戦う者
テンパると大体いいことがない。
(しーあわっせはぁー!歩いて来ないっ!だーから歩いていっくんだねぇー!)
タニシは坂を歩いていた。二足歩行である。
能力 “操る者” を駆使し、触手で足を二本制作してみたのだった。
膝や足首に当たる関節の作りが甘いので、動きは不自然だが、一応歩けていた。
(1日いっぽ!三日でさんぽ!さーんぽすっすんーで二歩さーがるぅ〜!)
歌に合わせてヒョコヒョコと二歩下がる。重心がずれて転倒しそうになる。
(うお!コケる!秘儀、三股!)
ニュルっと触手が生えてくる。タニシは三本足になりバランスを得た。
(やれやれ、俺もまだまだだな。こんなことじゃ、タニシ界のウサインボルトになるのは夢のまた夢だぜ・・)
いつか必ず強靭な脚力を得ようと決意する清太郎であったが、目下の目的は食料調達。低エネルギー状態では満足いく鍛錬も行えなかった。
(さてさて着きましたよっと・・・。敵チェック。うーん、異常なし!風景、変わりなし。魔法のジャングルだから2、3日すれば元通りかと思いきや、そうでもないのね。)
清太郎が溶解し尽くした範囲より外は、緑生い茂るジャングルだった。しかし、以前来た時より明らかに魔物の数が少なかった。
怪鳥の会話も聞こえなければ、虫達の蠢きも感じられない。魔法植物でさえ、僅かに動くだけであった。
風景に似つかわしくない、静けさだった。
(なんだ?嫌に静かだな今日は・・・。ちょっと怖いんですけど。と、とりあえずそこらへんの草でも食っとくか。)
バッシャアアア・・・。ジュルジュル、モグモグ・・・。
(おお!歯が使えるから食感プラスで青汁もちょっと食べ応え出てきたな!よしよし!不味い!もう一杯!)
快速で周囲の除草作業を進める。触手も駆使し、草花を引っこ抜きかき集めて食す。
あっという間に辺りは不毛の地と化した。
(よし、味見終了。メインディッシュは何にしようかなあ〜・・・。ん?何これ。地震?)
ズシン、ズシンと一定のリズムで地面が揺れていた。目の前の樹木の間から、巨大なソレは姿を現わす。
苔むした岩の体を持つソレは、紫色に光る単眼を清太郎に向けていた。
明らかにバレている。
清太郎は脱兎の如く入り口に向かい跳躍する。
思考はパニックになる。
(ヤバい!ヤバい!ヤバい!
遂に来た!
遂にバレた成り我が所業!
そりゃああんだけ草食ってりゃ誰でも気づくわな!
どこのどいつだ、庭の芝生を抜いた奴ぁ!って、お怒りMAXですよ奴さん!
ていうか見た目がヤバい。紛う事なきゴーレム。
しかも単眼。
サイクロプスの遺伝子まで持ってんのかと。
強い奴と強い奴足せば強くなるっていう発想がもう乱暴。凶暴。
もうね全然無理。ワンパンで死ねる。
蟻と像ぐらいの大きさ差だよ?
挑めるとかいう以前の問題だよ?
逃げるか死ぬかだよ?
逃げるわ!
まだ人生もといタニシ生始まったばっかだよこっちは!
ゴーレムさんは苔むすほど生きてるかもしんないけどさ!
俺まだ生後1カ月ぐらいよ?
赤子よ?
ベビーよ?
普通手ぇだすかオイ!
赤ん坊が青汁飲んでただけじゃろがい!
お宅になんも迷惑かけてねえだろ!
かけてる?環境破壊?
知るか!!
俺は知らん!
でも蚊のように潰されて死ぬのは嫌だぜ!
ごめんなさいだぜ!
許してください見逃せやボケ!嘘ですごめんなさい!
マジで追ってこないで頼むからあああ!!!)
脳内パニック状態だったが、魔物としての本能は冷静さを保とうとしていた。
無意識に触手で視界を操り、出口までの道とゴーレムを同時に見ていた。
ゴーレムは逃げるタニシを追いかける。
およそ5mの巨体がダッシュする。
地面には衝撃波が立ち、木々はなぎ倒される。
圧倒的なパワーに清太郎は戦慄し、最高速度の上を出し駆けていく。
(とにかく、とにかく、出口まで行けば!!
後は階段を降りて、異界門部屋まで行けばこっちのもんd・・・)
ビシュイイィィン!!!!
刹那、ゴーレムの単眼から超高熱のレーザービームが放たれた。
横一直線を焼き払うかの如く放たれた光線は、清太郎の頭上を通過し、目前であった出入り口に命中する。
ズゴゴゴゴオオ・・・ガラガラガラ・・。
大量の砂煙りを上げて、逃走経路は閉ざされた。
(・・・嘘でしょ?
嘘ですよね?
え?
まじで?
マジでヤバくないこれ。
ていうか何さっきのビーム。
あんなん反則でしょ。
ゴーレムといえばステゴロでしょ?
タイマン素手喧嘩の物理攻撃一本じゃないの?
ビーム出しちゃう系なの?魔法も使えて死角無し状態なの?
逃げれんのこれ?
死んだ?俺死んだか?
まだ生きてるけど確実に死ぬ系かこれ?)
生死の瀬戸際を感じていた清太郎に、天の声がゴーレムの正体を解説する。
【ダイアゴア・グロトマスト。岩石の体を持つ強力な魔物。破壊の化身と呼ばれ、物理攻撃及び魔法攻撃の力は凄まじい。知能が高く、縄張りを荒らすものを殲滅する。】
(このクソ忙しい時に要らない情報ありがとうございます!
知ってるよ!
破壊の化身の実力見たよ今この目で身をもって!!
縄張り荒らしを殲滅ね!
じゃあ荒らさないように気をつけないとね、
どうも!
もう手遅れだけどな!)
天の声に悪態を吐くと、少々冷静さを取り戻せた清太郎。
正真正銘、ここが正念場だった。
(力、相手が上。
スピード、相手が上。
魔力、相手が上。
逃げても結局追いつかれるだろう。
奴のキルゾーンは広範囲。
縄張りともなれば相手のホームだ。
地の利も相手が上。
唯一アイツに無くて俺にあるもの。
5cmという極小ボディ。
行くか。
やるか。
それしか思いつかねえ。
失敗すりゃペシャンコあの世行き。
成功すれば、今夜のディナーはゴーレムだ。)
砂埃が収まりつつある。
ゴーレムは地面に目をやり、隈なくタニシを探していた。
殺し損ねた害虫に止めを刺すために。
ビュン!!!
清太郎は最大出力の跳躍でゴーレムに飛びついた。単眼のすぐ上、額の部分にひっつく。
(食らいやがれ!特製ブレンド溶解液!)
バッシャアアアアアア!!!
発光する毒液、ピンク色の毒液、さらに溶解液特濃バージョンを大量に浴びせた。
「ボオオオオオ!!!?!?!」
奇襲に飛び退くゴーレム。しかし、ブレンド溶解液は容赦なく頭部を溶かし始めた。
灰色の煙がゴーレムの頭から立ち上る。
暴れまわり、両手で頭部を払う。
清太郎はすかさず二発目をお見舞いする。
洞穴からの叫びのような声を上げながら、レーザービームをめちゃくちゃに発射するゴーレム。
(うわあああ!!熱い熱い熱い!!)
超高熱のビームが放つ熱は、発射源の近くに引っ付いている清太郎にもダメージを与えていた。
しかし、気にしている場合ではない。一気に畳み掛けなければ、一瞬で殺られるのだ。
清太郎は触手を吸盤のように変形させ、まるでタコのような動きでゴーレムの体を移動する。
ゴーレムの膝関節まで辿り着くと、関節である岩と岩の隙間に渾身の力で鋭い歯を突き立てた。
そして、歯型の穴に溶解液を水鉄砲の様にして流し込む。
ブシュシュシュ!!!ジュワアアア・・・。
痛みに顔を歪めたゴーレムは、膝にたかった蚊を潰すように手を振り下ろす。清太郎はすかさず回避し、もう一方の足にも同じ攻撃を仕掛ける。
ゴーレムの平手打ちを必死に躱しながら、身体中の関節に溶解液を流し込んでいく。
視界を奪い続ける為に、幾度も頭部に移動し溶解液を浴びせる。清太郎はゴーレムの体中をチョロチョロと往復しながら攻防を繰り返していた。
その間、ゴーレムは、ヒップドロップをしたり、木や岩壁に体当たりしたりと散々暴れまわっている。
しかし、5mという巨体の岩の体には、5cmのタニシが隠れる場所など幾らでもあった。
清太郎は、平手打ちにのみ気を付けていれば、大ダメージを負うことはないのである。
大ダメージを負うことがないのはゴーレムも同じであったが、関節を狙った溶解液攻撃に、徐々に体力を奪われていった。
視界を奪われ、全身を溶解液まみれにされたゴーレムは、怒りと混乱でレーザービームを打ちまくる。
おかげで周囲の木々は、殆ど薙ぎ倒されていた。
擬似太陽の光がさんさんと降り注ぐ中、清太郎は閃いた。
苔を食した時に得た、光合成により魔力を得るという能力を。
膠着状態になりつつある現状を、有利に出来るかもしれない。
なら、試すしかない。
(呼吸する者、発動!)
【奪取能力 “呼吸する者” 発動条件満了。発動実行。】
清太郎の体から紫色の粒子が溢れ出る。
力が漲る感覚。全身が濃い魔力に満たされていた。
(いける!!)
清太郎はゴーレムの単眼そのものに引っ付いた。
瞬間、ゴーレムが清太郎にビームを浴びせる。しかし、清太郎が超高硬度の歯を突き立てる方が速かった。
パキィン!!
ゴーレムの目にヒビが入る。
「ボオオオアアアアアッ!!」
ゴーレムが断末魔の叫びを上げた。
留めに溶解液を浴びせる。
“呼吸する者”により威力増大になった溶解液は、沸騰したマグマのような状態でゴーレムの頭部を包みこんだ。
溶解の熱で蒼い焔が発生する。ドロドロの溶解液がゴーレムの体を伝う。同時に、ゴーレムの体は蒼い焔に包まれていった。
ついにゴーレムは、膝を着いて地面に頭から崩れ落ちた。
清太郎はゴーレムから飛び去ると、地面に着地する。
肩で息をする清太郎は、ゴーレムの目から光が消えた事を確認した。
(て、天の声よ、俺・・・・か、勝った?)
【大勝利。】
清太郎は、全身を支配していた緊張が解けるのを感じた。
初めて戦闘に勝った。生き残ったのだ。
清太郎はゴーレムの亡骸からゆっくりと焔が消えていくのを、感無量の眼差しで見つめていた。
次回、忘れてた爺さん二人の話をします。