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彼方の短編。

終点バス

作者: 彼方わた雨

 家から5分。時刻表が貼られた、黄色がアクセントのバス停。そこが私の毎日の出発点なのだ。





 今日は朝から雨が降っていてはっきり言って学校になんて行きたくはない。時計を見ると、時刻は5時ちょっと前。少し早めに目が覚めたので、私は2度目の眠りにつく。


 しばらくしてから、目が覚める。時刻は5時ちょっと前。少し早めに目が覚めたので、私は3度目の眠りにつく。


 朝日がカーテンから差してきて、眩しさを感じた。再び私は目を開けた。時刻は5時ちょっと前。早めに目が覚めたので、私は4度目の眠りに……。4度目の……。あれ、ちょっと待って。



 5時ちょっと前……?



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 時計を鷲掴みにして、食い入るように文字盤を見るが、一定のリズムを刻むはずの長い針は一点から動いていなかった。


 時計をベッドに放り投げ、机の上のスマホを手に取る。スクリーンが〈07:37〉の数字を表示する。


 いつも乗るバスの時刻は8時04分。つまり、私は27分間で着替え、寝癖を直し、顔を洗い、朝ご飯を食べ、歯を磨かなければいけない。


 どうして誰も起こしに来てくれないの、と制服のブラウスに腕を通しながら文句をぶつくさと言う。


 結局は私自身の責任なんだけれども……。


 階段を前から転びそうになりながらもスピードをゆるめることなく、降りていく。


 残り10分。バス停までの時間もあるので実質、あと5分。


 リビングで父はゆっくりと新聞を読み、つけっぱなしのテレビは今日の運勢を占っていた。

 私は先にお弁当を鞄に詰め、朝ご飯を腹に詰め込もうと椅子に座る。


「今日は随分ごゆっくりね。」

 リビングに広がる味噌汁の良い香り。しかし、そんなこと今はどうでもいい。

「うるふぁい!」


 母のイヤミにご飯をかきこみながらその一言だけ吐き捨てて、私は家を飛び出した。


 パシャパシャと水滴が跳ねて靴下に染みていく。傘をさしているのでなかなかスピードをあげることができない。

 

 すでに残り0.8分。


 一瞬もう無理かと諦めたが、目の前に見えるのはいつものバス。

 規定の時間は3分オーバーしているが、いつものバス停にいつものバスがあった。


 始発のバス停だったため、不思議には思ったが、今はラッキーとしか考えられない。私は夢中でバスに飛び込んだ。

 それを見計らったようにバスは間もなく発車したのだった。




 今日も、保科さんだ……。


 座席にたどり着き、荒い息を落ち着かせながら、ちらっと見た本日の運転手のプレート。まだ新しいそのプレートは運転手の若さを表している。


 田舎ということもあり、ほぼ毎日同じ人なのだが、最近になって運転するのは若い保科(ほしな)清一郎(せいいちろう)と言う人だ。


 顔はイケメンというよりは好青年と言った方がしっくりくる。いつも降りるときに優しく微笑んでくれるのだ。

 降りていく人たち、特に女性は運賃を間違ったり、妙に道を尋ねたりしていく。つまり、罪な運転手であるということだ。


 私もそうしたいのだが、道を聞こうにも学校はバス停の目の前で、何より、このバスは通学しか使用しない。ということで、定期券の購入もばっちりである。よって、私は「ありがとうございました」の一言だけで終わってしまうのだ。


 少し悲しい気もするが、平日は毎日会っていると思えばそれはそれで嬉しい気もする。

 それだけでもすごいことなんだと、自分に言い聞かせる。


 まあ、自分はちょぴっとお話しがしたいだけ。

 外見だけでなく、本当に中身も好青年なのか。すごく私には興味がある。


 と、考えているうちに学校前に到着する。

 いつものように定期券を用意して、いつものように「ありがとうございました」の一言で通り過ぎるはずだった。


「明日は遅れないでね。」


 ──え。


 そう言われたのはバスのドアが閉まる直前だった。バスのドア越しに見た保科さんはニコリと笑うだけだった。


 私はただ信じられなくて傘をさしたままその場にしばらく立っていた。

 すれ違う人が不審な目で私を見送る。


 雨はとっくにあがっていた。



「明日は遅れないでねと言うことは、私のことを認識している証拠であるし、それは少しテンションが上がることなんだけど、はっきり言ってそんなに乗り降りする人をちゃんと認識するのは難しいはずで、でも、それでも、今日遅れたことが分かったって事は私のことを覚えてくれている事になると思ってるけど、特に何も保科さんには話したことはないし、第一、私なんか平凡的だし、そんなに目立つようなことはバスではしてないけれど、やっぱり、覚えてしまうものなのかな!?」


「は、葉菜(はな)?あのさ、一気に喋んないでもらえる?」

 どうしたらいいものかと友人に思いの丈をとりあえず全てぶちまけてみたが、自分でも何を言っているか分からなくなってしまった。


 それでも、誰かに話さないといろいろ爆発してしまいそうだった。

 だからと言ってこれ以上友人に負担をかけるわけにはいかなかったので、私は仕方なく机に突っ伏して1人考えていた。


「──い、(くれない)!」

「っはい!」


 気がつくといつの間にか3時間目に突入しており、世界史の先生が呆れた顔をしている。

「この授業は寝る授業じゃねぇぞ。まあ、いい、次進むぞー!」

 

 別に寝ていたわけではないが、机に突っ伏して考え事をしていた私が迂闊だった。

 周りから見ればそれは寝てるようにしか見えない。


 1時間目は家庭科で2時間目は体育だったから何ともなかったけどやはり座学となるとついつい考えにふけってしまう。


 先生の授業が面白くない訳ではない。考えにふけってしまうだけである。

 あの保科さんのことだし、考えてしまう。別に好きという感情はないが、意味深なことを言われたら誰だって気になる。あと、お話ししてみたいと思ってるし……。


 よく考えてみれば私の登校時間の時はいつも保科さんだ。それに、始発駅である私の家の近くのバス停で乗るのは9割がた私1人だ。


 だからか、だから私のことを知っている……?


 ということは、今日私が間に合ったのは──。


「──い、くれなーい!!」

「は、は、は、はいっ!!??」


 しまった、まだ3時間目だった……。


 教室が笑い声であふれたのは当然と言えば当然のことである。



 1つ大きな喜びを見つけたのに、今日はあまり良い日ではないようだ。

 結局3時間目は先生からの集中砲火で考えに浸る時間を奪われてしまった。


 そのせいで今日はクラスからいじられる対象になってしまった。部活のバスケの最中もいじられるってどういう事よ。ちくしょう、保科さんめ。


 帰りのバスを待ちながら今日のことを忘れようと必死になった。でも、3時間目の集中砲火を全部受け流せた私は頑張った方だと思う。これは忘れないでおこう。


 そんなことを思いつつ、帰りのバスも保科さんじゃないかと期待を募る。今朝のことも聞きたいし……。


 バスが目の前で停車した。



 今朝はどうしてですか、今朝はどうしてですか、今朝はどうして──。

 頭の中で反芻する。


 終点について、一番最後に降りて、その時に聞くんだ。それしかない。私は決意した。



 そして、ついに訪れたその時。

「あ、あのっ、今朝はどうしてですかっ!?」

 ああ、声が震えた。台無しだよ、私のチキン。


「んー?君がね好きだから、かな?」

 返ってきた答えは私の想定の遙か斜め89度だった。

 心臓は高く鳴り響き、体温が上昇していく。2人しかいないこのバスの中で私はどうしたらいいか分からなくなった。


 こうなったら、逃げるしかない。こんなの恥ずかしすぎる。

 私は逃げるようにドアへ向かったが肩を掴まれた。



「きゃーーーーーっ!!」

「えっ!?」


 私は思わず叫んだが、目の前にいる保科さんとなぜかまだ座席に座っている自分からその状況を少し時間がかかったが把握した。


 これは非常に恥ずかしい。


「……え、ええと、終点です。」

 困惑したような笑顔でなおも優しく話しかけてくれた保科さんの顔が直視できない。


「……そ、その、ご、ごめんなさいっ!!」

 ばっと立ち上がり頭を思いっきり下げる。

 本当に今日はついていない。これ以上ない恥だ。


「いえ、謝らないでください。お疲れだったんですね。」

 優しさは嬉しいのだが、今の私には少しつらい。今、優しくされたらさらに恥ずかしい!

 こんな好青年に向かって悲鳴をあげるなんて……。


 終始頭があがらなかった。

「本当に、その……。」

「いいですよ、今日は早く寝た方が良いですね。明日も遅刻しますよ。」


 あ、そうだ。このことを聞きたいんじゃないか、私は。


「あ、あのっ、今朝はどうしてですかっ!?」

 ああ、声が震えた。台無しだよ、私のチキン。


「んー?」

 と、ここで私は気がついた。これはまるでさっきのようじゃないか……。まさか、本当になってしまうのだろうか。


 私は保科さんを見つめる。

 返答を早く聞きたい。

 でも、聞きたくない。


 私は何を期待しているの。まともに話した事なんてこれが初めてなのに。期待するようなことになる材料が何もない。いや、でも、今朝のは……。


「……遅刻は誰だって嫌でしょう?」


 返ってきたのは期待とは違うが、私の心を静めてくれるものであった。


「でも、今回一度きりだと助かるかな。この事は内緒にしてくださいね。」


 そうやってまたさらりと微笑む保科さんに何となく腹が立った。そんな風に優しい笑顔を見せられたら、また遅刻しても良いかと思ってしまう。


 今ここにいるのは2人だけ。


 私の体温はまた上昇してしまう。保科さんはやはり罪な人だと思う。別にそこまでしなくてもいいのに。


 と、内心ふてくされているが、顔がほころんでしまうのはきっと疲れてしまったからだろう。


 バスを降りた帰り道。雲に隠れた月を一瞥して家へと歩いた。




 私を待っててくれたのも2人だけの秘密。

 


 疲れているはずなのに足取りはかるかった。





 バスの終始点。

 それが、私の特権。



〈完〉

読んでいただきありがとうございます。


実は短編の方が書きやすいかと思ってしまう

最近でございます……。


長編の方はだいぶほったらかしてますので

なんとか完結させたいと思います……。


それでは、別の作品でお会いできることを願っております。

2014/8 秋桜(あきざくら) (くう)

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― 新着の感想 ―
[一言] 可愛らしいです。 秘密の共有は恋する女子の特権ですね。
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