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 朝の日射しで、眼が覚めた。


「ここ、は……? ……ッ!」


 一瞬ボゥッとした後、ハッと頭が覚醒した。

 ベッドから起き上がり辺りを見回すと、そこは主野 公人の自室ではなく先日から宿泊している安宿屋だった。

 次に、自分の身体を見下ろしてみると傷一つなく、そして一張羅もまた無傷だった。


(夢、だったのか……?)


 いや、と頭を振る。

 それを判断するのは早計だ。

 これから、それを確かめに行くのだ。

 僕は叔父の剣を手に取ると、宿屋の一階へと降りていった。



 食堂も兼ねた宿屋の一階は、早朝にもかかわらず夜の酒場にも似た賑やかさだった。

 テーブルについた冒険者たちが、今日の予定を話し合いながらパンを食べている。

 そんな彼らの間を、肩ほどの長さの銀髪を踊らせながら行き来している少女がいた。

 この宿屋の看板娘、エリーゼだ。

 ぱっちりとした琥珀色の瞳と、整った鼻筋に、小さな小顔といった整った容姿をしており、小柄かつ細身ながら胸のふくらみは豊満で、スタイルも抜群。さして飯が旨いわけでもないここの宿がいつも繁盛しているのは彼女狙いの客によるところが非常に大きい。

 ぼぅっ、と彼女を見つめていたところ、それに気付いたかエリーゼが営業スマイルを浮かべて近づいてきた。


「おはよーございます。朝食はいかがなされますか?」

「あ、うん。いただくよ」

「ではこちらの席でお待ちくださーい」


 そのまま厨房へと向かおうとする彼女を僕は呼び止めた。


「あ、ちょっと待って」

「はい?」

「あの、今日って何日だったかな?」

「今日ですか? 今日は竜の月の13日ですよ」

「そう、ありがとう」


 竜の月の13日。間違いない、僕が死んだ日だった。そして、主野 公人が最初のセーブをしたポイントでもある。

 このあと僕は防具の一つも身につけずに迷宮に潜り、命を落とすことになる。……あの夢が本当ならば、だが。

 ちらり、と腰に帯びた叔父の剣を見る。

 これも、夢の中で得た手がかりの一つだ。

 刃渡り1メートル弱の一見何の変鉄もない普通の長剣。特筆すべき点は、魔術刻印が刻まれていることと柄に水晶球が嵌まっていることぐらいか。

 だがその真の正体は、魔神の魂の欠片が封じられた魔剣ソウルイーター。切れば切るほど物理攻撃力と魔法攻撃力が上がる作中最強の武器だ。序盤の終わりからその機能が解放されるようになり、シナリオの終盤、迷宮の最下層にたどり着いた主人公は、迷宮に封じられた魔神を復活させてしまう。おまけに、この剣は威力を失い、さらに魔神の攻撃力は魔剣の攻撃力に比例するという鬼畜仕様だ。

 それが本当なら、この剣を使うのは愚の骨頂なのだが………。


(この剣なら序盤は敵無しなんだよな……)


 シナリオ上、この剣でなくてはダメージを与えられない敵も存在し、プレイヤーは否応なしにこの剣をある程度育てる必要がある。

 それでも意地でも魔剣を育てなかったプレイヤーには、“実は魔剣は複数あったんだよ!”という裏設定が解放され、ある程度の攻撃力を魔神は持つことになる。

 使えば地獄、使わなくとも地獄。

 さてどうするべきか。


(ま、夢が本当ならの話だけど)


 欠伸混じりに思考を打ち切ると、僕は運ばれてきた朝食を食べ始めるのだった。


 

 

 

 味気ないパン。肉の少ないスープ。二種類しか入っていないサラダを平らげると僕は早速迷宮へと向かった。

 今回僕が向かうのは、『新米の 薬師の 修行場』という初心者向けの迷宮だ。

 迷宮は3つのキーワードから構成されており、最初の“新米の”が難易度、“薬師の”がドロップアイテムの傾向、“修行場”がダンジョンのトラップや敵の数などの傾向となる。

 今回の『新米の 薬師の 修行場』は、最も難易度が低く、またドロップアイテムも旨味が無く、その癖敵の数はそれなりと人気のない迷宮だ。

 おそらく向かえば僕の貸し切りになること請け合いだろう。


(だからこそ、都合が良い……)


 僕は迷宮の入り口に立つと、ニヤリとほくそ笑んだ。

 今の僕の装備は、布の服に魔剣のみと死んだ時と変わりない装備。

 学習してねぇのか! と突っ込まれそうな装備だが、問題はない。

 なぜなら、僕は戦闘するつもりなど欠片もないのだから。

 僕は迷宮へと一歩脚を踏み出し――――そしてすぐに出た。

 そしてまたすぐに迷宮に脚を踏み入れ、出る。

 入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。入る。出る。

 延々と、この動作を繰り返す。

 端から見れば意味のわからない行動。おそらく、他の冒険者に見つかれば狂人の謗りは免れないだろう。

 だが、それを100回ほど繰り返した時。

 僕の頭に声が堕ちて来た。



≪―――汝に“初級冒険者”の称号を与えよう≫



 重苦しい、声自体に畏敬が籠ったような神々しい声。

 それに僕は一瞬茫然とした後、ハッと我に返るとすぐさまステータスカードを取り出した。

 そこには今まで空白だった称号の欄に“初級冒険者”という項目が追加されており。


[メインステータス]

■アルケイン=健康

■LV=1

■HP=52/32(+20)

■MP=33/13(+20)

・筋力=1.02(+1.00)

・反応=1.56(+1.00)

・耐久=1.21(+1.00)

・魔力=1.10(+1.00)

・意思=1.51(+1.00)

・感覚=2.02(+1.00)


 僕のステータスが劇的に増加していた。


「……………ぅ」


 呻き声が喉から漏れる。

 ぶるぶると身体が震え、何か熱い物が身体の奥底から溢れ出ようとしていた。

 それは、興奮。あれが夢ではなかったという歓喜。

 堪えようとしても堪えきれないそれはやがて僕の中から溢れだし。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!」


 僕は獣染みた雄叫びを挙げた。

 その日僕は日が暮れるまで迷宮の出入りを続け、“熟練冒険者”“一流冒険者”の称号を手に入れた。


 

 

 

 

[メインステータス]

■アルケイン=健康

■LV=1

■HP=352/32(+320)

■MP=333/13(+320)

・筋力=1.02(+16.00)

・反応=1.56(+16.00)

・耐久=1.21(+16.00)

・魔力=1.10(+16.00)

・意思=1.51(+16.00)

・感覚=2.02(+16.00)



「ふっ、ふふふ、フフフフフ」


 夜、宿屋の食堂でステータスカードを見る僕は自分の頬がにやけるのを止めることができなかった。

 熟練冒険者は大体普通の冒険者が10年続けたところで手に入れられる称号だ。この称号を持っているということはベテランを意味し、どこの国でも騎士に取り立ててくれる。

 一流冒険者に至っては国でも1人いるかいないかで、それも日に何個も迷宮を踏破するような狂人と紙一重の人間にしか手に入れられない称号だ。

 それをわずか1日。わずか1日で取得できた。

 その結果がこれだ。

 LV1にして、このステータス。

 そこら辺の迷宮なら今の装備でも攻略できるのではないだろうか。


(いや………油断は禁物だ)


 浮かれぎみの自分を諫める。

 確かに、僕は攻略サイトの情報で破格の力を手に入れた。だが、その情報もすべてあっているとは限らない。

 なぜなら、攻略サイトの情報はあくまでゲームの攻略情報。そして、この世界は確かに現実なのだ。

 僕は、この世界がゲームの世界で自分がただのキャラクターだとは思っていなかった。

 だってそうだろう? 僕は確かにここに存在する。眼に映る光景には、今日を生きる人々の姿が映り、匂いを嗅げば美味しそうな晩飯の香りがする。

 傷つけば痛いし、夜がくれば眠くなる。

 攻略サイトの情報は本当だった。だがそれはこの世界がゲームという証拠にはならない。

 もし攻略サイトの情報がこの世界がゲームという証拠になるのなら、今ここに生きる人々が、確かにこの身体にある生命の脈動が、ここが現実であるという証拠なのだ。

 なればこそいつか現実とゲームの齟齬がどこかで出てくる。

 それは情報を過信する僕を殺す毒となりうる。

 そうならないように、今のうちにその齟齬を検証し、そして同時に情報の恩恵を得るべきだ。

 …………とはいえ、だ。

 ステータスカードを見る。

 今くらい、今くらいはこの何の苦労せずに手に入れたこの力に悦に入ってもいいだろう。

 なんせ、16倍だ。たった1日で16倍の戦闘力を手に入れた。

 1.00が人間の平均的な身体能力の数値なので僕は人間の16倍の身体能力を得たことになる。


「ふっ、フフフフフ」


 それを考えると、やはりどうしても笑みが溢れた。


「どうしたんですか? 機嫌が良さそうですけど」

(……ッ!)


 ハッとそちらを見ると、看板娘のエリーゼがシチューを片手にこちらを見ていた。


「や、ようやくLVが上がってさ。…………もしかしてニヤケてた?」


 照れ笑いを浮かべながら僕はステータスカードをさりげなく懐にしまう。

 僕のステータスカードははっきり言って異常だ。誰にも見せるわけにはいかなかった。


「うーん、正直かなり不気味でしたよ」

「えー、ひどいなあ」


 冗談混じりにそういうエリーゼに笑い返しながら、ふと彼女のことを思う。

 彼女――エリーゼは、かなり悲惨なキャラだ。

 まず彼女は序盤に買い出しの途中で、暴漢に襲われレイプされる。その後彼女は暴漢たちに一週間に渡り監禁され、昼夜を問わず犯され続けるのだが、その間に宿屋の主人に依頼された主人公が彼女を見つけ出せないと、彼女は奴隷商に売られてしまう。

 そのイベントの後、一定以上の資金を持った状態で奴隷商の元へ向かうと彼女を奴隷として購入できるのだが、一定期間奴隷商の元へ行かないと彼女は醜く太った豪商の元へ売られ、エンディングで最安値の娼館で働いている描写がされる。

 ちなみに、彼女を見つけ出した場合は彼女を仲間にすることはできず、彼女を仲間にするには一度奴隷になってもらうしかないという、とことんエリーゼに厳しい仕様だった。


(さて、どうするか)


 整ったエリーゼの顔と豊かな胸回りをさりげなく観察しながら思考する。

 今僕には2つの選択肢がある。

 一つは彼女を暴漢から襲われる前に救う選択肢。もう1つは、一度彼女には奴隷になってもらい、その後購入する選択肢だ。

 1つ目の選択肢は、僕がシナリオの影響力をどの程度受けているかの良い実験になるだろう。

 ゲームでは、エリーゼが暴漢に襲われるのは強制イベントでそれを救う手立てはない。故に、もしそれを救えれば僕にシナリオの影響力はないという証明になり、やはりこの世界が現実である証明にもなる。逆に、エリーゼが何があっても暴漢に襲われるなら、僕はシナリオの奴隷ということになり、ゲームクリアのその先は……………想像したくない。

 ではもう1つの選択肢ならばどうなるかというと、この魅力的な彼女を僕の奴隷にすることができる。

 今後、僕が抱える最大の問題は仲間をどうするかということだ。今日の迷宮の迷宮の出入りのように、僕は端から見たら奇妙な行動を今後繰り返すだろう。他の人とパーティーを組んだ場合、その行動の理由は絶対に聞かれ、うまく誤魔化したとしても僕が強くなるにつれ、必ず僕の行動を模倣する輩が出てくる。そうなれば、僕のアドバンテージは消滅し、それどころか僕は数多の勢力に狙われることになる。

 では今後ずっとソロで戦って行くのか。それはあり得ない。迷宮はそんな甘い代物ではなく、ソロで戦っていればそう遠くないうちに僕は命を落とすだろう。

 故に、奴隷だ。奴隷ならば他者に秘密が露見することもなく、性欲の処理にも使える。

 エリーゼはかなりの美人であり、固有キャラ故のスキルも持っている。そんな彼女を奴隷として扱える。これが2つ目の選択肢。

 まず、1つ目の選択肢の実験だが、これは別に今回じゃなくても実験できる。故に実質得られるのは彼女からの感謝と僕の満足感だろう。

 2つ目の選択肢は、彼女を奴隷として購入できるが、良心がかなり痛む行為であり、しかもかなり高額の資金を短期間で集める必要がある。つまり、ここまでして彼女を購入できない可能性もあるということだ。


「………………」

「……?」


 じっと彼女を見つめる僕に気づいたエリーゼが怪訝そうに首を傾げる。

 そんな彼女を見て、僕は決めた。


「ねぇ、良ければ今度一緒に出かけない?」


 彼女を救うことを。


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