旅立つ者
召喚士ジジイ達の話です。
第1話「転生」からの続きとなります。
〜〜〜〜〜前回のあらすじ〜〜〜〜〜
召喚士スタニアスとモルゲンは、とある事情により、異界門を開いていた。
異界門は、精霊粒子と呼ばれる魔力の分子的な物を、静かに安定させながら開かねばならなかった。
しかし、トラブルに見舞われてしまう。
「モルゲン殿ッ!やはりこの召喚は何かがおかしい!!異界門からの精霊粒子が余りにも不安定です!」
「確かに精霊粒子の量が多すぎるが・・・。
しかしスタニアス殿、今からでは門を閉じることは出来ぬ!やり通さねば・・・ならぬ!」
必死に異界門の安定化を測る二人だが、努力も虚しく、異界門からは大量の精霊粒子が溢れ出てしまう。
「な、なんと!!!
このままでは異界門ごと混沌に呑まれてしまう!!」
津波のような精霊粒子の前に、慄くスタニアス。しかし、モルゲンは食い下がる。
「ぐぬううっ!なんの・・・!此れしきっ!この程度の精霊を制御出来んで・・・!!」
「モルゲン殿!
もう限界です!
すぐ転移を!」
「ぐっ・・・!せめて、せめて依代だけでも!!」
最後の力を振り絞り、モルゲンはニシュドランの貝殻を異界門の前に召喚し、設置した。
スタニアスは転移術式を展開すると、モルゲンと共にその場から離脱した。
転移術式の目的地はスタニアスとモルゲンのホームである、東の大聖堂だった。
スタニアスとモルゲンは、転移した先の大聖堂の床に倒れ込んだ。
二人の魔力は底を尽き、気を失う程の倦怠感に襲われていた。
「スタニアス様!モルゲン様!」
締め切られた大聖堂に狼狽えた声が響く。
若い僧侶が一人、老体に駆け寄った。
すぐさま、魔力譲渡の呪文を唱える。
僧侶は両手をそれぞれの老人の胸に置くと、掌から緑色の光を出した。
スタニアスはよろよろと立ち上がると、礼を言った。
「おお、ありがとう。テノーサス。
なんとまあ、このザマだ。」
テノーサスは喋らない。
唇を真一文字に締め、ボロボロになった召喚士の聖衣を見つめていた。
溢れる涙を堪えきれず、下を向く。
「ほんとうに・・・大変な御任務を・・・。
よくぞ、お帰りになられまじだっ!」
「テノーサス・・・。
モルゲン殿はまだしばらく目覚めないだろう。部屋に運んでやってくれ。」
「わかりました。グスッ。
ナターシャ、出ておいで。モルゲン様をお部屋に。
頼んだよ。」
風の精霊が姿を現わす。
白いワンピースを着た緑色の影のようなモノは、モルゲンの前に立ち両手を上げた。
モルゲンの体はフワリと浮き上がると、ナターシャと共にゆっくりとその場を離れた。
スタニアスは語る。
「さてテノーサス。
ことの経緯を伝えよう。
結果は失敗だ。
術式は問題無かったが、御霊の拘束が何故か出来ない事態になってな・・・。
精霊粒子が一気に数百倍に肥大し、手が付けられなくなった。
途中で放棄して帰還したが故に、異界門は消滅しておらん。」
「では、異界門はまだ開いたままということでしょうか。
・・・となると、精霊粒子が常に迷宮に流れ込み、迷宮は巨大化・・・。」
「その通りだ。あの名もなき迷宮は、このまま行けば世界最大規模になってしまうだろう。」
「・・・それほどの大きな異界門をお呼びになられたのですね。流石お師匠様達でずっ。グスッ。」
「どのような手練れだろうと、伝説の勇者でも無ければ最下層の異界門まではたどり着けまい。
皇帝陛下には申し訳ないが、異界門を閉じる事は不可能だろう。
自然に消失するのを待つしか無い。
強力な魔物が湧き放題かも知れん。
・・・と、言うことだ。
分かったらさっさと報告戻るが良い、闇の者よ!」
スタニアスは、大聖堂の窓の一角に向かって言い放った。
テノーサスは驚いたようにキョロキョロしながら、黒い軽装に身を包んだ侵入者を発見した。
闇の者は音も無くその場から消える。
「皇帝陛下からの使者がもう来ていたなんて・・・。」
「彼奴らは一刻も早く知りたい筈だからな。
自国領土に迷宮が誕生したことを。
世界最大規模になるお墨付きで。
我らが一級大精霊を召喚出来ようが出来まいが、関係無いじゃろう。
ハナから無理を押し付けた事は彼奴らも承知だ。
・・・うむむ。
まだ私も休息が必要だな。」
「スタニアス様!」
テノーサスはよろめく師を支えた。
スタニアスはテノーサスのに身を預ける振りをしながら、耳元で囁いた。
「よいか。我らには常に、帝国の監視がついている。その目を掻い潜り、東の賢者達に真実を伝えるのだ。」
「・・・シーノースへ発つ準備を致します。お師匠様達はどうか、御休息を。」
「今夜だ。追って使いを送る。
頼んだぞ、テノーサス。」
スタニアスは、テノーサスの肩をポンと叩く。
若き僧侶は師の眼をしっかりと見つめ返し、頷いた。
大聖堂の入り口に向かう愛弟子の背中を見つめながら、スタニアスは独り言の様に言った。
「ネイタジャの朝は早く、漁師は船に霧影の印を結ぶ。狐の尻尾は幸運を。」
テノーサスは一瞬動きを止めたが、迷わず大聖堂の扉から出て行った。
大聖堂をヨロヨロ歩きながら、スタニアスはここ数日の出来事を回想する。
(皇帝陛下の勅命を受けた私とモルゲン殿は、終焉の谷底にある太古の洞窟を目指した。
王国直属で無い我らが任命された理由は一つ。死んでも構わぬ故。
冒険者ギルドは断固抗議の意思を見せてくれたが・・・。
しかし、モルゲン殿はそれを制止した。
この世で指折りの危険な地で、最も力の強い精霊を、“奴隷”として捕らえて来いなどという命令は、正に狂気の沙汰。
しかし、断った所で、別の魔導師が犠牲となる。
甘んじて受け、遂行し、生き残る。
そして、王国の邪悪な意思の出処を突き止め、阻止すると。
モルゲン殿らしい、賢く勇敢な選択だった。
近年の王国の振る舞いには暗雲が立ち込めておったが、どうやら来るとこまで来たようだ。
我ら大魔導師二人を持ってしても、大精霊を奴隷にするなど到底出来ん。
異界門を開くのでも精一杯だ。
もし精霊粒子が暴走すれば、この国は魔物で溢れ返り、滅亡するだろう。
我らは力を最小限に留め、小さな部屋に中型の異界門を作り出した。
さらに、召喚する精霊も程々のものにした。
それでもやはり、終焉の谷。
別名、魔術師狂わせの地。
制御が効かぬ程の精霊粒子の洪水が起きてしまった。
皇帝陛下がその場を見ていれば大いに満足しただろう。
モルゲン殿は最後の最後、特殊召喚でニシュドランの殻を設置された。
あれで多少は精霊粒子の行き場が出来た筈・・・。
強大な魔力を持つ魔物に育ってしまう可能性もあるが、自我が無ければ大した問題では無い。
それに、最弱生物であるものの殻だ。
猫の体に虎の魂が宿らぬのと同じ。
しかし、なんとかして皇帝陛下の目を盗み、異界門を閉じなければ。)
スタニアスは大聖堂の階段を登り、モルゲンが眠る術師の私室に着くと、“保護の印”を唱える。
部屋全体に半透明のベールが貼られ、外部からの盗聴を遮断する。
「おお・・・。スタニアス殿。済まぬ。テノーサスは・・・。」
「先程、東へ発ちました。
モルゲン殿。ニシュドランの殻とは、お見事です。」
笑顔でモルゲンを褒める。モルゲンも微笑み返した。
「いやいや、スタニアス殿の転移術には及ばんじゃろう。こうして無事なのも貴殿のお陰じゃ。礼を言わせてくれ。」
「礼などよして下さい。我らにはまだまだやるべき事がある。
皇帝陛下からの刺客が間もなく着く頃です。
・・・真実を知る我らを消しに。」
「うむ。死ぬか逃げるかせねばのう。」
「逃げれば、更に追われます。
・・・一度死んで、落ち合うのはいかがです?」
「よし。では話の続きは後日じゃ。
竜の歌うパブでの。」
「承知しました。
では、幸運を。」
大魔導師二人は、即座に脱魂の印を結ぶ。
二人の体は昏睡状態になった。
数秒後、窓ガラスが割られ、黒い霧と共に数人の刺客が現れる。
刺客達はベットに眠るモルゲンと、椅子に深く腰掛け眠るスタニアスに刺突剣を刺す。
ブスリ。ブスリ。
モルゲンとスタニアスの体は、痛みに喉を詰まらせ、眼を見開く。
「うぐうっ」
「ぐっぐはあっ」
吐血し、身を捩った。
さらに追い討ちをかける刺客達。首の動脈を深く切りつけた。
しばらくすると魔導師二人は絶命した。
刺客の一人が老人の眼をグリリと開き、瞳孔運動がない事を確認する。
刺客達はその場から黒い霧と共に消え去った。
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テノーサスは牡鹿に跨ると山を駆け下りた。
大聖堂はファーザー連山の頂上付近に位置している。徒歩で下山するのに4日、鹿の足なら2日かかる道程だった。
(「ネイタジャの朝は早く、漁師は船に霧影の印を結ぶ。狐の尻尾は幸運を。」
お師匠様は確かにこう言った。
暗号だ。
「ネイタジャ」は深い森の中。昼のない森と呼ばれ、常に夜中の様な暗い場所。
つまり朝なんて来ない。そんなもの最初から無い。
「漁師の船に霧影の印」は、結ばない。
濃霧が発生し方角が分からなくなる。
結ぶのは快晴の印。逆の印だ。
「狐の尻尾は幸運」・・・・。狐の尻尾は“盗人の音消し”の薬を作るのに使う。足音を消す印は・・。
サーレスノクスマ。
最初から無い・・・逆・・・サーレスノクスマ・・
サーレスを無くしてノクスマ、ノクスマを逆から読めば・・マスクノだ。
マスクノは西の都市、旧魔術師協会のお膝元だ・・・。
・・・お師匠様、テノーサスは確と任をお受けいたしました。)
テノーサスは分身の印を結ぶと、出現した魔方陣に更に倍化の印を掛ける。
テノーサスの周りには10式の分身魔方陣が出現する。
魔方陣から雄鹿に跨ったテノーサスが現れ、四方八方に散った。
「ナターシャ!いるかい?」
「ここよ。」
テノーサスはナターシャの目を見ると念話で要件を伝える。
(済まないねナターシャ。君は僕の分身の一つをシーノースまで連れて行ってくれないか?囮だ。危なくなったらいつでも逃げて構わない。そしてこれが・・・最後の命令だよ。)
(分かったわ。シーノースまで憑依して送り届けてあげる。
でも最後なんて言わないで。私とあなたは友達。でしょ?)
(ナタージャ・・・グズっ、ううっ)
(いい大人が泣きすぎよさっきから!・・・もう、しっかりしなさい。お師匠様からの大切な命なんでしょ!)
(ううっ・・・そうだね。じっがりじまず。)
(テノーサス、貴方に精霊の加護がありますように。)
ナターシャは風になって北へ消えていった。
テノーサスは止まらない涙を拭いながら、西の魔法都市を目指した。
次回はタニシの話に戻ります。
ブックマークしてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。めっさ嬉しいです。