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機械脳とカラスのイストワール  作者: なぎは
第一部 月夜の逢瀬と逃亡劇
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第四話

「はぁ、はぁ」

 

クロウとリンは、人目につかぬように険しい森の奥を歩いていた。しかし、運動が出来るように造られてはいないクロウの体は、激しい運動量に歯車の回転が間に合わない。


(でも、こんなところで休んでいられないわ。共に歩きたいって言ったそばから、リンに迷惑をかけるわけにはいかないもの)


「きゃっ」

 

上がらない足のせいで、木の根っこに躓いてしまう。倒れることを覚悟したクロウだったが、いつまでたっても衝撃は来なかった。その代わりに感じるのは、包み込まれるような温かい体温だった。


「……あれ?」

 

リンの顔が……目の前に……。


「大丈夫か?」

 

リンに声をかけられ、ようやく思考が回り始めた。


「わっ、ごっ、ごめんなさい!」

 

抱えられた身体は、力強い腕で支えられている。そこから伝わる熱に、クロウの歯車は又しても激しく回り始める。


(はっ、早く降ろしてーっ)

 

顔を真っ赤にして、無言の抵抗をするが、リンには全く伝わらない。それどころか、クロウを腕に抱えたまま移動を始める。


「ちょ、私、もう一人で歩けるから!」


「休める場所を探す。もう少しの間じっとしていろ」

 

止まる気配のないリンに、クロウは諦めたように身を預ける。そんなクロウを見て、リンはポツリと呟くように囁いた。


「……共に歩くことは、自分が無理をすることではない」


「え?」


「そして、自分も相手に無理をさせることでもない。……だから気にするな」


どういう意味かクロウはしばらく考えたが、不器用な彼なりの優しい言葉なんだと気付いた時には、クロウの顔には笑みがこぼれていた。


「ふふ、ありがとう」

 

そうしてしばらく進むと、森の奥に洞穴を見つける。しばらくそこで休憩することに決めた二人は、少しでも体を冷やさないように薪に火をつける。


「……あったかい」

 

クロウの何気ない純粋な一言に、リンは感心する。


「お前は小さなこと一つにいちいち感動するんだな。前もいつだったか、塔の窓から見えた朝日に感動していただろう?」


「えっ」

 

クロウは改めて指摘されて、今までの自分の行動を見直す。


「んー……私、ほとんどあの部屋の中しか知らないから、色々な物が新鮮で、こんなに凄いものがこの世にあるんだって思ったら、何だか感動しちゃって」


「そうか」

 

自分は一生懸命リンの質問に対して答えたつもりなのに、素っ気ない返事にクロウは頬を膨らませる。


「……っていうか、朝日のこととか、本当によく私を観察しているわね」


「俺たちは普段から周りをよく観察しろと教えられているんだ。特に、人の小さな仕草や表情で嘘や企みを見抜かなければいけないからな」


「へぇ……」


(な、なんというデンジャラスな生活を送っているのかしら)

 

心の片隅に、リンに嘘をつくのだけはやめようと誓った。けれどクロウは、リンの暗殺部隊隊長という肩書に、並ならぬ努力が見えた気がした。


「リンは……どうして暗殺部隊に?」

 

聞いていいのか迷ったが、クロウの純粋な探求心は抑えられなかった。


「別に、俺がなりたくてなったわけじゃない。そうしなければ、生かして貰えなかっただけだ」


「……そ、う」

 

クロウはどういう反応を返していいのか分からず、言葉に詰まってしまう。


(やっぱり、聞いちゃいけなかったかな)


「……だが、今となってはこれで良かったと思えるがな」


「え?」

 

どういう意味か、と問おうとリンの方に顔を向けると、リンの瞳はまっすぐにクロウを捕らえていた。


(リン……?)

 

クロウも同じように、リンから目が離せない。その瞬間はまるで時が止まったかのように長く感じられた。


(リン……あなたは今、何を思っているの?)

 

すると、リンの大きな手が、クロウの体を包み込むように引き寄せた。


「えっ」

 

あまりの近さに、クロウの体温は急上昇していく。


「こうすれば、もっと温かいだろう」

 

クロウは何も言えなかった。変に緊張するせいで、体が言うことをきかない。だが、じんわりと温かい温度と力強さに、だんだん心地よい気分になってきた。


「……ふぁ」

 

今までの疲労を回復しようと、体の機能が止まり始める。


(あ……やばい)

 

今ここで眠るわけにはいかないと思いつつも、体の命令信号には勝てず、クロウはそのままリンの腕の中で、夢へと旅立っていった。そんな無垢な寝顔に、リンはそっとクロウの頬に触れた。


「ん……」

 

触れられたことに反応したのか、クロウの口から声が漏れる。それを聞いたリンは、思わず笑みが漏れる。


「お前は、綺麗なままで居てくれ」

 

たくさんの人を殺してきた自分の穢れた右手を強く握りしめながら、リンはかすれるような声で呟いた。

 

 

 

翌朝、クロウは軋む体を伸ばしながら、ここはどこだったか周りを確かめる。


「私、城を抜けて……」

 

そこでようやく、頭の回転がもとに戻り、意識がはっきりしてきた。


「そうだ! 私たち、城を抜け出して……って、もう朝じゃない!」

 

照り入る明るい日差しとは逆に、クロウの顔はどんどん暗くなっていく。


(どうしよう、私が昨日、あのまま寝ちゃったから……)

 

クロウは恐る恐る、リンの方に顔を向ける。


「疲れは取れたか?」


「えっ……あ、うん」

 

思いがけない優しい一言に、なぜか胸が温かくなった。


「ごめんね、リン。先を急がなきゃいけないのに、私寝ちゃって……」


「気にするな。しっかり休むことだって大事だ」

 

クロウはお言葉に甘えて、寝てしまったことを悔やむのは止めて、これから頑張ろうと心に誓った。


「あの、リン……」

 

その誓いを言葉にしようとした瞬間、一発の銃声によって遮られてしまった。その音を聞いたリンは、とっさに自分の背にクロウを隠す。


「さあ、出てきてください。そこに居るのは分かっているのですよ」

 

草木の中から出てきた人影に、クロウは息を飲む。


「――ガルディン」


「おやおや、こんな狭いところで二人添い寝とは、ずいぶん仲が良くなったものですね」

 

くだらない挑発に耳を貸さず。リンは周囲を確認する。

自分たちは洞窟に入ってしまったため、後ろに逃げ場は無い。そして、目の前には拳銃を構えたガルディンと、それに加えてガルディンの後ろには数十人の兵士たち。

クロウはリンの後ろで、悔しそうに拳を握っている。クロウもリンと同じように、この状況を切り抜ける算段を考えているところなのだろう。

 

なかなか動かない二人を見て、ガルディンはリンに向けて発砲する。


「……っ」

 

その弾はリンの頬を掠めてゆき、頬に伝う血と共に流れる冷や汗を拭う。


「次は当てますから、じっとしておいてください。無駄撃ち出来るほど鉛だって安くはないんですから」


「それは無理な相談だな」

 

ガルディンの言葉と仕草を見て、続けて攻撃が来ないことを確認したリンは、クロウにしか聞こえないように呟く。


「……いいか。これから俺に何があっても、まっすぐに前だけを見て走り抜くんだ」

 

リンの急な提案に、クロウは瞠目する。


「えっ、そんなこと……出来るわけないじゃない」

 

そんなことを言われて、悪い予感がしないわけがない。おそらくリンは、自分を盾にしてクロウを逃がす気だろう。


「リンが……外の世界、見せてくれるんでしょう? だったら、こんなところで捕まっちゃ駄目よ!」

 

リンはガルディンから視線を外すことなく、一言呟いた。


「――悪い」

 

クロウの目の前にあったはずの大きな背中が、温もりと共に離れていく。


「ほう」

 

身を盾にクロウを逃がそうとする姿に、ガルディンから感嘆の言葉を漏らす。すると、ガルディンの前に数人の兵士が剣を構え、リンに斬りかかろうと襲い掛かる。しかし、それもリンの腕にかかれば一瞬で捻じ伏せられる。そうしていると、敵はリンに集中し始め、洞窟の入り口に隙が出来たことにクロウは気付いた。


クロウは悩んだ。


(ここを抜けて逃げ切れば自由。でも、自由になったその先は……私は一体そうすればいい?)

 

固まったように動かないクロウを見て、リンは叫ぶ。


「行け!」

 

その一言に、リンは後先考えずに走り出した。


「……っ」


(とりあえず、私が逃げないとリンの足手まといになってしまう!)

 

しかし、リンの言葉に反応したのはクロウだけではなかった。


「そうはさせませんよ」


隙を見て逃げ出そうとしたクロウの右腕を、ガルディンに掴まれる。


「やっ……離して!」

 

捕まった瞬間、もはやクロウの頭の中は絶望的な未来しか想像できなかった。その瞬間、体に重い衝撃を受ける。すると、体の中の信号が緊急停止を始め、体中の歯車が止まりだした。


「クロウ!」

 

地面に崩れ落ちたクロウを見て、最悪の光景がリンの頭の中に過った。


その刹那、一人の兵士の刃がリンの腹部を貫いた。


「くっ……」

 

しばらくして、リンもその場に崩れ落ちた。

 

暗くなっていく視界の隅で、血だまりの中に倒れるリンの姿を捉えたクロウは、必死に手を伸ばそうとした。けれど、その手が動くことはなかった。


(嘘……嘘よ……リン!)

 

どうしてこんなにも、世界は私たちに残酷なのか。

 

クロウは頬に温かい何かが伝うような錯覚を覚えた。





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