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機械脳とカラスのイストワール  作者: なぎは
第一部 月夜の逢瀬と逃亡劇
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第三話

城を抜け出すことを決意した二人。

クロウはリンに手を引かれ、城の屋根を伝って城の裏まで脱出しようと試みる。だが、ことはそう簡単に運んではくれない。


突然鋭い何本もの矢がリンを襲う。


「……っ」

 

リンは咄嗟に体の後ろにクロウを隠す。そして、向かって来る矢を一本残らず剣で薙ぎ払った。


「きゃっ」

 

突然の衝撃に、クロウの思考はついていかない。だが、しばらくして聞き覚えのある声が耳に響く。


「こんなところで何をしているのですか? クロウ様」


「……ガルディン」

 

庭に数十人の兵を連れて、ガルディンが待ち構えていた。クロウたちは、屋根の上からガルディンを見下ろしているはずなのに、まるで自分たちが見下されているかのような威圧感を発していた。それでも、クロウは負けずにガルディンへと向かって言葉を放つ。


「ガルディン、私は外の世界へいく!この目で世界を見たいの!だから――」


「黙れ」


「……っ」

 

ガルディンのたった一言の言葉に、クロウは逡巡した。


(あぁ……また、あの目)

 

私を一人の存在として扱わない。無機質な人形を見る、目。

目の前にある強大な威圧感と恐怖に震える手を、確かな温かさが包みこんだ。


「……大丈夫だ」

 

リンの力強い一言で、恐怖の中に一筋の安堵の道が見えた気がした。そんな二人を引き裂かんばかりに、ガルディンの命によって次々と矢が放たれる。それを必死に薙ぎ払いながら、クロウの手を引いて逃げようとしたが、その瞬間確かに繋いでいた二人の手が離れていく。


「やっ……!」


「なっ、クロウ!」


リンが振り向くと、ガルディンの腕の中に捕らわれたクロウが居た。二人は矢を払うのに必死で、いつの間にかガルディンが屋根に登って来ているのに気付かなかったのだ。


「お遊びはここまでです。今すぐ大人しく部屋に戻るなら、きっと王も許してくださるでしょう」


「……っ」

 

クロウがガルディンの手の中にある以上、リンは下手に動けなかった。それを確認したガルディンは、クロウをこのまま部屋へ連れて行こうとする。しかしクロウは足に力を入れ、この場に踏ん張ろうとする。


「……無駄な抵抗はおやめなさい」


ガルディンが呆れた様に呟いた。


「いやよ。このまま部屋に戻ったら、リンを捕まえて酷いことするんでしょう?」

 

図星なのか、ガルディンは何も言わなかった。それを肯定に受け取ったクロウは、力の限り抵抗してガルディンの腕の中から抜け出そうとした。


「やめろっ、クロウ!」


「え?」

 

リンの叫びに、クロウの動きは止まる。だが遅かった。クロウの行動に苛ついたのか、ガルディンはクロウの手首を捻りあげる。


「あぅっ」

 

クロウの手首がミシミシと音を立て始める。


「仕方ないですね。これ以上抵抗を続けるというなら……」


ガルディンの冷たい瞳に、クロウは全身の温度が急激に下がり始める。


「解体処分するしかありませんね」

 

残酷なガルディンの一言に、クロウの思考は停止した。それを聞いたリンは、クロウに集中しているガルディンの一瞬の隙をついて攻撃を浴びせる。


「……くっ」

 

だが皮一枚のところで避けられてしまった。しかし、クロウをガルディンの腕の中から連れ出すのには十分だった。

リンは硬直していたクロウを抱きかかえ、兵がいる逆の方へ飛び降りた。ガルディンはそれを追おうとしたが、もう追いつけないと判断したガルディンはただただ歯噛みをしながら、暗闇に消えていく二人の姿を見送るしか出来なかった。




「――大丈夫か?」


「ええ、なんとか……」

 

クロウはリンに手を引かれ、城の屋根を伝い、見張りの目を掻い潜ってなんとか城の裏へ脱出することに成功した。


「寒っ」

 

冷たい風が体を通り越していく。その先に見える朝日は、塔の上にいるよりもよっぽど近くに感じられた気がした。

震えているクロウに、バサっと外套が被せられる。


「人形でも寒いと感じるのか……割と不便なカラダなんだな」


「……悪かったわね」

 

リンはあまり感情が表情に出ない分、何かと嫌味に聞こえて仕方がない。だが、さりげない優しさにいつも調子を狂わされる。


(ほんとに、何を考えているんだろう)

 

勢いでここまでついて来てしまったものの、本当に外の世界へ連れて行ってくれる保証なんてどこにもない。ましてや、マーシャ王国へ連れて行くための罠かもしれない。


(私……もしかして、すごく危ないことしている?)

 

サァっと、急に体の体温が下がっていくような気がした。


「さっきのことは、気にするな」


「え?」

 

動かないクロウを見て、リンは励ましの声をかける。心あたりの無いクロウは、さっきの出来事を必死に思い出す。


(さっき……ってガルディンとのことよね)

 

頭を悩ませていると、リンの手がポンポンと優しくクロウの頭に乗せられる。


「俺はもう、お前を人形だなんて思わない」


(あ……)


 ――解体処分するしかありませんね。

 

あの時、確かにクロウはショックを受けた。リンはそれを見逃さなかったのだ。そんな小さなことまで見ていてくれたのだと、クロウは今までに味わったことのないような温かさに触れた気がした。


「どうかしたか?」

 

その温かさの余韻に浸っていると、不思議に思ったリンが声をかける。


「えっ、いや、なんでもないわ! それよりも、これからどこへ向かうの?」

 

クロウの慌てふためく様子など気にも留めず、リンは南を指さす。


「南の国境を越えてケルト王国へ向かう。あそこなら匿ってくれそうな人物を知っているし、もしもお前が見つかってしまったとしても、アルシア王国と友好関係にあるケルト王国なら、簡単にお前を傷つかせたりはしないだろう」


「でも……リンは?」

 

自分は良いとしても、敵対関係の国であるマーシャ王国の暗殺部隊体調ともなれば、見付かればただでは済まないだろう。


「何も心配するな」

 

そう言い捨てて歩き出したリンの背中を、クロウは追いかけながら問う。


「どうして……そこまで私のことを大事にしてくれるの?」


「べつに、大事にしているつもりはないが……強いて言うならば、自分よりも相手の安全を優先するのが、護衛の基本だと理解しているが?」


「護衛……」

 

リンの口から時々出てくる軍事的用語に、リンが今までどのような環境で育ってきたかが、クロウは少し分かった気がした。


(きっと……言われるがまま行動し、尽くし、命令だけを道標に生きてきたのね)

 

私と同じ、人形のように。

 

そんな二人が今、誰の命令も無しに自分たちの意思でココに居る。それがどれだけ不安で恐ろしいことか、クロウには理解出来る。クロウだから理解できる。だから――


「リン! 私はあなたに守られなくていい。私はあなたと共に歩きたい!」

 

その言葉に、リンは一瞬瞠目する。それを見たクロウはハッと我に返る。


(な、なんか今の……告白みたい?)

 

胸の歯車の回転が速くなるような感覚の中、上昇した顔の体温を手で冷ましながら慌てて弁解しようとする。


「あ、そのっ、別に深い意味は無くて……ね?」

 

すると、リンの大きな手のひらが、クロウの頭に優しく乗せられる。


「分かっている」

 

優しい微笑に、クロウは思わずうっとりする。


(なんなのかしら……この感覚)

 

どれだけ冷やしても、しばらくクロウの顔の熱が引くことは無かった。


 

 

一方、クロウを取り逃がしたガルディンは、人払いを済ませた王室で、王と密談を始めていた。


「まったく、お前がついていながらどういうことだ」

 

玉座に座る一人の男性。肩にかかるまっすぐな金髪と、それに映えるように纏う真紅のマント。それだけで十分に、王としての威厳と迫力が出ていた。

 

王の前に跪くガルディンが口を開く。


「――申し訳ありません、ユラウド陛下。クロウ様は先日現れた暗殺者によって誘拐されたものと……」

 

ガルディンの報告が終わるよりも先に、ユラウドが発言する。


「最初の事件から、何度もその暗殺者とやらがこの城に乗り込んでいるらしいではないか。それはどう説明してくれる」


「……私の力不足です。申し訳ありません」

 

それ以上口を開こうとしないガルディンを見て、ユラウドは嘆息をもらす。


「これ以上、過ぎてしまったことを言っても仕方がない。何としてでもクロウを連れ戻すのだ。その暗殺者にクロウがただの人形だと知られれば、この国は危うくなるからな」


「……承知しました」

 

ガルディンは、動揺を隠すためにギュッと拳を握る。

ユラウドは、まだクロウの正体が暗殺者にバレたことは知らない。


(だったら……)


とっとと暗殺者を見つけ出し、口封じをするまでだ。

 

ガルディンはユラウドに挨拶をして、王室を後にする。そして誰もいない薄暗い廊下でぼそっと呟いた。


「クロウ様を……あんな奴に渡してたまるか」

 

ガルディンの呟きは、スウっと闇の中へ溶けていった。






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