四章 その弐
マサトがアキラを伴って部屋に入ると、大臣は立ち上がって頭を深く下げた体勢で待っていた。マサトは王太子である以上仕方がないとも思っているが、父よりもはるかに年かさの人間にこういう態度で接されるのは、未だに違和感を感じていた。
接見の間は数年間に改装され、外国式に卓子と椅子が入れられていた。アキラは入り口で女中が持ってきた鉄瓶を受け取り、茶の用意をしている。
「顔を上げて座られよ。今日はどうされた」
「殿下にお願いしたきことがあります」
大臣は椅子には腰掛けたが、目は伏せたままで視線を合わせようとはしない。
アキラが大臣に出したのは玉露だったが、マサトの前に置かれたのは番茶だった。玉露の美味しさも解っているが、マサトは舌を火傷しそうなほどに熱い番茶を好んでいた。しかし、少し見栄っ張りな面があるマサトは女中に熱い番茶を入れてくれとは言えず、彼の茶の用意をするのはアキラの仕事になっていた。
「我が国の軍は今が最善の体制だというのが武鎮省の総意でございます。それを陛下に今一度、殿下からお伝えしていただきたく願います」
マサトの予想は当たった。この大臣の家系は武鎮省の高官を多く輩出していた。それだけの理由で大臣になれたこの男は、生来の気の弱さもあって王に直接意見などできるわけがない。
「皆の考えもわかる。わたしも陛下に進言してみるが、どれだけ聞き入れていただけるか」
「いえ、伝えていただけるだけでも大変ありがたく存じます」
大臣の声が喜びで弾む。勢い視線を上げるとマサトと目が合った。少年らしさを残した細目の骨格と、あごの辺りで切り揃えられた黒髪が、マサトの性別をあやふやにしている。顔の作りと声も男女の狭間を揺らいでいて、その不安定さが不思議と彼の魅力になっていた。
「そうか。では早速、陛下といつお会いできるか確認を」
斜め後ろに立って控えていた補佐官に目配せをする。直ぐさま確認のために部屋の外にいる護衛兵を呼ぼうとしたアキラを、マサトは手の動きで制した。
「大臣、もういいな」
「あ、はい。お目通りをお許しいただきありがとうごさいました」
大臣を横目で見ながら接見の間を出たマサトは、廊下の端で頭を下げる女官や女中に短く声を掛けながら私室へと戻る。
王子宮の最奥にある彼の私室には緊急事態でも起こらない限り、アキラ以外は近付けないことになっている。
部屋に戻るなりマサトは畳の上に仰向けでだらしなく寝転び、ため息をついた。
「陛下の許へ行かれるのですか?」
答えは判っていたが、アキラは一応マサトに尋ねた。
「行くわけないだろう。父上が考え抜かれて出された結論だ。ぼくが反対するわけない」
マサトは寝返りを打ち、アキラに背を見せるように横臥して黙り込んでしまった。