすことが出来た。

 まずは攻めることなく、ザコーンの攻撃をかわすことに専念する。劇的に上昇した身体能力になれ、同時にザコーンのスピードと攻撃パターンを把握する為だ。

 正面のザコーンの噛みつきを半身でかわし、背後のザコーンを軽く身を屈め回避。足元を狙うザコーンは一歩足を引くことで対処し、両サイドから襲うザコーンには両者に激突してもらった。

 そうしてザコーンの攻撃を避けているうちに、段々とコツが掴めてくる。

 重要なのは、敵全体の位置を頭に叩き込むこと。常に敵の動きを把握し続け、脳内の地図を書き換え続ければやがて脳内でザコーンのイメージが補完されるようになり、背後からの襲撃にも対処することが可能になる。

 当初はダイナミックだった僕の動きは徐々に小さいものになり、逆にザコーンの動きが鈍っていった。


(もうそろそろいいだろう)


 戦闘から1分、ザコーンの攻撃パターンが大体わかった僕は、攻撃に転ずることになった。

 といっても、動きのパターンは掴めているのだから、簡単だ。向かってくるザコーンに合わせるように剣を振ってやればいい。それだけで、脆弱なザコーンは自身のスピードと剣の鋭さに一刀両断されることになる。

 数が減ればより一体のザコーンに割ける意識が大きくなり、倒すのは容易になる。

 そうなれば、後は作業だ。

 瞬く間にすべてのザコーンを片付けた僕は、、ふぅと一息つきその場に座り込んだ。


「…………………………………………」


 じっと、自身の手のひらを見つめる。

 そうしているうちにじわじわと実感が湧いてきた。


「フッ、フフフフフ」


(まるで別人のようじゃないか)


 熟練の戦士のように冷静で、暗殺者のように軽快に、一流の剣士のように鋭く剣を振ることが出来た。

 LVは変わっていない。装備もそこら辺の初心者以下だ。ただ、ただ称号を3つほど手に入れただけ。

 これで、今日さらに称号を手に入れたらどうなるんだ?

 ぶるり、と体が震えた。

 試したい。早く。手に入れたい。新しい力を。

 込み上げてくる興奮に突き動かされるよう、僕はザコーンを求めて歩き出した。


 

 


(………これでッ、97!)


 背後からの噛みつきをかわしつつ、刃零れが気になってきたショートソードを一閃。97体目のザコーンを片付ける。

 残りのザコーンは残り4。ノルマはあと3。剣を切り返し、98体目。

 そこで一旦距離を取り、顎を伝う汗を拭いとる。


(予想より………精神的にキツいな……!)


 取るに足らない雑魚とはいえ、一度も攻撃を食らわずに倒し続けるという作業は僕の精神を磨り減らすものがあった。

 後半に差し掛かると、集中を切らし、危うく攻撃を受けそうになったことも幾度かあり、それもまた精神的負担となっていた。

 肉体的な体力はまだまだあるのだが、精神的な体力は枯渇寸前だ。

 しかも。

 距離を取った為僕を見失いマヌケに同じところをぐるぐると飛び回っているザコーンを見る。

 残り3体。正確には残り2体+1体。この+1という数が不味い。

 迷宮には、同じ魔物ばかりが集中して大量に倒された場合、キングという特殊な魔物が出没する。

 キングが現れる討伐数は魔物によってまちまちだが、ザコーンそれがちょうど100体。

 キングは迷宮内のザコーンが変質して現れる上、最も敵と近い個体に顕現する為、必ずあの3体のうち1体がキング化する。

 キングの戦闘力はその種族の約10倍。負けるとは思わないが、いまの貧弱な装備と磨耗した精神力では“万が一”が起こる可能性も否定できなかった。


(……あー、こうならない為に慎重に数を数えながら倒してたのに!)


 ちょうど100体になるよう調整しながら戦い、尚且つ最後の戦いは入り口近くにする。そしてキングが僕を視認する前に迷宮を脱出する。それが本来のプラン。

 それがどうしても入り口付近ではザコーンが見つからず、ついつい深入りしてしまい、挙げ句の果てにはうっかり曲がり角で6体の群れと遭遇してしまった。


(…………仕方ない、か)


 こうなってしまった以上、腹を括るしかない。

 危険な橋は極力渡らない方針だったが、ノルマ達成後に得られる称号の強化を考えれば充分勝算はある。

 そう覚悟を決め、ザコーン達に大きく踏み込みザコーンの一体を一刀両断した瞬間。


「ギュォォォォオオオオォォ!!!!!!」


 大気を揺るがす咆哮と共にザコーンのキング化が始まった。


「………………は?」


(な、ん……!? だって、まだ1体ッ、なぜッ、数え間違えた?! いや、称号は得てない! ならば、ああッ! クソッ、そうか、そういうことかッ!)


 一瞬で思考が高速回転し、僕はようやく答えに至った。

 不人気の魔物、ドロップアイテムもなく、経験値も最小。こんな迷宮、僕以外見向きもしないと思っていたから、最初から可能性から除外していた。


(誰かこの迷宮に入ってザコーンを殺しやがったッ……!)


 僕が顔を知らぬ“誰か”に理不尽な怒りを向けている間にも、ザコーンは見る見るうちにその姿を変えて行く。

 半径5センチほどの球体は、一噛みで人間を半分に出来そうなほどに。蝙蝠の翼は、肥大化し、同時に力強く、竜の翼を思わせる物へと。そして灰褐色だった肉体は、黄金の輝きを得て行く。

 やがてキング化を終えた一体のザコーンは、数多の同胞を葬った僕を怨念をぶつけるように睨み据え。


「ギュォオオオオォォン!!」


 咆哮。

 それと同時にようやく我に返った僕は、弾かれたように駆け出した。


「間に合え……ッ!」


 向かう先は、もちろん迷宮の入り口――ではなく、先ほどまでの僕のように硬直した最後のザコーン。


「間に合えッ!」


 今の僕が生き残るには、この手段しかない。

 全身の力を振り絞るようにザコーンへと向かい、キングもまた僕の思考を読んだように、いや、あるいは王として配下を守る為なのか僕へと向かう。

 そう、これはもう僕がザコーンを殺せるか、それまでにキングが僕に一撃を与えられるかの戦い。言わば、命懸けのビーチフラッグ。

 だから、疾れ。もっと速く。さもなくば、“また”死ぬぞ?


「間に合えぇぇェェェェッッ!!!!」


 咆哮し、僕がザコーンを切り捨てるのと、衝撃が体を襲うのはほぼ同時のことだった。

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