憑依する者
憑依する者(物理)
若い僧侶は、怪訝そうな目つきで巻貝を見つめている。
清太郎は視線が悟られないように、巻貝に収まったままこっそり外を覗き、僧侶の様子を伺っていた。
(俺がガン見してるの、バレてなさそうだな・・・。
ていうかこの人、なんでそんな警戒してんの?
さっきの真っ白空間で、俺に洗脳掛けようとしてた奴なのか?
さっきのドスの効いた声色からして、もっとおっさんかと思ったけど・・・。若いな。20代前半?)
僧侶はタニシがどこから来たのか探るように、周囲の木箱や樽を開けた。しきりにキョロキョロしている。
額には脂汗をかき、顔色は悪かった。
(・・・なんなんだこの人。
とりあえず静かにしといて、なんかあったら逃げよう。
ここがどこか分かんないし、まずは冷静に状況把握だ。)
清太郎は頑なに普通のタニシを演じた。
とにかく無反応を貫く。
僧侶は囁くような小声で、清太郎に話しかけた。
「あ、あなたは、お師匠様からの使いの者ですか・・・?」
(は!?話しかけてきたよこの人。
やっぱさっきに洗脳してきた奴とは声が全然違うな。
別人だったっぽいな。
しかしな・・・
タニシに話しかけるか普通。
タニシだぞ。人ならまだしも。
100歩譲って、犬猫ならまだしも・・・。
・・・ちょっと電波な人なのかもしれん。
マジで関わらない方がいいな。)
清太郎は僧侶の問いかけに一切反応しなかった。
さながら、どこからどう見ても唯の小さな巻貝だった。
しかし僧侶は、更に話しかける。
「さ、先程・・・あなたの夢を見ました。
不吉の前兆かと思ったのですが・・・。
あなたは・・・敵?・・・ではないですよね・・・。
まさか闇の刺客!?」
僧侶は不安そうな顏をしている。
(いよいよヤバイなこの人。
俺の夢だって?不吉の前兆?
はい、ありがとうございます。電波確定です。
ていうか夢にタニシ出てくるとか・・・。
もしやこの人、まさかの超タニシフェチとか?
ますますヤベえじゃん。
運命のタニシゲットだぜ!とか言って捕まえられちゃう?
怖!!やだやだヤメて!!
もう話しかけないで!)
清太郎は斜め上の思考をしながらも、無反応に徹した。
僧侶は首を傾げる。
「あれ・・・・・・。
おかしいな。
予知夢は正確な方なのに。
ただの巻貝だったのかな?」
僧侶はタニシに手を伸ばす。
貝殻を指先で摘むと、角度を変えながら観察した。
途端に僧侶の顔色が変わる。
「うん・・・!?
・・・やっぱり変だぞこの巻貝。
まるで・・・宝石で出来ているようだ。
しかもかなり上質。
見れば見る程、魔力を感じる・・・。」
清太郎はじっとりと見つめてくる僧侶の視線に身震いしそうになったが、グッと堪えていた。
(怖え!!
精霊鉱石製の手作り巻貝を褒められて嬉しいんだけど、目つきがやべえよ!怖えよ!)
清太郎が僧侶の舐め回すような視線にたじろいでいると、何やら天井から物音がした。
バタバタと騒々しい足音と共に、男達の怒声が聞こえて来る。
「船長!!さっきから風がおかしい!
このままだと帆が持たねえ!」
「進路を12時の方向へ回せ!マストはサブだけ残して全部畳んじまえ!
畜生、なんだって急に嵐になりやがったんだか・・・」
複数の男達が、大急ぎで船の進路を変えていた。
大粒の雨が甲板を打ち始める。
清太郎は若い僧侶の手の中で、今居る場所が何処なのか見当がついた。
(この潮の香り・・・。
独特の揺れと、木材の軋む音・・・。
そして今の会話・・・!!
ここ船じゃん!!
なんで俺、いきなり船の中にいるの?
さっきまで、湖のほとりで巨大な蛇に土下座してなかったっけ?あれ?
その後、なんか体の自由を奪われて・・・
真っ白い空間で洗脳かけられて・・・
で、この若い兄ちゃんに、船の中で摘まれている、と。
いやいやいや。意味分かんないから。
どうやって湖から船へ?
人も沢山居るみたいだし、多分ここ、迷宮じゃないよね?
出ちゃった系?
さっきまで居たジャングル、迷宮の下層後半とか言ってたけど、あっさり出れちゃった?
ミラクルかよ!
テレポートか?
テレポートしたんか?
ルーラ的なアレか!?
・・・でもな、真っ白い空間で洗脳されてた時、“水龍の僕として、人間を抹殺しろ”とか言われてたからな・・・あながち冗談でも無さそうだな。
ここが地上説、有力・・・。)
清太郎があれこれ考えている間、僧侶はしきりに天井の隙間から外の様子を伺っていた。
気付けば、清太郎はローブのポケットに仕舞われていた。
(あっ。俺をポッケにしまったな。
こいつ・・・
これじゃ、外の様子が分かんないじゃん。
そーっと覗くか・・・。)
清太郎は僧侶に気付かれぬ様に、両眼をニュルニュルと細く伸ばして外を覗く。
僧侶は、甲板へ続く出入り口まで移動していた。
天窓を少し開ける。
外は大シケだった。
風は唸り、大粒の雨が激しく降っている。
灰色の雲が渦巻き、雷鳴が絶え間なく轟いていた。
水夫達はズブ濡れになりながらも、走り回ってロープを支えている。
船乗り達は皆、嵐を切りぬける進路を取ろうと必死になっていた。
甲板の慌しい様子を見た僧侶が呟く。
「さっきまであんなに安定した天気だったのに・・・。天候の変化が急すぎる。
それに、あの渦巻き状の雲は・・・。」
僧侶は、何か思案しているようだった。
清太郎は疑問を抱く。
(この人・・・なんでこんなコソコソしてるんだ?
まるで隠れてるみたいに・・・。
普通こういう状況だったら、手伝うだろ。
素人は邪魔だからって断られてるのか?
それにしたって、一回は顔出すとかしないか?
まあ、明らかに海の男って感じじゃないしなあ・・・この人。生っ白いし。
・・・もしかして、隠れてタダ乗りしてる輩か?
一文無しか?
一文無しで、食うもの無くて野生のタニシばっかり食っていた結果、熱狂的なタニシマニアになったとか?
・・・やべえ俺、名探偵かよ。絶対コレだろ。
さっきの異常なタニシへの興味といい、話しかけちゃう電波な性格といい、全て当てはまるわ。
真相明らかにしちゃったんですけど!)
清太郎は勝手に僧侶を理解した。
その時だった。
ドォオオオオン!
大きな衝撃が、船を襲った。
船は激しく煽られ、右へ左へと大幅に傾く。
貨物室の内部は、木箱や樽が、左右に勢い良く滑り出した。
天井に吊り下げられたランタンが大きく揺れ、明かりが消えかかる。
甲板で、水夫が怯えた声で叫んだ。
「船長ぉ!!
船の下に、何か居ますっ!!」
途端。
ザッパアアン!!
巨大な蛸の足が、甲板をドッシーン、と叩きつけた。
メリメリッ!!バキバキバキッ!!
手すりや床板が、衝撃でバラバラに破壊される。
水夫達は悲鳴をあげた。
「く、クラーケンだ!!!」
船上は大混乱に陥っていた。
僧侶は震える手で天窓を支え、その光景を見ていた。口は半開きのまま、顔は真っ青になっている。
「な・・・なんでこんな、陸から近い沖で、クラーケンが出るんだ。
ど、ど、どうすれば。
わ、わ、私しか魔術士は居ないというのに・・・。」
清太郎は震える僧侶を見た。
(ん!?タダ乗りさん魔術士だったの?
通りで長いローブやら、マントやら着てるわけだ。
ていうかこの状況、明らかにヤバくね?
あの足の太さからして、本体はかなり巨大なんじゃね?
沈没するのは時間の問題だろ!
俺が行ってなんとかする手もあるけど・・・。
魔物は殲滅だ!とか言われて、船から降ろされても困るしなぁ。
・・・ここは一丁、タダ乗り君にヒーローになって貰いますか!
上手くいきますよーに!)
清太郎は僧侶に気付かれぬ様に、ポケットから出ると、シュルシュルと触手を伸ばした。
僧侶の身体全体に、張り巡らせるように、細い触手を何本も出す。
グワシッ!!!
僧侶のローブの下から、何本もの触手をガッチリと張り付けた。
「ぐうわッ!!な、なん・・だっ!?」
僧侶は、体全体を一気に締め付けられ、叫ぶ。
次の瞬間、僧侶の体は強制的に動いた。
「ぐッ!!ウッ!!なん・・どうなって・・・!?」
バンッ!!
勢い良く貨物室の天窓を全開にすると、僧侶は甲板に飛び出した。
仁王立ちのまま、両手をハンドガンを構えるが如く、体の前に握る。
「わ・・・わ・・・たすk・・・」
僧侶は恐怖で顔を真っ白にしていた。
清太郎は僧侶の指先までも触手で拘束し、強制的に動かしていた。
指先には清太郎の本体である、巻貝がくっ付いていた。
そのまま、清太郎は両眼からクラーケンの足へ向けてレーザービームを放つ。
ビシュン!ビシュン!ビシュン!
ボン!!ボン!!ボン!!
放たれた三発は命中した。
クラーケンの足は爆破されたように焼けただれ、抉れた。
「は・・・はひ・・・?」
僧侶は驚愕の形相で目の前の光景を見ている。
体の芯は恐怖でガクガクと震えていた。
しかし、清太郎の強烈な拘束力でその震えすら、見るものには感じさせなかった。
水夫達の目には、謎の若者が両手から魔法を撃ったように見えた。
酷いダメージを負ったクラーケンの足は、ズルズルと海中に戻っていく。
舵を取っていた船長が、嵐と混乱の中で大声で叫ぶ。
「誰だか知らねえが助かった!!
だが、クラーケンの執念さはこんなもんじゃねえ!!
野郎共!!ビビって海に落ちるなよ!!
全力で船を守れ!」
「そうだ・・・まだ死んだ訳じゃねえ。
こっちには魔導師が着いてる!
行けるぞ!」
「おう!!こんなとこでオチオチ死んでたまるか!」
「魔導師様!!クラーケンは任せたぜ!俺達は船を全力で守るぞ!!」
船乗り達の怯えは払拭され、士気が一気に高まる。
水夫は銃や剣を手に取った。
大砲を準備する者まで現れた。
船長は荒れ狂う海を見つめ、叫ぶ。
「来るぞ!!!」
ザッパアアン!!ザッパアアン!!ザッパアアアアアアン!!!
青紫色の巨大な怪物が、8本の足と頭を同時に海中から出した。
水夫達は一斉に大砲や銃を放つ。
僧侶は、人間離れした身のこなしで、大きく跳躍する。
上空からクラーケンの頭部目掛けて、レーザービームを放つ。
ビシュン!ビシュン!ビシュン!!
ボン!!ボン!!ボン!!!
クラーケンは、咄嗟に足でビームをガードした。
クラーケンは頭を守りつつ、ギラついた目で僧侶の動きを見ていた。
さらに、残りの足を次々と甲板に叩きつけてくる。
バキン!!バキバキバキバキ!!!
「うおおおおおおーーー!!!!」
水夫達は雄叫びをあげながら、甲板を破壊する蛸足に剣を突き刺す。
僧侶はもう一度、さらに高く跳躍する。
その身は弧を描き、頭を守るクラーケンの足に着地した。
クラーケンはすかさず、僧侶を捉えようと足を振り回した。
次の瞬間、僧侶は巨大な蛸足にがっしりと掴まれていた。
「魔導師様ー!!なんてこった!!畜生!!」
水夫が絶望を叫ぶ。
しかし。
瞬く間に、僧侶を捕らえた蛸足は、内側から無数の刃に貫かれた。
ドリルのような刃が蛸足の肉を断ち、皮を貫いていた。
蛸足の拘束は力なく解け、海に沈んでいった。
クラーケンの返り血で全身を青色に染めた僧侶は、クラーケンの巨大な頭部へと降り立った。
僧侶は四つん這いになると、両手を開き、クラーケンの頭に当てた。
瞬間。
クラーケンが激しく身悶えし、叫んだ。
「ギュオオオオオオオ!!!」
僧侶は激しく揺れる頭部にしがみつきながら、両手を当て続ける。
手元からは、大量のドロドロとした液体が溢れ出ていたのだった。
クラーケンは全ての足をめちゃくちゃに振り回しながら暴れ回る。
水夫達は、クラーケンの壮絶な悶絶を、船にしがみつきながら見ていた。
徐々にクラーケンの足の動きが鈍くなる。
途端に、怪物の頭部が一気に崩れた。
まるで、氷が溶ける様を早回しで見るが如く、ドロリと崩壊したのだ。
クラーケンは凄まじい波しぶきをあげて、海に倒れた。
気がつけば雨は止み、雷鳴は聞こえなくなっていた。
「・・・やったのか?」
「やったんだ!!やったんだよ!!クラーケンに襲われて、生き延びたんだよ俺達!!うおおおーーー!!」
「うおおーー!凄いぜ!!魔導師様!!あんた凄えよ!!」
水夫達は勝利の喜びで大いに叫んでいた。
僧侶はクラーケンの頭からハイジャンプすると、甲板へ降り立った。
駆け寄る水夫達。
「ありがとう!!魔導師様!!あんたが居なきゃ俺達死んで・・・あれ?魔導師様!?」
ドサリ。
僧侶は倒れた。
白目を剥いて、泡を吹いている。
「うおお!!なんてこった!!魔導師様、魔導師様ぁーー!!」
水夫達は総出で僧侶を船内へ運んでいく。
誰一人として、5cmのタニシが、甲板を駆け抜けていった事を知らなかった。
嬉々としてクラーケンの死骸へ飛びついた事も、である。
テノーサスの肩や膝は、外れています。




