蛇足 その伍
二章で御前会議に出席していた、ハナのお話です。
わたしの名前はハナです。央竜の普通の家に生まれたのになぜか役人の採用試験を受けてしまい、これまた何故か受かって月氷司に配属されて二年目の十七歳です。
働き始めて実感しましたが、役人のほとんどが貴族です。お金持ちです。部署別に年に二着支給される官服があるのに、皆さんがそれを着ている姿を見るのは年始と年末の式典のときくらいです。ちなみに、わたしは毎日着用です。一年目の夏場は少し厳しかったですが、優しい同僚のお姉様方が自分たちの分を快く下さったので、今ではちょっとした官服持ちです。
わたしの仕事は恐れ多くも、月氷司を束ねる司頭様付きの女官です。月氷司には女性しかいないので、わざわざ女官と言う必要があるのかとも思いましたが、他の部署と共通の役職名ということで納得しました。仕事内容は、雑務です。何でも屋です。司頭のスミレ様がおっしゃられたことを無心でこなすのみです。
その日、わたしは央乃室の中を走り回っていました。けれど、仕事が忙しかったわけではありません。御前会議の時刻が迫っているのに、先程までは司頭室におられたはずのスミレ様の姿が消えていたからです。
スミレ様は司頭であると同時に、龍の花嫁であるカズサ様の唯一の女官でもあります。通常なら龍の花嫁様は国王陛下が住まわれる本宮に隣接した龍乃寝所で生活されますが、カズサ様は人の多いところを嫌って王城の一角に庵を結ばれています。その場所は国王陛下と、スミレ様と、守王軍総帥のサトル様しかご存じないと言われています。
カズサ様の庵に行かれたのであれば、わたしにできることはありません。そちらから直接御前会議に向かわれるのだろうと、司頭室に戻りました。
「ただ今戻りました」
入り口の戸を開けると、正面にスミレ様の文机があり、左側に補佐官の物があります。補佐官はあまり喋らない方なので、わたしのあいさつにも首肯で応えられました。女官のわたしの文机もここにあり、室に入って直ぐの右隅に壁に向かうように置いてあります。スミレ様と補佐官は部屋の中央を見るように座っておられるので、わたしは日々、背中に視線を感じています。
わたしの文机の上に一枚の紙と封筒が置いてあるのに気が付きました。まずは紙の方を手に取ると、一番右端に任命書と書いてありました。
「本日付けで月氷司司頭付き女官ハナに司頭代理との兼務を命ずる……?」
嫌な汗が背中に伝いました。一度任命書を裏返しにして机に置き、封筒の中身を取り出すと、スミレ様からの手紙でした。
「という訳なので、御前会議に代わりに出てくださいね。基本的にはただ座っていればいいので、大丈夫です。詳しいことは補佐官に聞いてください。後で美味しいお菓子をあげるから頑張って……」
スミレ様、御前会議は子供のお使いじゃあありません。それに、代理なら補佐官が出た方が良いに決まってます。勢いよく振り返って補佐官を見ると、無言で机の上の紙の束を指さされました。代理決裁が山ほどあるんですね。確かにそれは補佐官にしかできませんよね。
「殿下、花嫁候補、捜索、助力要請」
補佐官が呟きました。座っていれば良いんじゃないんですか? わたしに御前会議で発言しろと?
「それは次回の会議では駄目なんでしょうか?」
「早急」
見えない刀で袈裟切りされました。両手で顔を覆い、さめざめと泣いていると扉が勢いよく開かれました。
「ハナ、時間がないから急ぐわよ!」
同僚のカオルコお姉様でした。地方の貴族のご息女ですがとても気さくな方で、わたしに官服を下さった一人です。
「何をですか?」
「そんな身なりで会議に出る気? 私の着物を貸してあげるから先ずは着替えなさい、一分で!」
無理です。けれど、そんなことを言ったら閉じた扇子の先で頬をぐりぐりされます。経験済みです。わたしなりに急いで着替えを終えると、サクラコお姉様が現れました。この方も地方の……カオルコお姉様と一緒です。
「お化粧するわよ。髪もどうにかしないと」
髪をぐいぐい梳かされました。櫛の歯が一二本飛んだように見えたのは気のせいでしょうか。むせるほど粉をはたかれ、紅を差されました。
「まだ若いし、こんなもので充分よね」
「えぇ、肌が綺麗だからやり過ぎは良くないわ」
お姉様方は満足げに頷き合っています。
「もう時間よ。いってらっしゃい!」
お姉様方に司頭室から蹴り出されました。もう一度言いますが、お二方は貴族のご息女です。
何故わたしが代理に任命されたかは判りませんが、こうなったら行ってやりますとも。血気盛んに御前会議へと乗り込みましたが、開始早々に緊張による吐き気との戦いを強いられ、終盤には思ってもいなかった陛下の優しい瞳にときめかされるという心身の乱高下を経験して、疲労困憊で司頭室に戻ることになりました。
でも、会議中失敗はしませんでした。もしかしたら、わたしには役人としての才能があるのかもしれません。スミレ様はそれを見抜かれて代理に任命を?
少しだけ鼻息が荒くなっていたわたしの肩を補佐官が二度叩きました。振り返ると、スミレ様からの手紙を渡されました。先程は気が付きませんでしたが、二枚目があったようです。
「陛下は子供や動物がお好きですから、あなたには絶対に酷いことはなさりませんから安心してください」
スミレ様。わたしは、子供と動物のどちらの範疇なのでしょうか……。




