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プロローグ

知らない方は初めまして、知ってる方は今後ともよろしくお願いいたします、百均です。

この度、ノクターンの方でこっそりと書いていた「迷宮のアルカディア」をこちら、小説家になろうの方でも投稿させていただくことにしました。

何卒よろしくお願いいたします。

 自分が死ぬ時の想像をリアルにしたことはあるだろうか。

 恐らくは大抵の人はしない筈だ。

 したとしても、ベッドの上で家族に看取られて死ぬ。という程度のものだろう。

 老人となった自分も、看取る家族の数も顔もおぼろげな想像。

 万人が抱くだろう自分の死ぬ時の想像だ。

 僕も例に漏れずその想像をしており。


 しかし僕は冷たい石の床の上で死にかけていた。


「ぅ…………あっ……」


 掠れた、自分のものとは思えない声が出た。

 視界は涙に歪み、歪んだ視界の先には猿に犬の頭をつけたような生物が無数に僕を取り囲んでいた。

 彼らは一様に僕の体に食らい付き、僕の体はもはや原型を留めていない。

 肉体はすでに死へと片足を踏み込んでいるのか痛みは無く、ただただ生きたまま肉体を貪られる不快感と虚しさだけがあった。

 どうしてこんなことに……。

 心のなかで自問自答する。

 有名な冒険者となるために故郷を飛び出し、昔冒険者だったという叔父の剣を片手にこの迷宮都市ヴェネアへとやってきた。

 ところが田舎者の初心者では誰もパーティーを組んではくれず、それでも自分ならなんとかなると根拠の無い自信を胸に迷宮へと挑戦し――――この様だった。

 視線を下へと向ける。

 するとそこには無残に引き裂かれた一張羅がある。

 そこそこ値が張るものとはいえ、所詮は只の服。革を鞣したものでも、ましてや鎖かたびらなんぞでもない。何の防御力もないただの服。

 今なら、迷宮ですれ違った冒険者たちの嘲笑の訳がわかる。

 一般着で剣片手に迷宮を彷徨く僕は自殺志願者にしか見えなかっただろう。

 死んで当然だ、と僕は思った。

 迷宮を舐めすぎた。魔物を舐めすぎた。自分の命を、舐めすぎた。

 こんな愚か者にふさわしい末路は、まさにこれ。生きながら肉体を貪り喰われるのがふさわしい。

 あぁ、それでも。

 もしもう一度チャンスが与えられるなら。

 僕は今度こそ――――…………………。


 そして僕は死んだ。


 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「……………ッッッ!!!!」


 そこで僕は跳ね起きた。


「ハッハッハッハァッハァッハッ」


 ドッドッドッドッと心臓が跳ねる。呼吸も粗い。まるで1km全力疾走したようだ。

 最悪の夢見だった。自分が死ぬ、それも化け物に生きたまま貪り喰われる夢。痛み、恐怖、絶望、懇願。そのすべてがリアルでトラウマになりそうだった。

 だが夢だ。

 夢で、良かった………。


「あ、れ………?」


 そこで気づく。


「ここ……どこだ?」


 そこは狭い小部屋だった。

 大体僕が普段泊まっている宿屋の一室ほどの大きさだろうか。

 だがその内装は安っぽい宿屋とは雲泥の差。辺り一面は染みひとつない白い壁に覆われており、地面は木製の慣れ親しんだフローリングだが、ピカピカに輝いている。

 壁際には質素だが上等そうなベッドと、ぎっしりと本の詰まった本棚があり、内装の豪華さと部屋の狭さがちぐはぐだった。

 そして何より目の前のこれ。

 長方形の発光する板。これは一体なんなのだろう。

 上等そうな木製のデスクの上にドッシリと載ったその板からは無数の紐が机の下へと伸びており、机の下を覗いてみると微かな駆動音を発する黒い箱に紐は繋がっていた。

 机の上には無数のボタンがついた板切れと、手のひらサイズの不可思議な物体がおいてあり、発光する板の他にはインクや羽ペン、羊皮紙といった本来デスクにおいてあるべき品々はない。

 これはなんなのだろうとまじまじと発光する板を見てみる。

 発光する板には色々な絵が書かれており、どうやら迷宮の一部が書かれているようだった。

 薄暗い迷宮の小部屋の中で、一人の人物が血まみれで倒れている。その人物は僕と同じ銀髪碧眼であり、僕と同じように布の服を身に纏い、僕と同じように…………………。


「………え?」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 そこに描かれていたのは、僕だった。

 小さく、デフォルメされて描かれているが、中肉中背の背丈、男にしては長めの銀髪、虚ろに開かれた碧眼に、女のような面をからかわれ続けたその顔は、まさしく僕そのものだった。


「なんだ……これ」


 喉が急速に乾いていくのを感じた。そして喉の水分がそちらに行ってしまったかのように背筋に汗が浮かぶ。

 ゴクリと生唾を飲んでさらに詳しく絵を見てみると、見たことのない異国情緒漂う字で、『ゲームオーバー コンティニューしますか? Y/N』と書かれていた。


「いや、待て……」


 おかしい。おかしいおかしいおかしい。

 どうしてこの文字が今読めたんだ?

 もう一度文字を見る。やはり知らない文字だ。だが、まるで親しんだマルクティア語のように読むことができた。

 さらに、先ほどまでは読めなかった本棚の本――マンガのタイトルもわかるようになっていた。


「ひっ……!」


 恐怖が、自然と喉から溢れでた。

 僕は今、急速にこの世界を理解しつつあった。

 良くわからなかったものが、まるで始めからそれを知っていたかのように理解できるようになっていた。

 この発光する板は、パソコンだ。正確にはパソコンはデスクの下のボックスであり、この板はディスプレイ。無数のボタンがついた板はキーボードで、隣のはマウス。

 そして。

 そして。そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして。

 このディスプレイに映った絵は、『迷宮のアルカディア』というエロゲのプレイ画面であり――。

 倒れている人物はこのゲームの主人公で――。


 ――――僕はエロゲの主人公だった。


 

 

 

 

 ずいぶん長い間、茫然としていたらしい。

 起きた時は昼頃くらいの明るさだったはずだが、今はもう辺りは暗く、ディスプレイの明かりが室内を照らしている。

 だが、その甲斐あって大分落ち着くことができた。

 ため息にも似た深呼吸をし、情報を整理する。

 僕の名前はアルケイン。通称ケイン。マルクティア王国の片田舎、セハルの村出身の田舎者。冒険者として一旗あげるために迷宮都市へとやってきた少年――――という設定のキャラクターだ。

 そしてこの身体の持ち主は、主野あるじの 公人きみと。学校のいじめが原因で引きこもりをしている軟弱もの。趣味はエロゲを始めとしたオタカルチャー。当然彼女いない歴=年齢の負け組。実は中学時代一度、というか一瞬だけ彼女がいたことがあるが、それは彼のトラウマの一つとなっているので触れないであげで欲しい。引きこもりであることを覗けば至って普通の少年であり、――そして、僕のプレイヤーでもある。

 そして今もディスプレイに映っているゲームの名前は、迷宮のアルカディア。

 約2週間ほど前に発売されたゲームであり、主野 公人がブックマークしているサイト、エロゲ評価王国で平均点80点を叩き出している名作。

 ランダムダンジョンやヒロインカスタムなどのやり込み要素が好評を博し、時間泥棒のタグがつけられている。

 ランダムダンジョンは文字通り、時間経過とともにランダムにダンジョンが生成されるシステムだ。これをクリアすることにより様々な装備やスキルを手に入れることができる。またメインストーリー用に全100階層の固定ダンジョンが街の中心に存在しており、それを踏破すればめでたくゲームクリアだ。

 ヒロインカスタムは、奴隷商から奴隷を買うことによりオーダーメイドのNPCキャラクターを名前にできるシステムだ。容姿や初期ステータスなどを自分で設定することができ、その気になれば主人公以上のキャラクターも製作することができる。また、この奴隷ヒロインは調教を施すことによって様々な性癖や性感帯の開発などができ、うまく調教できたキャラクターを奴隷商に売ることで資金稼ぎすることもできる。ちなみに、固定のイベントヒロインも存在しており、彼女たちはヒロイン固有スキルを有している。

 まぁ、ようは風来のシュレンやチョコーボのダンジョンなどの不思議なダンジョン系とカスタムドレイドなどのエロゲを合わせたような作品である。

 目新しいものは何一つないのだが、ゲームバランスなどが優れていることもありなかなか高評価で、それを知った主野 公人も後れ馳せながらこのゲームを購入し。

 何を血迷ったか防具や傷薬一つ買わずにダンジョンに特攻し速攻でゲームオーバーとなった。

 そして今に至るというわけだ。

 さて、ここで重要なのがこれからどうするか。

 僕の視線の先にはゲームオーバーの字と、その下にコンティニューの字が踊っている。

 これは直感だが、Yを選べば何かが起こる気がする。

 そしてそれはおそらく僕の世界への帰還だ。

 だがその前に一つ。一つだけしておきたいことがあった。

 キーボードのESCキーを押し、フルスクリーン画面からウィンドウ画面へと切り替える。しかるのち、迷宮のアルカディアを最小化するとインターネットブラウザを開いた。

 ホームページに設定してある検索エンジンがでると、僕はすぐさま“迷宮のアルカディア 攻略”と打ち込んだ。

 最も情報量の多そうなサイトを探しながら、僕は思う。

 僕という人間が、本当にアルケインという人間なのかはわからない。もしかしたら僕は主野 公人という人間が自身の矮小さに嫌気が差し産み出した違う人格なだけかもしれない。あるいは今の状況はすべて死の淵に見ている夢なのかもしれない。

 それでも尚、もし僕が本当にアルケインという確固たる人間で、そして今の状態が夢でないならば。

 この攻略サイトという存在は、僕の人生を劇的に変えてくれる。そんな予感があった。


 …………数時間後。

 自分でも驚きの集中力で粗方の情報を脳味噌に叩き込んだ僕は、迷宮のアルカディアを最大化に戻し。



 ――――僕は人生をコンティニューした。


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