婚約破棄されたのは嬉しいけれど、理由がどうしても納得出来ない
「すまないバルカ、君との婚約は無しにしてほしい」
下町の居酒屋露店屋台で私は頬を酔いで赤く染めながら、親同士が決めた関係の婚約者から告げられた、婚約破棄の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。すまないバルカというのは、その記憶の冒頭部分である。
酒は悪いし、豪奢なドレスはおでん臭く肉臭く煙草臭くなるしでいい事無しだが、こういう場所でないと愚痴を溢す事も出来ない。あの硬い空気はすきじゃない、私の好きなのは炎の臭い染みつくような戦場なのだ。殺る気が出ちゃう、姫騎士だもの!
まあ、私もぶっちゃけ、婚約は全然乗り気じゃなかったし、そもそも親同士が決めた事だし、相手もタイプじゃなかったし、結婚とかするつもりもないし。そりゃあもうやったでーヤックデカルチャーという訳なのだが、それでもあの理由は無いだろう。絶対、乙女に言う言葉じゃないだろう。つか男らしいから無理とかいう理由で断られたんだから、デンプシーロールでボコったのは仕方ないと思う。うん私悪くない。
……ああ、酒が切れた。
「親父さん、酒! あと牛筋と卵とこんにゃくとハンペン!」
しっかし中世風の世界でおでんってどうなんだろうね、それを広めた私が言うのもあれだけどさ。
「……お姫様、飲み過ぎですぜ」
「うっせーバーロチキショー! こちとら酒豪じゃいオメェ……嫌な記憶を酒でまるっと流させてよ!」
既に刻もかなり過ぎているのか、仕事帰りの労働者やらが、私の背中に数奇な目線が注がれる。いや、そりゃ注目するだろうさ。でもまあ、私の声を聞き、私だと分かるとどういう訳か納得して通り過ぎるのだから……不思議なもんだ。
まあ、そりゃ……ちょっと、やり過ぎたとは私も思ってるんだけどね。
実を言うと私、前世の記憶があるのだ。所謂テンプレ転生という奴で、王族の娘に生まれたんだけど……前世で架空戦記やらテロ行為やら、ダークでグレーで今思えば地面転げまわって喉掻きむしって死にたくなるような痛い娘でしたええ。娘でしたよ。古本屋巡って腹腹時計とか探したり、他のみんなが普通の本読んでる中我が闘争読んで悦に浸ってた糞野郎──娘でしたよええ。
それでまあ、前世の記憶を頼りにっつーか、フルに発揮して……で、婚約破棄。
「つーかさー、何がムカつくってあの髭親父にさー、『婚約破棄されましたわウフフ』って言ったらさー、あいつ『だろうな』的な事言ってさー。知ってたのか、予測出来たのか髭親父!」
「お姫様、その話もう十五回目ですぜ」
親父が私の注文した食い物の乗った皿を置きながら、苦笑するように言う。うん、知ってるよ。でも愚痴らせろその為に来たんだから。
既に酒瓶も……何本だこれ。つーか瓶単位って私、どれだけ飲んで……いや、忘れよう。もう乙女のなんたらかとかどうでもいいし。
「……失礼。隣、よろしいか」
「ああ、どうぞどうぞ。ついでに愚痴聞いてって──って、えー……」
なんと、私の隣に座ったのは王国の兵士長殿……名前は忘れたけど、こんな下賤な(利用している私が言うのもあれだけど)所には似合わないような、ナイスミドルなイケメン野郎。つーか金あるんだから上の方で食え上の方で。
「なーんであんたがここにいるのよ。何? お父ハゲ様に報告でもするつもりなの? 監視なの?」
「いえ、こんな場所で珍しい御方をお見受けしたのでつい……」
ああ、笑顔が素敵ね。でも既に結婚しているのよね。既婚者なのよね。良い人なんだけどね。まあ師の素人だったけどね。
つか嫁さんいるんだから早く帰ってあげなさいな本当。婚約を破棄された私の隣に幸せ者が座るなっつーの。まあ荒れてるのは破棄された理由なんだけどさ。破棄自体は喜ばしい事なんだけどさ。
「ねえ、愚痴聞いてってよ」
「と申されますと、例の婚約破棄の奴でしょうか?」
「そう、それ。聞いてってー、そしてついでにここ奢ってー」
「お会計、40,000アレサ(訳40,000円)になります」
私の飲み食いした分の金額を聞かされた兵士長殿の顔が引きつった。そんなに食った……いや、開店当初から飲み食いしてたからか。
私の床にも酒瓶転がってるし……安物の密造酒じゃ酔えないのよね。
「その……今は少し金欠でして」
「冗談よ冗談……ってか金欠って、どうしたの?」
「その、昨日、妻との結婚三周年を記念致しまして、少し奮発して」
「親父、こいつの家に諸々つけといて」
「ああっ、やめてくださいお願いします!」
ケッ、焦れ焦れ幸せ者が! 渋いダンディ様が頬染めてんじゃねーよコラ。
その胸の内の黒い私は口には出さない。私は淑女だから。まあ淑女なのは7時までなんだけどね!
「じょーだんだってじょーだん。つーかさ、なんで私破棄されたんだろう。いや、いいんだけどね? 別にあいつタイプじゃなかったし」
「……だったら、よろしいのでは?」
私はズビシッ、と牛筋(串付き)を兵士長に付きつけ、チッチッチッと振って否定する。ノンノンノン、違うのよボノレノ──兵士長さんよ。
人間ってのはそう上手く出来ていないのよ、神様の薄ら禿げが。
「あんたの同僚にさ、女騎士いるでしょ? そいつに突然『渋い兵士長様より青臭いサクランボ君の方が好きですね』って言われたら、傷つくっしょ? 何も意識してなくてもさ」
「それは……まあ、確かに。嫌ですね」
「更に! 私の場合はあれよ? 理由がさ、勇ましすぎるだとか、自分が劣等感に苛まれるーだとか、ふざけんな! それが女子に言う言葉か!? まだ『バルカより好きな人が出来たから』って言われる方がマシじゃい! 他に女出来たって理由の方が納得出来るじゃない!」
私の言葉に、兵士長は慰めようがないのか苦い顔をしている。ああそうですか、そうでしょうね私の影響を一番受けている兵士長様はそういう反応しますよね。
私が交通整備やら新兵器開発、防衛や新たな部隊の立ち上げ等々をやっているんですからね。ええ、もうこの国の機能の8割に口出ししてますよそりゃあ劣等感感じるわなハッハッハー……はぁ。
「なんだよー、グリフォンによる高機動部隊立ち上げたのが悪かったの? 衛生を整えたのがいけなかったの? 財政管理もやりやすくしたのがいけなかったの? それとも姫騎士として暴れまくったのがいけなかったの?」
「多分、どれもだと思います」
「だよね知ってたよ畜生! なんだ、化学で火薬やら作ったのがいけなかったのか!? この国の軍事力をトップに押し上げたのがいけなかったのか!? それとも姫なのに冒険者ギルドランクトップに上り詰めて伝説の存在になったのがいけなかったのか!? そりゃあ劣等感感じるわな、あの野郎何もしてないもんなアッハハハハハ!! ────うっ」
即座に私は席を立ちあがり、急いで屋台を出て姫様権限でトイレを借りてゲロをぶちまける。うう、飲み過ぎた。
迷惑料を庶民に渡してから、また屋台に戻ると──兵士長の姿が消えていた。
……あんにゃろう、逃げやがったな。
この後滅茶苦茶飲み荒れた。