名を知る者
薄暗い洞窟の中、微かな光を発する魔方陣の上に、男は居た。
正確には、男であったものが姿を変えて、巻貝の中に収まっていた。
(ううん・・・さっむい・・・。布団ドコ・・・?)
朝方目を醒ますと大概布団は足元に移動している。
ベットから落ちそうな布団を足で引き寄せて被れば、完璧な寝心地となり最高の二度寝を堪能出来るのだが・・・。
男は気がつく。
床が硬い。
しかもジメッと湿っている。
(何処で寝てんだ俺は!)
はっと目を開けると、そこはだだっ広い空間だった。
床には薄っすら光る白い線が、広い範囲に渡り伸びている。
まるで、校庭に描かれた陸上トラックの線の様に。
しかし陸上トラックの線とは異なり、複雑な文様のように見えた。
(ここ・・・どこ?)
辺りはシンと鎮まり返り、なんの気配も感じられない。
男はうつ伏せで寝ている体制から立ち上がろうとしたが・・・。
(た・・・立てない・・・ていうか、手も足も動かせない。声も・・・)
「〜〜〜!!〜〜!」
男は声を出そうとしたが、何も発することは出来なかった。
周囲を見渡そうと首を動かすと、グルッと見渡すことができた。
足元の光る線は、延々と続いている様だ。
(首だけ動いてもなあ・・・なんとか腹筋と背筋で前に進めないかな)
男は自身の姿勢が、気を付けの姿勢のままうつ伏せになっているのだと感じていた。
手足は動かせなくても胴体は動かせたので、なんとか前に進んでみる。
もにょもにょ。もにょもにょ。
体全体が波打つ様に動き、割とスムーズに進むことが出来た。
(なん・・・だと・・・?俺こんな動き出来たっけ?ていうか、体めっちゃ濡れてる感じするんだけど、なんなのこれ?)
より明るい場所を目指して進もうと、男は周囲を再度見渡す。
見つけたのは、仄かに光る大きな四角いアーチだった。
大きく見えるので割と近いだろう。
すぐに移動を開始する。
もにょもにょもにょ。もにょもにょもにょ。
一向にたどり着かない。
進むにつれ、四角いアーチはより大きくなっていくように見えた。
数十分かけてアーチの麓まで着いてみれば、それはそれは巨大な、高層ビルを思わせる程の大きさであった。
遠くから見えた仄かな光は、今や身体を照らすには充分な明るさだった。
男は自身の身体を隈無く観察した。
(ハッキリ見たけど・・・まあ道中で薄々は気がついてたけど・・・。
俺の体、どっからどう見ても、ナメクジだよなあ・・・)
男はそれから、5cm程のナメクジになってしまったことや、ここが何処かさっぱりわからないことを考えたが、感覚がリアルな夢であるという結論以外導き出せなかった。
(現実、じゃないよな・・・絶対。
めっちゃリアルなだけだよな。
・・・なんか段々焦ってきたぞ。
このまま夢から醒めずに一生ナメクジだったら?
このだだっ広いだけの、この暗い場所から出れなかったら?
どうすんの俺。
ていうか誰も居ないの?
誰か居ても、喋れないナメクジ見つけてなんかするか、普通?
「あらこんにちはナメクジさん、何か困った事でもあるの?」って美少女が助けてくれるとか、無い?
無い?ないよな。
俺だったらナメクジ見つけてもスルーorソルトだよ。
いや、どうしよう。
俺、誰かに会っても塩かけられちゃう?
死んじゃう?
ナメクジの垂れ死に?
いやだよう!
誰か教えて!助けて!
どうしてこうなった!!)
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突如、男の脳に直接声が響く。
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【能力 名を知る者 獲得】
(ファッ!?誰!?)
【天の声】
(な、なんだって!?)
突然の出来事に汗が吹き出る。
周囲を見渡すが何も無い。
男は必死になって天の声に訴えた。
(て、天の声さん!助けて下さい!俺気がついたらここにいて、こんな姿になってて!
あの、ここ、どこなんですか?!)
【7番目の迷宮】
(迷宮・・・?
え、出たいんですけどどうすれば・・・)
天の声から答えはなかった。
どうやら最初に宣言された、「名を知る者」という能力は、ものの名前を教えてくれるスキルのようだった。
質問の受け答えまではしてくれない。
男は、尋ねるのも恐ろしい質問をしてみた。
(・・・お、俺の体は、一体何になってるんですか?)
【ニシュドラン】
さっぱりだった。
(ニシュドランって・・・なんですか?)
答えは無かった。
ものの意味までは答えないようだ。
ニシュドランが何か分からなくても、男は大きな希望が出来た気がした。
どんどん質問していく。
(このデカイ門みたいなのはなんですか?)
【異界門】
(あの白く光ってる線はなんですか?)
【召喚術式】
男はピンと来た。
(異界門・・・召喚術式・・・俺もしや、異世界召喚された?
でもなんで、ナメクジになってるの?失敗してね?これ。)
男はもっと詳しく知りたくなり、同じ質問を天の声に投げかける。が、返ってくる答えは同じだった。
仕方なく、周囲を更に詳しく探索しようとした時、天の声が男の脳裏に響く。
【派生能力 内側を覗く者 獲得】
(えっ!?何その如何わしい名前のスキル!?)
【能力“名を知る者” から派生した能力。物事の簡単な説明を聞くことができる。】
(おおお!じゃあもう一回!ここは何処?)
【7番目の迷宮。正式名不明。異界門からの精霊粒子により最近発生した。地下層型ダンジョン構造で現在も増殖中。】
(異界門からの精霊粒子?
異界門って、そこのゲート?)
【正解。この異界門は、現在開放状態。
開放状態時、精霊粒子は迷宮に流れ込み、迷宮の成長の糧となる。】
(なるほど、そういう仕組みなのか。
じゃあ・・・あそこの、召喚術式について教えて。)
【この召喚術式は、異界門から召喚した悪魔や精霊を拘束し、魔力を剥奪する術式。
その際、召喚契約は必要無いが、拘束する力が必要。】
(すげえ・・・!なんだか分からんが物騒な術なんだな!
じゃあいよいよ、聞いてみるか・・・)
男は、満を持して質問した。
(ニシュドランって、なんですか!?)
【巻貝状の下位魔法生物。洞窟の壁や天井に群生している。ごく微量の魔力を持つ為、魔法生物の分類に当てはめられる。】
男は衝撃を受けた。
ゆっくりと自身の背中を振り返る。
そこには黒光りする巻貝が生えていた。
(ナメクジじゃなかった・・・タニシだった・・・)
男は体を巻貝に入れてみようとした。
どうやれば良いかは、タニシの本能のお陰ですんなり出来た。
(あっ。めっちゃ快適。ジャストフィットな感じ。
うわあ、なんかこれ、すっげー安心するわ・・・。)
男は大体の状況が把握できたので、落ち着きつつあった。
さらに巻貝に籠もることで安心を獲得した。
色々有り過ぎて疲れたので、巻貝に籠もり一眠りしようとした男だったが、最後に一つ質問をした。
(ここ、安全?急に襲われたりしない?)
【この階層は結界が張られている為、魔法生物は発生不可、及び侵入不可。
結界を張った者のみ、侵入可能。】
(よかった。すごくザコっぽい俺でも、ここに居ればとりあえず死なないってことね。)
安全・快適だと分かれば最弱でも無敵になったような気になる男だった。
男は巻貝の中に引っ込むと、一瞬で眠りに就いた。