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機械脳とカラスのイストワール  作者: なぎは
第二部 逃亡の果てのマタン
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第五話

クロウが次に目を覚ましたのは、脱走事件から一週間後のことだった。

 

まだぼやけた視界で周りを見渡すと、あの数日間が嘘だったかのように、いつもの薄暗い部屋に寝かされていた。


(……私、捕まって……)

 

ガルディンに捕まった時のことを、記憶回路を辿って思い出そうとする。


(そうだ! リンは? リンはどうなったの……?)

 

自分の意識を失う瞬間目に入った、血だまりの中で朽ちた姿のリン。思い出しただけでも震えが止まらなくなる。

重い体を持ち上げ、この部屋からなんとか出ようとする。扉まで辿り着いたその時、丁度その扉が開かれた。


「おや、お目覚めになったのですね」

 

目の前に現れた人物に、思わず体が強張る。


「ガ、ガルディン……」


「おや、何をそんなに怯えておいでなのですか?」


(どっ、どの口がそれを言うか!)

 

どうせ何を言っても、ガルディンの目にはもはやクロウはただの怯える小動物にしか見えないだろう。と、クロウは諦めた。


「……っ、リンは? リンはどこ?」

 

そうクロウが質問したその瞬間、ガルディンの顔から笑顔が消えた。


「もう、あんな屑のことは忘れるのです」


「いやよ! 答えて、リンはどこ?」

 

ガルディンの発する威圧感に負けないように、踏ん張りながらクロウは食い付く。


「お願い……リンに会わせて」


(もしリンに何かあったら……全部、私のせいだ!)

 

ガルディンの口から嘆息が漏れた。


「まったく、そこまで言うなら答えてあげてもいいですけど。聞けばあなたの心が傷つくだけですよ」


「え……?」

 

ガルディンの言葉に、驚くぐらい胸の歯車が高鳴った。そして、ガルディンが次に口を開こうとするまでの時間が、とても長く感じられた。

 

嫌な予感しかしない言葉に、クロウは耳を塞ぎたくなった。


「……だけど、私は聞きたい」

 

強い光が宿った瞳で見つめられたガルディンは、観念したように口を開いた。



「彼は、死にました」

 

 

半分予想していた答えに、クロウの思考回路は止まりかけた。


(リンが……死んだ?)


「あなただって彼の最期を見たでしょう? あれだけの出血で放置すれば、あとは時間の問題です」

 

クロウの頭の中に、リンが刺されたときの映像が何度も再生される。


(うそ、うそよ……そんなっ)

 

クロウは力なく床に膝をつく。そして、本物の人形かのようにピクリとも動かなくなった。そんなクロウを見たガルディンの表情が一瞬憂え色をみせた。


「だから、言いたくなかったのです。機械仕掛けの体は、心の痛みを時間が解決してくれることはないのですから」

 

ガルディンの言葉に反応するように、クロウの手が、ぴくりと動いた気がした。


「あなたがお望みなら、博士にお願いして記憶を削除して貰うことも出来ますが?」

 

クロウはただ俯いたままで、首を横に振った。


(私の記憶を消したほうが、あなたにとって扱いやすくなるから、そんなことを提案するんでしょう?)

 

そう言ってやりたかったが、そんな気力はもうなかった。


「そうですか……では、早くあなたの本来の存在理由を思い出しなさい」

 

ガルディンはそれだけを吐き捨てて、クロウの部屋を後にした。


「リン……」

 

ガルディンが去った後も、クロウはしばらく動くことはなかった。


(私の……本来の存在理由?)

 

胸がカッっと熱くなり、なんとも言えない感情が込み上げてきた。


(私はなんとために作られたの? 人形だからって、こんなにも生き方を縛られなきゃいけないの? だったらどうして……)

 

どうして……私を作った博士は、私に心を与えたんだろう。


深い心の奥に、小さな光が生まれた気がした。


「私……私は」

 

そのとき、カタンと窓が揺れた音がした。まさかと思い、クロウは窓に近づく。


「……っリン」

 

クロウは勢いよく窓をあけた。幸い、壊された窓の修理はされておらず、簡単に開くことができた。しかし、そこにリンの姿はなかった。


「風……か」

 

太陽の日差しがクロウを包む。輝く髪をなびかせたまま果てしない地平線を見つめていた。


(ここで、リンと出会ってもうすぐ二ヵ月)

 

リンと過ごした日々が、走馬灯のようにクロウの頭を駆けていった。

 


――俺と一緒に外の世界へ行くか。



「私……私はッ、外の世界へ行きたい! 自由に生きたい!」

 

クロウの目には、強い光が宿っていた。


 

 

しばらくして、様子を見に来たガルディンがクロウの部屋を訪れる。そしていつものようにノックをするが、返事はなかった。


「クロウ様?」

 

まだ放心状態でいるのかと思い、ガルディンは返事を待つのを諦めて扉を開ける。


「失礼しま……」

 

部屋に入ったものの、そこには誰の姿もなかった。


「クロウ様? クロウ様!」

 

誰も居なくなった部屋と、空いた窓。そこからクロウがどこへ向かったのか推理するのに時間はかからなかった。


「くそっ」

 

ガルディンはそう吐き捨てて、クロウの部屋を後にした。

 


その頃クロウは、ガルディンの予想通り窓から抜け出した後、リンと別れてしまったあの山奥へ向かっていた。


「はぁ、はぁ」

 

険しい山道に、激しい運動で体が軋む。


(前は、リンが支えてくれたけど……今は私一人)

 

この先どうしたらいいのか分からない不安と、この奥に待っている現実に震えが止まらなかった。それでも、クロウは険しい道を進み続ける。だが、今更リンを助けに行ったって無駄かもしれない。けれど、ほんの少しの可能性に縋ってでも、クロウはリンに会いたくて堪らなかった。


(リン……リンッ)

 

目の前の枝を掻き分けていくのに必死になっていたクロウは、足元に出っ張った木の根元に躓いてしまう。


「きゃっ」

 

地面に倒れこんだまま、クロウは拳を強く握りしめた。


(こんなところで躓いてどうするのよ、私! 前みたいに支えてくれる人はもう――)

 

クロウはこれ以上先のことを思ってはいけない気がして、握っていた拳をそっと離した。そして力強く立ち上がり、前を見据える。


「……っ、待っていてね、リン」

 

クロウはその一部始終を見られているとも知らずに、歩き出した。しばらくして、クロウの姿が見えなくなったのを確認すると、茂みから一人の人物が姿を現す。


「クロウ様。あなたがこの道の先に進んでも、辛い結末が待っているだけですよ」

 

風に消えそうな呟きと共に、ガルディンは静かにクロウの後を追いかけた。

 

 

 

山に入ってから数時間が経った」。日は傾き、木々で光が遮られた森の中にいるクロウは、薄暗い影に不安を煽られる。


「確か……ここをまっすぐ行ったら」

 

クロウの思考も、記憶も、そして体も、限界を感じ始め、ギシギシと音を立てて訴えかけていた。


「ちがう。この左の茂みの奥に入っていったような……」

 

クロウも本当は気付き始めていた。


(私……迷った?)

 

リンと共にこの森に入った時は、兵士たちに追いつかれないよう入り組んだ茂みの中を進んでいった上に、その時クロウはもはやリンの背中しか見ていなかった。そんな状況で、再びあの場所へ向かうことなど、クロウにはもはや不可能に近いことだったのだ。


「……っ、リンッ」

 

悔しさのあまり、クロウは地面に崩れ落ちる。会いたい気持ちが溢れて、胸がはじけてしまいそうな錯覚に、クロウは耐える。その時、ガサっと茂みが揺れる。クロウはビクっと体を震わし、音がした方向に顔を向ける。するとそこで、黒い何かが動いた。


「……リッ」

 

愛しい人の名前を呼ぼうとした。

クロウが黒いモノに駆け寄って行くと、それは空へと飛び立っていった。


「……カラス、ですね。あの男と思いましたか?」

 

自分の思考を口に出され、クロウは顔を赤く染めながら声のする方へ視線を向ける。


「もう……私に、かまわないで。放っておいて」

 

クロウは図星を隠すために、目の前に現れたガルディンに向かって言葉を投げる。

ガルディンは、自分の顔を隠そうとするクロウの腕を掴む。クロウはそれを振りほどこうとするが、自分の力でガルディンに勝てるはずがなかった。


「やっ……離して!」

 

ガルディンは静かにクロウを見据えたまま、口を開いた。


「あなたは、自分の名前の意を考えたことはありますか?」


「え……?」

 

突拍子もない話題を振られて、クロウは首を傾げる。


「クロウとはカラスを意味する単語」

 

ガルディンは語りだす。何を言われるのか予測できないクロウは、緊張で胸の歯車が早くなる。


「この国でカラスとは、災いを呼ぶ魔女の化身。つまり、あなたの周りにいる人々は、あなたのせいで幸せにはなれないのです」


「……っ」

 

初めて知った、自分の名前の意味。さらに、ガルディンの酷な台詞は続く。


「ちなみにこの名前を付けたのは、あなたを作った博士……メテオトル博士が名付けたのですよ」


「は……博士が?」

 

その衝撃は大きかった。

 

クロウにとってその人は、自分を受け入れてくれた大切な人物。そして、自分の父親のような存在だったからだ。


「これで分かったでしょう? 彼の幸せを願うなら、彼が生きていたとしても近づかないことです。そしてこれからも、誰とも関わらず、あの城で暮らすのです」

 

クロウは俯いたまま何も言わない。


「……大丈夫です。私だけは、お傍にいますから」

 

その優しい呟きは、クロウの耳には届かなかった。

ガルディンはクロウの腕から手を離し、優しく手を差し伸べた。


「さあ、一緒に城へと帰りましょう。クロウ様」

 

クロウはその手を取ろうとはしなかった。しかし、しばらくしてクロウは静かに頷き、子供のようにガルディンに手を引かれ、城へと帰っていった。


その帰り道、クロウが後ろを振り向くことは一度もなかった――。





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