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蛇足 その肆(前)

薬師のシオリとお針屋のアカリの出会い。そして、ヨシトとの別れのお話です。

「姉さん、大変だ!」

 ケンスケの声がした。央竜にいるはずの弟だが、お盆の時期には帰省して来るので、ここにいてもおかしくはない。けれど、うちには病人がいるのだ。騒がしくされては困ってしまう。

「うるさいよ、ケンスケ」

 薬の調合の手を止めて外に出ると、弟が誰かを背負っていた。

「女の人が道で倒れてて意識が無いんだ」

「こっちに運んで!」

 作業場に急いで布団を敷き、ケンスケが背中の人を降ろすのを助ける。頭を触って傷や腫れが無いかを調べ、まぶたを開いて目玉の動きや血の巡りを確かめた。

「何ぼさっとしてるの。あんたは足や手に傷が無いか確認しなさい。医師の卵なんでしょ!」

 布団の周りをうろうろしていた弟に発破をかける。ケンスケが自分の仕事を始めたのを確認して、わたしは胸の骨や臓腑を触って調べた。

「打ち身やかすり傷は多いけど、大きな怪我は無いわね。頭もお腹も大丈夫そうだし。そっちは?」

「骨は問題ないけど、両足首が腫れてる。軽い捻挫かな」

「そう。ちょっと体温が高いのが気になるから冷やした方が良いかもしれないわね」

「おれ、手ぬぐいを濡らして、薄い塩水作ってくる」

 一人だと少し大変だが帯を緩めて着物を脱がせた。隠れていた部分にも傷や出血が無いのを確認する。着物はあちこち擦れていて、砂まみれだった。弟が持って来た濡れ手ぬぐいを額や首に乗せて団扇であおぐ。

「水は飲ませなくても大丈夫かな?」

「汗の量も普通だし、起きてからでも平気でしょう」

 弟と交代しながら一時間ほどあおいでいると、女性の意識が戻った。

「吐き気やめまいは無い?」

「……はい」

 喉に何かが詰まったような掠れた声だった。弟に体を起こすのを手伝わせ、水を飲むように促す。

「少しだけ塩が入ってるからしょっぱいかもしれないけど」

 女性は湯呑み茶碗半分ほどで飲むのを止めてしまった。

「良かったら麦茶をどうぞ」

 いつの間に用意していたのか、弟が新しい湯呑みを差し出す。女性は小さな声で礼を言い、美味しそうに全て飲み干した。

「名前を聞いても良い?」

「……アカリです」

「年齢は?」

「……二十一です」

「わたしの二つ上ね。遅くなったけど、わたしはシオリ。柘榴村の薬師よ。こっちは弟のケンスケ。これが倒れていたあなたを見つけたの」

 わたしが弟を「これ」と言ったのがおかしかったのか、アカリは少し表情を緩めた。

「ここは、どこなんですか?」

 アカリの質問に眉をしかめてしまった。アカリの体を冷やしている間に彼女が倒れていた場所を弟から聞いていたが、その辺りはこの村か、隣村に用事がある人間しか通らない場所だ。彼女の目的がどちらだったのかは判らないが、地図を見て旅をしてきたなら柘榴村がどこだと聞くのはおかしかった。

西楓(にしかえで)の西南部よ。あなたはどうやってここまで来たの?」

 アカリの顔が曇り、体が震えだした。荷物の一つも持たずに、傷だらけで倒れていた若い女。暗い事情がないわけもない。

「あたし、央竜の裕福な商人の家でお針子をしていたんです。奥様が着道楽で仕事は忙しかったけど、お給金は良くて満足してたんです。でも、少し前に流行病で人手が足りなくなって、お客様との食事会の給仕を手伝ったんです。そのときのお客様があたしのことをじろじろ見てて嫌な気はしてたんです」

 アカリは女のわたしから見ても、目元が涼しげで色気のある美人だ。その客が彼女を気に入ったのは間違いない。

「五日前、奥様に頼まれて買い物に出掛けたんです。今までそんなこと無かったから、おかしいなとは思ったけど裏口から出て歩いていたら、後ろから来た馬車に引きずり込まれたんです。口と手足を縛られて怖くて」

「あなたをさらった人間は馬車の中で何か話してなかった?」

「男が二人乗っていて、あたしは足元に寝かされてました。男たちはあたしが寝てると思ったみたいで、その嫌な客の名前を言ってました。そいつの屋敷まであたしを連れて行けば残りの金がもらえるって」

 話を聞くと、その奥様も協力者なのは確かだ。彼女はその美貌ゆえに売られてしまったのだ。

「ずっとおとなしくしてたら、昨夜から手足の縄を解いてくれました。あたしに逃げる気がないと思ったのか二人が居眠りを初めて、逃げるなら今しかないと思って、馬車から飛び降りたんです」

「よく、御者に気付かれなかったね」

 アカリは笑みを浮かべた。

「もしかしたら気付いていたのかもしれません。途中、何度か食べ物をもらったんですけど、御者は優しそうなおじいちゃんで、小さい声で何度も『ごめんな』って謝ってくれてました」

「きっと、見逃してくれたんだね」

 アカリの顔が赤くなっていた。打ち身や捻挫のせいで、また熱が出てきたのかもしれない。

「寝間着に着替えて横になった方が良いね。──ケンスケ、ぼおっとしてないで、早く出て行って。この助兵衛」

「姉さん、ひどいっ」

 使い終えた湯呑みを持って出て行くのが、この弟の可愛いところだ。

「今、熱冷ましと、うちみと捻挫の貼り薬を持ってくるから」

 両足を捻挫している彼女はしばらく動けないだろう。弟も帰って来たことだ。久しぶりにこの家の中も賑やかになりそうだった。


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