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機械脳とカラスのイストワール  作者: なぎは
第二部 逃亡の果てのマタン
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第八話

博士が城へと赴いてから、すでに一週間が経とうとしていた。


「やっぱり、なにかあったのかしら」

 

クロウはリンの寝ている薄暗い部屋の中で、包帯を変えながら呟いた。

不安な気持ちでいっぱいのクロウは、身体を休めるどころではなく、ここ一週間ずっと身体中の歯車を動かし続けてきた。


(……少しは眠らなきゃ、博士に怒られちゃうだろうな)

 

ふと、力が入らなくなった手から包帯が落ちる。


「あっ」

 

それを拾おうと、廊下まで転がった包帯を追いかける。すると、玄関の扉に空いている新聞受け用の穴に、一枚の紙が挟まっていることに気付く。


「あれ? 新聞は朝取ったはずなのに」

 

何だろうと不思議に思いながらも、クロウは号外と書かれたそれを手に取った。


「……そんな!」

 

そこに書いてあった衝撃の出来事に、クロウの踏ん張っていた足に力が入らなくなり、ふらついた身体は土で塗り固められた壁にもたれかかる。


「博士が――死刑?」

 

紙面には、偽装工作の罪と書いてある。それはすなわち、クロウを作ったということだろう。


「……っ、酷い! 国の命令で博士は無理やり私を作らされたのに!」

 

クロウは怒りで飛びそうになった理性を、必死に呼び戻す。そうして冷静に国の思惑を推理しようと考える。


(違う。本当は博士の罪の内容が重要なんじゃない。単にこれは、博士を死刑台へ送るための口実でしかない)

 

では、それはなんのためなのか。心当たりは一つしかなかった。


「壊れた私を、直させないため。もしくは、かくまう居場所を奪うため」

 

だとすれば、もうすぐこの家を調べに、城の兵たちがやってくるかもしれない。


(どうしよう、どうしたら)

 

いつ追い込まれるか分からないこの状況に、クロウの思考は一気に恐怖でいっぱいになった。


(リンを連れて逃げる? でも、どこへ? それに、私一人がリンの身体を担いで逃げるには、やっぱり無理があるし……)

 

クロウはもう一度、手元にある紙に目をやった。


(博士の死刑執行は、今日の夕方)

 

クロウは、自分の頭の中で考えている無謀な作戦に、一筋の光が見えた気がした。


(時間はある。博士を助けられるのは、きっと私しか居ない。だったら私が盾となり、博士を助ける! 博士さえ助かれば、私の身に何かあっても直して貰える。リンを連れて逃げてくれる)

 

博士を助けることが出来れば、それはリンを助けることにも繋がる。そう考えたクロウは、たとえ自分が再起不能になってもよいと覚悟した。


「もともと自分は、この世界に産み落とされてはいけない存在なのだから……」

 

手の中にあった紙は、無意識のうちにくしゃくしゃになっていた。

クロウはリンの元へ駆け寄ると、毛布を頭から被せ、その上に新聞やノートを無造作に置いた。ぱっと見たところ、そこに男性が寝ているとは分からないだろう。


「もしも兵がやってきても、これで隠し通せますように」

 

祈るように呟いたあと、クロウの髪や顔が目立たないように深く外套を被る。そして、窓の戸締りをしっかり確認すると、リンを一人残し、家を後にした。


(博士、待っていて。何としてでも助け出してみせるから!)

 

クロウは城へとひたすら走り続けた。



 

ぴちゃん、ぴちゃん。

 

どこからか水が漏れて、水滴が滴っている音がする。

二畳ほどしかない狭い薄暗い牢屋の檻に、石垣で出来た壁の隙間から光が差し込んでいる。そこに、手枷を付けた一人の男。


「……博士」

 

博士と呼ばれたその男は、ゆっくり顔をあげて名前を呼んだ人物に焦点を合わせる。


「やあ、ガル君。いい加減、ここにいるのも飽きてきちゃったんだけど、何とかならないかな?」

 

陽気な博士の発言とは逆に、ガルディンは冷たい表情で、博士を見下ろす。


「……ですから、クロウ様の居場所を教えてくだされば、解放して差し上げますと何度も言っているではないですか」

 

もう何度目か分からない同じ台詞に、ガルディンも飽き飽きしていた。


「それを言うなら、僕だって何度も言っているじゃないか。クロウは壊れたって。そもそも君が壊したんだろう?」

 

その言葉がガルディンの神経を逆撫でたのか、殺気に満ちた視線で博士を貫く。その恐さに、思わず短い悲鳴をあげてしまう。


「ひいッ」

 

自分よりも年下だが、同じ男だが、ガルディンの睨みは半端なく怖い。


「今までは、クロウが逃げ出す度に発信器を辿って、居場所を教えてくれていたではありませんか。なぜ今回はここまで頑なに黙り続けるのですか」


「……今までは、君と同じ考えだったよ。城に閉じ込めているのが、クロウにとって一番幸せなのかもしれないって」

 

機械仕掛けの身体は、心の傷を時間が癒してくれることはない。だったら、クロウを閉じ込めてしまえば傷つくことは何もないはずだ、と。


「クロウは壊れた。もうほっといてあげてくれ」

 

博士はガルディンに訴えかけるように言った。だが、それはガルディンの心には届かない。


「それが嘘だと、私が気付かないわけがないでしょう?」

 

ガルディンは、博士と自分の間にある檻に数歩近づく。それだけで博士への威圧感は強くなった。


「もしもの時に、クロウの身体を強制的に止める非常用ボタン。あれは、押したときに信号が博士の元へ届くように作られていますね。秘密裏に壊れかけたクロウをすぐに回収して、直してかくまうつもりじゃなかったんですか?」


「そりゃあ、大事な娘の最期は看取りたいじゃないですか」

 

博士は、心の内をガルディンに悟られないように、必死に笑顔で心の壁を作った。クロウのことをばらしてしまえば、家に居る二人がどうなるか分からない。


「誤魔化しても無駄ですよ」


「……」

 

これ以上何か喋ると、どんな些細なところからガルディンに悟られるか分からない。そうなれば、下手に口を開くわけにはいかなかった。


「まあ、黙秘を続けるならそれでも構いません。こっちで罠を仕掛けましたから」


「罠……?」

 

ガルディンの顔に、うっすらと笑みがこぼれる。


「博士の死刑執行を、今日の夕方執り行うというデマを、街へと流しました」


「何のために……? まさか!」

 

ガルディンの薄ら笑いが、悪役の如く笑みに変わった。


「クロウ様をここへ、おびき寄せるためです。今頃、あなたを助けようとこちらへ向かっているころではないですか?」


(クロウ……!)


「どうして、ここまで……」

 

ガルディンは博士に背を向けた。そして去り際に、一言だけ答えた。



「クロウ様を壊すのは、私です」


 

たったその一言に、博士は呆気にとられて何も言えなくなった。


「……ガル君」

 

昔は、優しくて明るい子だったのに、いつから氷のような眼をするようになってしまったのか。一体誰がそうさせたのか。

既にガルディンは去った後なのに、いつまでたっても威圧感はなくならない。動くことのできない博士は、ただただクロウの無事を祈ることしか出来なかった。


(クロウ……! 来てはいけない!)

 


その祈りも空しく、クロウは着々と城へと近づいていた。






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