⑥
王子の来訪から数日たったが魔物被害が無く、平和な時が流れていた。
そんな時に王宮から知らせがレナードとザガートに届く。
エミリオ王子から聞いていた、第3王子の御披露目の知らせだった。
「こんな時にとは思うが、王子には関係無いからな…」
思わずタメ息が出てしまった。
「私は父が出られませんので出席予定になると思いますが、隊長はどうされるんです?」
「父が出ると思うから出席しないが、一応王都には帰らねばならないだろうな」
母から帰ってきなさいと手紙が来ていた。
「それは残念です。隊長の正装を見られると思ったんですが…」
「エミリオ殿下と同じ事を言うんだな」
そう苦笑して言うと、ザガートは苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「あの王子と一緒にされたく無いです」
幼い頃はライバルの様な関係であり、今でも色々と張り合っている。
「カイルに留守を任せる。大変だと思うが宜しく頼む」
「畏まりました。隊長達がいなくても守って見せます」
カイルに任せれば間違いないだろう。
数日後、レナードとザガートは王都に向けて馬を走らせた。
王都に入り、お互いの屋敷へと分かれる道に差し掛かる。
「ここで一旦お別れだな。また砦で会おう!」
「そうですね、ではまた砦で‼」
2人は別れ屋敷へと向った。
屋敷に着いて馬を繋いでいると母ソフィアが駆け寄ってきた。
「母上、今帰りました」
「おかえりなさい。逢いたかったわ」
そう言い優しく抱き締める。
「私もです。父上とシリスは屋敷の中ですか?」
領地で問題が発生して、弟のシリスを連れて向かったと説明された。
中へ入りましょうと母に促され部屋に通される。
「問題発生とは大丈夫なのですか?
それに御披露目はどうされるんです?」
「たいした問題じゃないわ。陛下にはあの人が挨拶してから行ったし、御披露目は私が出席する事になったわ。久しぶりに陛下や王妃様にも会えるし楽しみよ」
元々公爵家の娘だったので王家の方々とは、母の方が交流がある。
「そうですか。私も出席した方が良さそうですね」
「わたくし、レイティアと舞踏会に行きたいわ」
「母上のエスコートさせて頂きます」
「レナードとは行きません!レイティアと行きたいのですわ」
母であるソフィアは、娘と舞踏会に行きたいとワガママを言い出した。
「しかし、父上が行かないのなら私が出席しないと不味いでしょう?」
「それなら大丈夫ですわ。貴方は落馬したので欠席しますって返事を出しましたもの」
あっけらかんとしてソフィアは言ったが、レナードとしては聞き捨てならない単語があった。
「落馬して…?何でそんなカッコ悪い理由なんです?!いや、そう言う問題じゃなくて!」
「ダメでしたの?」
ソフィアは小首を傾げて聞いてくる。
「駄目に決まってます!落馬なんて隊長として有り得ないし、それに舞踏会には私の知り合いが多数いるんですよ!」
落馬云々はともかく、レナードとして色々な場面で王族や貴族の方たちと顔を合わせているのだ。
バレる可能性が有るから出席出来ないと母ソフィアに言うと
「レイティアは母の事が嫌いなの?だから、一緒に行きたく無いのね?」
レースのハンカチを目元に持っていき、さめざめと泣き始めた。
「そんな事は有りません!ただ、出席となると難しいと言ったのです」
「わたくし、そんなに嫌われてたなんて思ってもみませんでしたわ」
わんわんと泣き、泣き止みそうに無い。
こうなるとテコでも動かなくなるので、こちらが折れるしかない。
「…わかりました。レイティアとして出席します!ですので、泣き止んで下さい」
レイティアが出席すると言った瞬間、ソフィアは笑顔を見せて、新しくドレスを用意しただの報告してくる。
娘と出掛けるのが嬉しいと、はしゃぎまくる母を前にレナードは何も言えなくなった。
夜の帳が降りる頃、ミルジュ侯爵夫人とレイティアを乗せた馬車が舞踏会に向けて走っていた。
レイティアは、母の手によって小さく纏め上げた髪に花飾りを付け、淡いピンクのドレスに身を包んでいたが、バレるのでは無いかと表情は冴えなかった。
「大丈夫よ。誰が見たって女の子だもの」
普段はギュウギュウに締め付けている胸も、今日は女性らしい膨らみを見せている。
「それは当たり前です。心配なのはレナードが女性でないかと疑われるのでは無いかと言う事です」
レイティアは心配してるが、ソフィアはその心配はないと思うわと呟いた。
本人は意識して無いみたいだが、レナードの時はつり目気味で、レイティアの時はタレ目になり鋭い眼光が無くなるので、同一人物だと思う方が難しい。
そんなやり取りをしていると馬車が舞踏会場に到着した。
レイティア達が広間に入ると、ミルジュ侯爵夫人の連れている美しい姫は誰だろうと、最初に来ていた招待客はざわめいた。
(お母様、皆がこっちを見てます。バレたのでしょうか?)
「大丈夫よ。堂々としなさい」
ピシャリと言われ、大人しく後ろを付いて歩いていると知っている顔が近付いてくる。
(ザガート?!出席すると言ってたが、こんなに早くに会うなんて…)
「あら?久しぶりですわね。ルージス侯爵はお元気かしら?」
会いたくないのに何故わざわざ声を掛けるのです‼と娘の気持ちを無視して、ソフィアはザガートに話し掛け近付いて行く。
「お久しぶりです、ミルジュ侯爵夫人。父は相変わらず元気ですよ。まあ、今日は腰を痛めたので療養させてますが、参加したがって騒ぐくらいですから」
母と話ながら視線は、こちらをチラチラと見ている。
(逃げたい…。何でこっちを見てる?まさか、もう気付いてるとか⁉)
冷汗をダラダラと流している娘の事を気にせず、ソフィアはレイティアを目の前に押し出す。
「お母様?!」
「もしかして、レナードに見えまして?この子は双子の妹でレイティアですわ」
「そんな事はありませんよ。お初にお目にかかります。ザガート・グライン・ド・ルージスと申します」
紳士的な礼をとり、レイティアの手の甲に口付けた。
レイティアも慌てて礼を返す。
「初めまして。レイティアと申します。よろしくお願いいたします」
スカートの両脇をゆったりとツマミ、膝を折り貴婦人の礼をとった。
「初めて見た時は隊長に似ていると思いましたが、雰囲気が違いますね。特に瞳が」
「そうでしょう!わたくし、レナードの瞳は冷たいと思うの。レイティアと双子なのに目が全然違うのよね~」
お母様とザガートは何を言ってるんだろう?目が違うと言われても自分では何もしていない。
化粧をしているからか?と首を傾げていると、ザガートと目があった。
「同じ様な瞳の色なのに、隊長は冷たい鋭い眼光を湛え、貴女は優しい穏やかな瞳ですね」
「まあ、良く分かって下さってるのね!そんな貴方にレイティアを頼みたいのですが宜しいかしら?」
今なんと?頼みたい?何を言い出したんだ‼っと、ソフィアの手をとり小声で抗議した。
「お母様、どう言うつもり何です!一緒にいたらバレる可能性が高くなります‼」
「大丈夫よ。それにわたくし、今から陛下や殿下にご挨拶行こうと思ってるの。貴女、一緒来るの?」
それはザガートと一緒にいるより嫌だ。
「………。ザガートと一緒にいます」
成り行きを見守っているザガートを振り向いた。
「この娘を頼めまして?ちょっと人見知りで大変だと思うのだけど」
「侯爵夫人のお頼みならば。それに美しい姫なら大歓迎ですよ」
仕事の時には見せた事が無いくらい、爽やかに笑う。
「ありがとう。では宜しくお願いいたしますわ」
ソフィアはレイティアを託して、色々な人達に挨拶をしに行ってしまった。






