⑦
ザガートと2人になってしまった。
(どうしよう…、何を話せば良いかわからない…)
「姫?そんなに緊張しなくても、姫を襲わないので大丈夫ですよ?」
「ごめんなさい。舞踏会は初めてで緊張してしまって…」
「そうなのですか?では、姫のエスコートする私は光栄ですね」
「こんな場所も何ですし、移動しましょう」
そう言うと、スッと腕を出してきた。
ここで腕を取らないと変に思われるだろうし、おずおずと手を伸ばすと、ザガートは嬉しそうに笑った。
広間の入口から隅の方へ移動し、飲み物を取りにザガートが離れていった。
一般的な令嬢は普段どんな話をしているのだろう。
男として夜会に出たとき女性が何を話して来てたか思い出そうとするが、内容の無い話ばかりで参考になりそうになかった。
「失礼。先程までミルジュ侯爵夫人と一緒にいらした姫ですよね?一曲踊って頂けますか?」
「いや。私と踊りましょう!」
「私が先にお見かけしたんだぞ」
レイティアが考え込んでいる間に男性達に囲まれてしまっていた。
「あの…、連れがいるので…」
そう断っても男達は聞いてくれない。
中には強引に手を握ってくる者もいる。
「離して下さい!」
男に握られたことに嫌悪感が広がり、振り払おうとしたとき、横から肩を抱かれた。
「私の連れに何か?」
戻って来たザガートは、レイティアの肩を抱きながら男性達の前に出る。
ザガートは侯爵家の子息で、砦の副隊長を勤めるだけあって威圧が凄かった。
男達は蜘蛛の子を散らす様にいなくなった。
「すみません。嫌な思いをさせてしまって」
「何故、ザガート様が謝るのです?」
「いや、自分が離れなければあの様な事にならなかった」
すまなそうに目を伏せているザガートは新鮮で可笑しくなってきた。
「フフッ。ザガート様が来て下さったので助かりましたわ」
「そう言って頂けると有り難い。姫、私が踊って下さいと言ったら、踊って頂けるのでしょうか?」
「でも…私はダンスが苦手で…」
「私がリードします。踊って頂けますか、姫?」
あまり密着するダンスはしたく無いが、色々助けてくれるザガートを無下にも出来ない。
「ええ。お願いしますわ」
ザガートのエスコートで広間の中央へと移動し、音楽が変わると同時に踊り出した。
「苦手と言ってましたが、お上手ですよ」
踊りたく無いからついた嘘だからとは言えない。
「ありがとうございます」
礼を返すと、ザガートがじっと見ている。
(何⁉やっぱり密着してるからバレたの?)
そんな心配していたが、ザガートから出て来た言葉は予想とは違った。
「隊長と違って貴女は可憐で愛らしい。私と付き合って頂けませんか?」
「御冗談を。私はザガート様の事を良く知りませんし、その…男の方とお付き合いは…」
(出来る訳無い‼弟が認められるまでは男として生きなければならないんだ!)
「では、お互いに色々知ったらで構いません。先ずは手紙からですね」
こちらが返事をしてないのに、勝手に決めていく。
仕事でも、着々と外堀を埋めて行くような性格なザガートには逆らえそうにない。
「でも、兄はザガート様は女性からの手紙に返事をしないと言ってましたわ」
「知らない女性から寄越された手紙等には興味がありませんが、貴女なら別です」
他にあまり角が立たないように断る答えが無いかと考えていると、クルリと回転させられ腰を抱かれた。
「もっと踊ってたかったが、曲が終わってしまいましたね。戻りましょうか?」
また広間の隅に移動し、ザガートが持ってきた飲み物を飲んでる。
「隊長は私の好みの顔なので、一度隊長を騙して女装させて見ようかと思いましたが止めときましょう。可憐な貴女を見た後では、女装させても男にしか見えないでしょうし」
「お兄様が好みの顔何ですの?でも女装させようとしたら怒られますよ」
そんな事を考えていたとは思わなかったが、確かに女装させようとして来てた。
「ええ、貴女に一目惚れしましたので、もう隊長には興味無くなりました」
もし今後、そんな事態になっても絶対に断ると心に誓った。
(あと、レナードに戻ったら文句を言ってやる!)
にこやかに笑っていたザガートだったが、突然真顔になりレイティアを背に庇う様にする。
「ザガート様?」
訳が分からず問い掛けると誰か近付いて来ていてて、その人物から隠そうとしていた。
「ザガート、お前が踊っているとは珍しい事もあるんだな‼」
笑いながら近付いて来たのは、エミリオ殿下だった。
(げっ!一番会いたくない人物が来るなんて‼)
気付かれない様に、ザガートの後ろに隠れるように移動したのだが、キツネ顔の王子にめざとく見付けられた。
「ん?レナードは何故女装してるんだ?」
動揺してるのを隠すために表情を出さない様にしているが、内心は焦りまくりでどうしようかと考えている。
「ああ、さてはアノ噂を聞いて潜入調査をしてるんだな?流石だな‼
しかし良く出来た作り物の胸だな?何を入れてるんだ?」
王子が手を伸ばして来たと思ったら、胸をムニュっと鷲掴みされた。
当たり前ながら本物の胸で自分以外には触られたことが無いため、驚愕で声が出ない。
だが、ビックリしたのはレイティアだけでない。
「なっ!?本物なのか!」
「なんて羨まし…、じゃなくて何て事をしてくれてるんですか!」
信じられないと自分の手を見つめている王子から、レイティアを守るように抱き締める。
「この人は隊長の双子の妹で、私の婚約者です」
「そうなのか⁉すまん、レナードと間違えたんだ!悪気は無かった。許してくれ」
混乱しすぎて頭がついていかないが、王子の言葉に頷いた。
王子は気まずさから、そそくさとその場を離れていった。
ザガートが色々と変な事を言ってたが突っ込む余裕は今のレイティアには無かったが、時間がたって徐々に冷静に立ち直っていく。
「ザガート様、そろそろ離して貰えますか?」
「もう大丈夫なんですか?」
残念そうに渋々と離そうとした時だった。