瑞樹、異世界の人に会う。
『たい焼き屋 勝』のノボリが外でひらひらと優しい風に待っている。
わたしは沢渡瑞樹だ。高校一年生。
わたしの学校はアルバイトに寛容なこともあって、平日の夕方と土日にお仕事を始めてみた。
それが、このたい焼き屋さん。
お店の主人、勝正オヤジは結構厳しい人だった。
わたしが手を抜いた焼き方をすると、すぐに怒鳴り声が飛んでくる。
昭和のオヤジがそこにいた。
最初は怒られてばかりいたけど、たい焼きを作るのは楽しかった。
だんだん慣れてくると、勝正オヤジから怒られることも少なくなり、お客さんがおいしいと言ってたい焼きをほおばるのを見ると、何とも言えない達成感が出てきた。
町で一番にぎやかな商店街の、片隅にある、古ぼけてこじんまりとした、たい焼き屋。わたしはそこで、今日もたい焼きを作る。
「瑞樹よぉ、だいぶ様になってきやがったなぁ」
わたしの手つきを見て勝正オヤジがうんうんと目じりを下げてうなずく。
わたしはちょっとうれしかった。
オヤジから褒められるような焼き方が出来れば、どこのたい焼き屋でも通用すると思う。
しっぽにまであんこをたっぷりと入れて、コミカルな鯛の鋳型でたい焼きを作る。
中身が黄色いクリームのたい焼きもある。わたしは、あんこのたい焼きが好きだけれど。
売り上げは上々だ。なんと、海外でたい焼きが有名になっているらしく、外国人の方々も買いに来る。
そんなときは、伝統のたい焼きを作っていて良かったと、身に沁みて思う。
そして、今日もお客がひとり。
「……ごめん」
そう言って入ってきた人の服装を見て、わたしは内心、びっくりした。
どんな客でも笑顔で受け入れること。
勝正オヤジからそう叩き込まれているから、たいていの人にはもう驚かない。
だけど、今入ってきたのは、ゲームによくある西洋風の鎧兜を身につけた男の人だったからだ。
……コスプレ? そんなイベント、今日あったっけ。わたしの頭には疑問符がいっぱい浮かんでいた。
「ほれ。瑞樹、あいさつ」
勝正オヤジからの叱咤がわたしに飛ぶ。
「あ……いらっしゃいませ」
「ふむ。ここは何の店であるのか」と男が問う。
兜からすこしだけ見える短い金髪に、エメラルドグリーンの瞳。彫りの深い顔立ちは、かなりのイケメンだ。
「たい焼きですよー」と、わたしは答えた。
「タイヤキ?」
「日本のおやつです」
「ふむ」
「味見してってくださいよ、旦那」
勝正オヤジが、出来たてのたい焼きを半分にちぎって男に渡した。
外国のひとたちが来たら、勝正オヤジは決まってこうする。
まずは味を確かめてもらってから。
そのぐらいに、勝正オヤジは自分のたい焼きの味に自信があるのだ。
「む……!?」
男は黙ってもしゃもしゃとたい焼きを頬張ると、目を見開いた。
「うまい!」と頬をほころばせる。
「そうでしょう」とわたしもにんまりしてしまう。
「こんなものをただで食わせてもらう訳にはいかん」
男は見たことのない銀貨を一枚、取り出した。
「今は手持ちが少ないのでな。すまんが、これとの交換で頼む」
男が銀貨をわたしに預けてくる。
「うまかった! また来る!」
男は上機嫌で去っていった。
「あ、お客さん。困りますよ、ちょっと」
わたしは銀貨を持ったまま、店の外に出た。
「えっ……?」
そこは知らない街だった。
石畳の通りがあり、左右に店が並んでいる。でも、現代の建物はひとつもない。
昔の西洋っぽい、よくあるRPGのような世界がそこにあった。
「えええええ!?」
わたしは急いで店に戻った。
「瑞樹、どうした。そんなにあわてて」
「おやっさん、外、外!」
「外がなんだって?」
勝正オヤジが外に出る。
「何もねえぞ?」
勝正オヤジが怪訝な顔で戻ってきた。
「え……?」
わたしはもう一度外に出た。
チュンチュンチュン。
すずめの声だ。いつもの商店街の通りがそこにあった。
「今、ぜんぜん知らない町があったんですよー」
「馬鹿言え。っつっても、その銀貨。かなりの年代ものっぽいなー」
勝正オヤジはわたしが持つ銀貨を、しげしげと眺めた。
「せっかくの代金代わりだ。町の古道具屋に行って、確かめてきてくれ」
「はーい。分かりました」
わたしは銀貨を持って、外に出た。