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二章 その壱

 龍玉国りゅうぎょくこくは海に囲まれた菱形の島国で、大きく五つの地方に分けられている。

 中心にある央竜おうりゅうは運河に囲まれた美しい正方形。残りを東霞ひがしかすみ西楓にしかえで南蛍みなみほたる北兔きたうさぎの四つにほぼ均等に分割していて、四公よんこうと呼ばれる大貴族が治めていた。

 央竜は王の直轄地で文字通り龍玉国の中心だが、他の地方に比べると人口は格段に少ない。その理由は明確で、央竜の面積の半分以上を王城が占めているからだ。王の権威が強く、贅を尽くしたわけではない。実際に城として使用している面積は諸外国と比べても大差はない。

 例えて言うなら、王城は升を真上から見たような形をしている。枠の下辺の真ん中に、政治の中枢である『央乃室(おうのしつ)』や、王の住処である『本宮(ほんみや)』などの施設が九棟。央乃室の役人や城で働く女官や下男たちは、この施設がある一帯だけを『王城』と呼ぶことが多い。『王城』の敷地の端から端までは女性の足だと二時間以上掛かるため、貴人などは馬や馬車を移動に用いる。枠の残りの部分は『千紫万紅(せんしばんこう)』という花や緑があふれる庭になっていて、桜の季節には一般国民にも区間を限定して花の盛りの三日間のみ解放される。

 枠に囲まれた米や酒を入れる部分に当たる場所には、不可侵の聖域があった。聖域の第一の護りは見上げるほど高い丸太の壁。第二の護りは『王城』と『千紫万紅』で、それを囲む石垣の城壁が第三の護りだ。王城の最大の役割はこの聖域の守護とも言えた。


 太古、龍玉国がただの島だった頃、この地には龍族が生息していた。龍は緑の大地を愛し、常に同胞と寄り添いながら優雅に空を泳いでいたという。その空を翔る姿の美しさから、人々は彼らを龍神様と呼んで崇めた。龍族もその気持ちに応えるように、巨大な体で害さないようにと人里と距離を保ち、人と龍は共存を果たしていた。

 今から約八百年前、理由は不明だが龍の数が急速に減り始め、あっという間に残り一頭となってしまった。その最後の龍──孤龍こりゅうは一人の青年にある誓いをした。

 ──我は眠る。その眠りを妨げない限り、我はこの地に繁栄をもたらそう。

 最後の龍が寝所ねどこに選んだのは緑豊かな大きな森。青年は孤龍の眠りを護るために国を創り、寝所の森を護るために王城を造った。

 青年の名は啓揮ひろき。龍玉国初代の王である。


 王城の一角にある政の中枢、央乃室。畳敷きの大広間に一方を向いて座るのは各部署の長である大臣と司頭しとうで、合わせて十数人。最前列には大老と呼ばれる三人の重鎮が陣取っていた。彼らの口は一様に閉ざされ、息をするのも気を使うような緊張感が漂っている。

 大老たちの視線の先、一段高い場所で胡座をかいているのは龍玉国王の ヤマトだ。彼は長着も袴も羽織りも黒色で、最も高貴な色とされている黒を全身にまとえるのは、龍玉国内では王一人だけだ。とは言え、黒以外を使えないわけではなく、過去には明るい色合いの着物を好んだ王もいたが、ヤマトは王位を継承して以来、自身の意志で黒い着物しか着ていない。髪色を含めて夜闇のようなヤマトの装いの中である意味目立つのは、左右で違う耳飾りだ。左耳こそ金剛石だが、右耳には薄水色の名も判らない石が嵌まっていて、どちらの石も大きさは黒子ほくろほどしか無く、王の装飾品にしては質素すぎた。

「理解できんな」

 ヤマトの顔は日頃よりしかめられていることが多いが、今は常よりも酷く、機嫌の悪さを隠そうともしていない。

「兵を増やすことに何の問題がある。予算は充分にあって志願者も少なくないというではないか」

 軍を統括する武鎮省ぶちんしょうの大臣は、現在三十六歳のヤマトより二十は年かさだが、すっかり威圧されていて先程からしきりに手巾しゅきんで汗を拭っている。

「確かに増兵に障害はございませんが、現在の軍の任務は警邏と訓練、大雨などの天災の事後処理がほとんど。大隊単位の出動に至っては、昨年は一度もありませんでした」

 龍玉国は龍の恩恵を受けている。大量に産出される宝石と木材は高品質で、近隣国で高値で取り引きされるため、経済は高水準で安定していた。土や水も良質かつ潤沢で、国民の自給率は高い。それらの要因もあってかおおらかな人間が多く、全軍が出動するような内乱はヤマトが王位に就いてからは一度も無い。

 軍事力が必要になるとすれば外国からの侵略の阻止だが、龍玉国でその役目を担っているのは軍ではなかった。

「龍の花嫁、か。いくら我が国に与えられた恵みとはいえ、女人一人に頼るなど恥ずべきこととは思わぬのか」

「陛下。今のご発言は龍の花嫁様を軽んじていると取られてしまいかねません」

 この場の最高齢、護森官ごしんかん大老がまだ年若い王に進言する。護森官は王族や龍の花嫁に関する部署の全てを束ねている。ヤマトが十三歳で王位を継承したとき、この大老がいなければヤマトは王でいられなかっただろう。

 眉間の皺は変わらないが、ヤマトの怒気が弱まる。

「増兵についてはまた後日だ。軍のみで国を守ると想定した場合に必要な兵の数と経費を算出しておけ。次は何だ」

 おずおずと手を上げたのは月氷司頭つきおりのつかさ・司頭代理のハナだった。


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