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機械脳とカラスのイストワール  作者: なぎは
第二部 逃亡の果てのマタン
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第六話

城に戻り、再びあの日常が繰り返されるようになったある日、クロウの部屋にノックの音が響いた。すると、その扉はクロウの返事もなしに開かれる。


「久しぶりだねぇ、クロウ! 調子はどうだい?」

 

そこから現れた一人の男性。癖のある茶色の髪に、中途半端に生えた髭。そして、白衣を纏ったその姿に、一目でその人物が誰か分かる。


「博士……」

 

ガルディンにあんな話を聞かされた後で、どんな顔をして博士を見ればいいのか分からず、クロウは俯いてしまう。


「やだなぁ、クロウ。お父さんって呼んでも――」

 

突然、音を立ててクロウは座っていた椅子から立ち上がった。その衝撃で椅子が倒れ、静かだった部屋に大きな音が響く。


「クロウ?」

 

いつもと様子が違うクロウに、博士は呼びかける。


「……っ」

 

クロウは、その名前を呼ばないで、とは言えなかった。

何も言わないクロウを見て、博士はそっとクロウの部屋のベッドに腰を掛ける。そして、ポンポンと自分の隣に座るよう指示する。それを見たクロウは、少し悩んだ後、諦めて大人しく博士の隣に座った。


「何かあったのかい?」

 

クロウが座ると、博士は優しく問いかける。しかし、クロウはなかなか口を開こうとしなかった。


「今日はね、君が部屋から出られるような状態じゃないから、城まで来て整備してくれってガル君に頼まれたんだよ」


「……ガルディンが?」

 

それはガルディンにとっての、気遣いなのだろうか。


(そういえば最近、ガルディンを見ない気がする)

 

以前なら、クロウのことなら小さい仕事や頼み事も全て、ガルディンが行っていたが、最近は様子を見に来るのさえも、見知らぬ兵士が来るようになっていた。


「ガル君と喧嘩でもしたのかい?」


 これが喧嘩なのかどうなのかよく分からなかったが、クロウはとりあえず首を横に振った。


「大切な人を……亡くしてしまった」

 

やっとの思いで発した言葉に、自分の胸が軋むように痛んだ。

博士は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに冷静を取り戻して呟いた。


「……そうか、君はまた繰り返してしまったんだね」

 

博士の言葉に疑問を覚える。


「え? またってどういうこと?」

 

聞こえないように言ったつもりが、クロウの耳にはしっかり届いていた。だが、博士はもうそれを隠そうとはしなかった。


「君は過去にも、大切な人を失ったことがあるんだ」


「え?」

 

自分の身に覚えのない現実に、耳を疑った。


「今は多くは語らないけどね。昔、大切な人を失った君は、今よりも酷く落ち込んでね。仕方なく王の命令で、君の中の大切な人の記憶を消したんだ。その一部始終をガル君はずっと見ていたからね、きっと誰よりも君を心配しているはずだよ」


「そんな……」

 

自分はリンだけでなく、かつて大切だった人までも傷つけていた真実を聞いた衝撃により、自分の体が制御できなくなった。


「いやっ、いやぁ! 私のっ、私のせいで! 私が災いを呼ぶからっ!」


「落ち着きなさい、クロウ! 災いとは何のことだい?」

 

頭を抱え狂いだすクロウが、自分を傷つけないように博士はクロウの腕をしっかりと掴んだ。


「私の名前が……カラスっていう意味だって……カラスは、災いを呼ぶ魔女の化身だって」


「……その様子じゃ、誰がこの名前を付けたのかも知っているんだね」


「…………」

 

博士は、無言の肯定を受け取った。


「あのね、クロウ。僕は災いを呼ぶという意味で、君にこの名前を与えたわけじゃないんだよ」


「え……?」

 

落ち着きを取り戻したのを確認した博士は、強く握っていた手を離し、その手で輝く髪を撫でるように触れる。


「僕の生まれた国ではね、カラスとは太陽の使いと言われているんだよ」


「太陽の……使い?」

 

博士はにっこり微笑みながら、部屋の隅にあった積み上げた絵本の中から、とある一冊の本を取り出した。そして、あるページを開くと、クロウに見やすいように本を翻す。


「それは……」

 

そこに描かれた一羽のカラス。太陽を背に艶やかな黒い羽根を輝かせて、まっすぐに天へ向けて飛んでいる。


「僕は最初、君を作ることをよく思っていなかったんだよ。でも、王の強制命令だったからね。だから、せめてもの願いを、クロウという名前に込めたんだ」

 

クロウの中の時間が止まったかのように、絵本に描かれたカラスに見入りながら、博士の次の言葉を待った。


「太陽のように、周りの人々の心を明るく照らし、この国を光へと導いて欲しい。そんなお姫様になってほしいと、そういう意味を込めてクロウと名付けたんだよ」


「……っ、博士」

 

どうしようもない気持ちが込み上げてきたクロウは、博士の胸の中へ飛び込んだ。それを、博士の大きな腕で包みこむ。


「私……博士に嫌われていたらどうしようって……不安だったの」


「そんなこと、あるわけないじゃないか。クロウは僕が作った、可愛い娘だよ」


(……お父さん)

 

照れて口には出せなかったが、クロウは何度も心の中でそう呟いた。


「……だからね、クロウ。君は君の思うように生きればいい。君のしたいように動けばいい。たとえそれで誰かが不幸になったとしても、それは君のせいじゃない」


「……でも。私」

 

何か言おうとしたクロウの唇に、博士が人差指をあてがう。


「だったら、君の周りにいる人たちに聞いてみてごらん」

 

博士は、その質問の内容をクロウの耳元でポツリと囁くように呟いた。


「……分かったわ、博士」

 

もうクロウの顔は、一点の曇りもないような、すがすがしい笑顔だった。そして、博士に背を向け走り出した。


博士は名残惜しそうに見送ったあと、誰も居なくなった部屋の椅子に腰かける。


「ガル君に怒られちゃうだろうな、ふふ」

 

その時の博士の嬉しそうな顔は、誰も知る由もないだろう。




「部屋にお戻りください! クロウ様」


「……っ、それは無理!」

 

堂々と部屋を出て、堂々と廊下を走っていたクロウは、当然のごとく兵に見つかり追われていた。


「っはぁ、はぁ、この先、どうしよう」

 

――君のしたいように動けばいい。

 

先程の博士の言葉を思い出す。


(私のしたいこと……私は、もう一度……リンの死を自分の目で確かめたい。リンに、会いたいんだ!)

 

もう一度山へ向かっても、もしかしたら、またあの場所へ辿り着けないかもしれない。迷子になって取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。それでも、クロウは山を目指すことを決意した。


(今度は大丈夫な気がする。リンが、私を呼んでくれている気がする)

 

そうと決まれば、あとはこの状況を打破するだけだ。

クロウは視界の隅に、城の換気をしようと窓を開けているメイドの姿が目に入った。それを見るや否や、吸い込まれるように窓へ向かって走り出し、力の限り窓の外へ飛び出した。


「クロウ様ッ!」


「何を考えているんだ! ここは5階だぞ!」

 

窓を開けていたメイドや、追いかけていた兵士たちは、何が起こったのか一瞬理解出来ずに、青ざめた顔でクロウの名を叫びながら、窓の外を見下ろしていた。


「……っ」

 

クロウは浮遊感に耐えながら、衝撃を軽減するために、庭の木に飛び移ろうと手を伸ばす。そして、次に訪れるであろう衝撃に目を瞑る。バサバサっと大きな音を立てて、クロウの身体が木のてっぺんから地面へと落ちていく。その途中で、クロウはがむしゃらに木の枝を掴み、地面への直撃を避けた。


「くっ」

 

枝にぶら下がる身体を支える腕が、ミシミシと音を立て始める。力が入らなくなった腕から、するりと枝から離れていく。


「きゃあっ」

 

地面へと叩き付けられる衝撃を覚悟したクロウだったが、訪れた衝撃は温かいものに包まれるような感覚だった。


「まったく、いつからあなたはこんな無茶をするようになったのですか」


「ガルディン!」

 

クロウの身体が地面へと降ろされるが、ガルディンはクロウの腕を離す気配はなかった。


「どうして……いつからあなたは、こんな我が儘になってしまったのですか」

 

ガルディンの顔に、いつものような冷たさは無い。

クロウは良心を痛めながらも、震える足で必死に身体を支えながら、ガルディンに訴えかける。


「私は……元から良い子なんかじゃないわ。ずっとこの城が、あなたが、自分の存在が怖くて、ガルディンのいうことに従ってきた」

 

徐々にクロウとガルディンの距離が離れていく。


「でも! 私はリンと出会って、自由に生きたいって思えた。博士に、自由に生きてもいいんだって教えられた! だから私は、自分で自分の人生を歩く!」

 

今までに見たことのないような、クロウの強い意志。それに思わず尻込みしたガルディンは、握っていたクロウの腕を離してしまった。

クロウはその隙に、ガルディンの腕を振り払って、前を向いて走り出した。


「……あなたは人形なのだと、最初からそう思うことが出来ていたら……こんな気持ちになることはなかったのに」

 

遠ざかるクロウの背中を、虚ろな目で追おうとする。


「自分のそばに置いておけるなら、たとえ結ばれなくても、私はそれだけでよかったのです、クロウ様……」

 

ガルディンは胸のポケットから、小さなスイッチのようなボタンが付いた小さな箱を取り出す。


「けれど、あなたが誰かのモノになってしまうのなら……せめて私の手で壊して差し上げましょう」

 

ガルディンは覚悟を決めたように握っていたスイッチを押した。




クロウが山を登り始めてすぐのことだった。


「……っあぁ!」

 

クロウの身体に、ビリビリっとした衝撃が走る。その身体は、耐えられずに地面へと崩れ落ちた。


「な、に……?」

 

身体中のすべての歯車が止まり始める。


(だめ……ここで止まれば、またすぐに兵に見つかってしまう!)

 

クロウはいうことをきかない身体を引き摺りながら、前へ進み始めた。


「……リンッ」

 

リンを想う気持ちを糧に、クロウは山の中を進み続ける。


(不思議……今回は自然と、自分の進むべき道が分かるような気がする)

 

クロウは見えない光を辿るように、傷ついた身体を必死に動かした。しかし、それもとうに限界を超えていた。


「っあう」

 

道の悪い山道に、クロウは転んだその場から立ち上がることが出来なかった。


「動いて……私の身体……」


(あと、ほんの少し……ほんの少しで、リンがどうなったのか分かる)

 

頭の中では、必死に動こうとする命令が伝達される。だが、それも空しくクロウの身体は動きを完全に止めた。


(リン……ごめんね)

 

こんなにも誰かを想ったのは、自分が知る中で初めてだった。

 

自分の意思で動くことは、こんなにも勇気がいることだった。

 

人間が当たり前のように持っている自由が、こんなにも恐いことだなんて思ってもいなかった。

 

自由だからこそ、自分の行動に責任を持たなければいけないという重さ。それがきっと、クロウも、そして人間であるリンにも、重たすぎて逃げていたのだ。


(それでも、私がリンの手を取れたのは……リンが私を連れ出そうとしてくれたのは……きっとそんなものよりも大切なものを見つけられたからだよ)

 

思考しか動かなくなった身体は、とめどない気持ちで溢れていた。その時、微かに重い足音がクロウの耳に届いた。


(誰か来る……もうガルディンに追いつかれた?)

 

クロウの身体が強張る。すると、優しい声がクロウの名を呼んだ。


「クロウ」


(この……声は……)

 

その人物は、そっとクロウの身体を抱きかかえた。その温かさにクロウは身を委ねてから、その人物の顔を確かめた。


「もう、大丈夫だよ。僕が直してあげよう」


「……博士ッ」

 

かろうじて動いた唇で、目の前の人物をそう呼んだ。


「博士……どうして、ここが?」


「大事な娘の心の叫びが聞こえたからね。助けに来るのはあたりまえだろう?」

 

安堵でくしゃくしゃになった顔を隠すために、クロウは博士の温かい胸の中に顔を埋めた。


「……怖かったね」

 

幼い子供をあやすような声で、優しく呟いた。

クロウはその言葉に、胸が締め付けられるような気持ちを覚えた。



そしてそのまま、クロウの視界は真っ暗な闇の中へと落ちていった。








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