妹と私
本編29話の少しあと、ハルカの姉の久美子サイドのお話です。
「髪を切るとき」と登場人物ががっつりかぶっています。
「じゃあハルカちゃん、今は久美の家にいるんだ」
タカの言葉に、私はうなずく。
タカの隣には心配そうな表情の眞子。
「倉持真吾と付き合ってたんだな。ハルカちゃん」
私はまたむっつりと頷く。
だから言ったのに。
毒牙にかかるなって。
恐れていた通りになってしまった。
バーカ。
頭の中で妹に向かってそうつぶやいた。
妹の泣き腫らした顔を毎日見るのは辛かった。
たぶん、私がキレるとわかっているからだろう、妹は何があったのか決して語ろうとしなかった。
無理に聞き出せば、余計につらい思いをさせる気もするが、かといって妹を傷つけたやつを放置しておくというのも許しがたい。
眞子とタカの会話をぼんやりと聞きながら、どうしたもんかと考えていた。
「そういえば聡史、ハルカちゃんがうちに来てた時、何か意味深なこと言ってなかった?」
眞子がタカに尋ねた。
「意味深なこと?」
「ハルカちゃんが付き合ってる相手がその人だって知って、『ああ、なるほど、それで……』とか何とか」
「ああ、あれか。いや、ちょっと前に久美から『倉持真吾のことよく知ってるの?』って聞かれたことがあって。な、久美」
またむっつりと頷くと、タカは苦笑した。
「だから、ハルカちゃんと倉持が付き合ってるって聞いて、『だから久美は俺にあんなことを聞いて来たんだな』って意味で、ナルホドと」
「そっか。何かを知ってるわけではないのね」
眞子が残念そうに言うと、タカは肩をすくめた。
「倉持とは面識あるってくらいで、そんなに親しいわけじゃないからな。でも、俺はハルカちゃん大丈夫だと思うよ」
タカの無責任な言葉に私は無言でタカを睨み付ける。
他人だからそんなこと言えるのだ。
何が大丈夫だ、何が。
ハルカの今の状態を見たら、大丈夫だなんてとても思えない。
「ああ、そっちじゃないよ」
タカが私の心を読んだように続ける。
「大丈夫っていうのは、倉持のこと」
「どういう意味?」
「風間祐樹、わかる?」
タカの言葉に、頭の中の人物名鑑ファイルをめくる。
か……かざま……
「あー、本人は医者やってて会社と全然関係ないから久美は会ったことないか。風間建設の風間祐輔氏の息子だよ」
「ああ、あの風間さん」
「そう。あの風間氏の長男。学生時代からちょっと付き合いあったから、たまに話すんだけど」
「うん」
「倉持真吾と小学校から一緒なんだよ」
「お坊ちゃん同士の友情ってやつか」
吐き捨てるように言うと、タカは苦笑いする。
「そう、それ。でね、風間が笑いながらぼやいてたんだ。最近倉持が付き合い悪くて困ってるって。本命の彼女ができて、飲み会にもめっきり来なくなったって」
「へえ」
「それ、たぶんハルカちゃんのことだと思うんだよ」
「ふーん」
「全然信じてないだろ」
「うん」
「久美はさ、ハルカちゃんと倉持に何があったか聞いてないんだろ?」
「ハルカが何も教えてくれないんだもん。っていうかその口ぶり、あんた知ってるの?」
姉の私ですら知らないことを知ってるっていうのか、タカが。
「うん。ハルカちゃんが眞子の家に来た時に、軽く聞いたんだよ」
目の前が暗くなった。
なぜ私が知らないことをタカが知ってるんだ。
「他人の方が話しやすいことってあると思うよ。特に、久美くらいのシスコンだとね。心配かけたくないって思って話しにくいよ」
「ふうん」
本格的に不愉快な気持ちになりながらそう言うと、眞子は心配そうにタカの肩を叩く。
「それで、それで? なんでハルカちゃんのことだってわかるの?」
「『一緒にいるときのオレが恥ずかしすぎて、彼女と一緒にいるところを絶対に見られたくない』って言ってたんだってさ、倉持。ハルカちゃんの話と別に矛盾しないだろ?」
「ああ……」
眞子は納得したように頷いた。
「聡史、なんでそれをハルカちゃんに教えてあげなかったのよ!」
眞子が噛みつくと、タカは笑って眞子の肩に腕を回す。
「周りがとやかく言うより、本人同士で解決した方がいいだろうからさ」
お前が言うな、お前が。
「倉持はたぶん俺よりガツガツしてるから、黙ってないって。大丈夫だよ」
私の視線を軽くかわしてタカは笑って見せる。
「だから久美、もうちょっと見守ってやれよ。きっと大丈夫だよ。ハルカちゃんだって、久美の妹なんだから、そんなに弱くないだろ」
「ちょっと、どういう意味よ」
「そんなことよりお前、星崎さんとどうなってんの」
私は盛大に顔を逸らし、口笛を吹いた。
なぜか妹の状況を私より把握しているこんな男に、教えてやるもんか。