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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ壱 鈍銀(にびぎん)の杖を抱える者
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-4-

 夏音と歩いている時、二日程前ハカナが旅行中(と言うか、出稽古らしい)で、食事を作る人が居なく、夏音の家にお世話になった時に観た映画の話で盛り上がり、家の前に着いた物の中々話が終わらなくて、家に入れずにいた。

 題名は忘れたけど、タイムトラベル物で、これが中々面白かった。幾つもの平行世界が同時多発的に進行している前提で話は進むのだが、その平行世界と言うのが、例えば携帯電話が僕達の物より少し進んで居たりとか……例えば、もっと昔の話なら、土曜日が休日と言う夢のような世界だったりとか……さらにもっともっと昔の話なら、地球に惑星だか隕石がぶつからず、そこに月は無くて、人類の進化が十億年遅れた世界線とか。

 まぁ、僕達にしてみれば、『もし』の世界がとにかく無数に無限に広がっているらしい。出来る事なら僕は、土曜日が休みの世界線に行ってみたい物だと言ったら、夏音は怠けすぎだって笑っていたけど、やはり土日と休みが連続で続くのは何とも言えない魅力がある。そんな事を言いながら僕は、ふと思った。


 僕達の世界線は何処を走っているのだろう……


 玄関先で夏音と別れた僕は、少しでも早く暖を取りたかったため、今し方降り始めた雪がドアノブに薄く塗(まぶ)されていたけど、お構いなしに雪の上から掴み、一端回してみる。誰も居ない事を確認し、冷たさに直ぐさまノブから手を離す。『誰も居ないはずの家の鍵が開いていたら、誰かが戻るまで家には入るな』これは小さい頃から祖父と両親に教え込まれた習慣だ。鍵を回し、再びドアノブを握る頃には、僕の体温で溶けた雪が、既に凍りついて、冷たさに思わず身震いをする。今になって夏音から手袋を返して貰って無い事を思い出した。返してもらおうと思って夏音の家に振り向いたが、夏音の部屋の電気が付いたのを見ると、なんだか面倒くさくなって、そのまま外気を少しでも家へ入れないように、玄関へ体を滑り込ませる。


「ただいまー……って……誰も居ないか……」


 明かりもついていない玄関で一人、誰へとも無くそう言う。雪明かりは思ったよりも明るく、電気を付けなくても部屋の様子は良く分かった。大きな窓にはカーテンが掛けられていたが、小さな窓から入ってくる分だけでも、朝の慌ただしさの痕跡は、居間のテーブルの様子で窺い知る事が出来る。一人分の食器は月明かりを受けて青黒く輝きながら、僕と言う主が片付けてくれるのをひたすら待っているかの様だった。何時もの通り、月明かりの影になって見えないスイッチを指先を壁に這わす事で探し出し、居間の電気を点け、それからキッチンの蛍光灯のスイッチを入れる。寒さの為に着きが悪くなった蛍光灯は何度か点滅を繰り返し、ようやく安定して光が灯った。

 水が張られた鍋に食器を突っ込み、急いでストーブに火を入れ、そのまま火と向き合うように座り込む。テレビのスイッチを入れると、ソファーへリモコンを放り投げ、ニュースを背中越しに聞きながら少しずつ大きくなっていくストーブの火を眺めていた。キッチンのカウンターに置かれている時計を見ると、そろそろ18時半になるかならないかだ。ハカナが遅くなるようなら、僕が夕食の準備をしても良いのだが、そんな連絡も今のところ無く、かと言って率先してやる程の気力も無かった。精神的に疲れたのかもしれない。やはり、幼なじみと言えども女子と一緒に居るのは気を遣う。まぁ、他の女子に比べれば気楽さと言う点では圧倒的に気楽なのだが、どうしても何処かで気構えてしまう。そんな事を考えていると、ストーブの中でバネが弾ける音がし、ファンが勢いよく回り出した。


んー……ハカナ遅くなるのかなぁ――


 芯まで冷えていた体を暖気が包み、気疲れしていた事もあってか急に眠気を催し、体育座りのまま、膝へ額を押し当てる。取り敢えず今は何も考えたくは無かった。少しだけ目を瞑る。どれ位そうしていただろう。僕が膝を抱えたまま、横に倒れ込みそうになった瞬間、意識が眠気を強引に引き離し、右手をついてその体を支える。頭の中はまだ微睡(まどろ)んでいて、何が起こったか分からないまま2,3度深呼吸をした。

 いつの間にか時計は1時間分進んでいて、テレビではバラエティ番組が丁度盛り上がっている時間だった。ハカナがまだ帰ってきていないのを確認すると、その場から立ち上がり、ボイラーのスイッチを押す。せめてハカナが帰ってくるまでには皿を片付けておこうと思い、鍋の底に沈んだ皿を取り出す為に手を入れる。思ったよりも水は冷たく、頭の隅でくすぶっていた最後の眠気を吹き飛ばす程だった。泡を景気よく立てながら、一枚、又一枚と鍋から取り出しては洗った皿を重ね、蛇口からでるお湯が温かくなるのを見計らい、一気に濯いでいく。丁度最後の皿に手を掛けた時だった。


「ただいまぁ~。あっ、このスリッパ使って下さい」

「え~いいよ、家族もいるんだろ? アタシの事は構わなくてもさぁ」


 玄関先で誰かと話しているみたいで、中々上がってこない。言っては悪いのだが、何か余り育ちの良くなさそうな言葉遣いの、少し擦れた女性の声がキッチンに立っている僕の耳に届いて来た。


「でも……そうだ、お茶だけでも飲んでいって下さい」

「チッ……分かったよ。んじゃあ一杯だけ飲んだら直ぐ帰るからな」

「よかった……」


 ハカナは来客を、ようやく口説き落とし、家の中へ誘い込む事に成功したみたいだ。僕にしてみると、お腹が空いて来客の事よりも夕食を何とかしてくれと言いたかったのだが、ハカナが客を連れて帰ってくるのは珍しい事だったので、まぁ、たまには良いかと思い、我慢する。いざとなったら自分で何か作れば良い事だし、取り敢えずは様子を見てからでも遅くは無いだろう。


「せっちゃ~ん!お客さ~ん!」


 和服姿のハカナがイソイソと居間へと入って来る。何時もは、お茶とお花の教室でもある祖母の家で着替えてくるのだが、今日は少し様子が違って見えた。


「ごめーん。遅くなっちゃった」

「あっ。おかえりー」


 続いて腕を組みながら、そこそこ綺麗な顔ではあったが、微妙にイライラしてそうなキツイ目つきをした女子が、しげしげと家のあちこちを見ながら居間へと入って来る。背中まで長く、軽いパーマがかかった髪は見事に脱色されており、茶髪と言うより金髪に近く、その割に痛んでは居ないように見えた。制服からするに僕と同じ学校の生徒だ、でも、僕は彼女を見た事が無い。雰囲気から察するに僕の先輩に当たる人なんだろうなと思った。


「冬華(ふゆか)さん、そこに座ってて下さい」


 ハカナに促され彼女がテーブルの椅子へ腰掛けると、きつい香水の匂いがキッチンにまで充満してくる。香水の匂いが苦手な僕は、換気扇のスイッチを『大』に入れる。折角、暖まりかけた部屋の暖気が逃げてしまうけど、この香水の匂いだけはどうしても苦手だ。


「あーっと、それよりもさ、灰皿ある? 」

「えっ? 」

「煙草吸いたくてさ、灰皿無かったら空き缶とかでもいいや」

「ええーっ? 煙草、未成年は吸っちゃいけないんですよ? 」

「オーケー、じゃあ帰るわ」


そう言って冬華と呼ばれた女子はガタッと椅子を鳴らす。


「あっ!チ……チョットまってください!」


 ハカナは困った顔をしながら、親父が使っている瀬戸物の灰皿を持ってくる。胸元から煙草を取りだし、慣れた手つきで火を付けると煙を大きく吸い込み、そして満足そうに吐き出した。


「ふ~っ。ようやく一息ついた感じかな。ん? そこの奴だれ? 」

「あっ、せっちゃんです」

「は? せっちゃん? 」

「あっ。えーっと、私の双子の兄姉なんです」

「へぇ……何かあまりにてないねぇ……コッチは何て言うかぱっとしないっていうか……」


 僕はその言葉に少々イラッとしながらも、最後の皿を流し終えるとソファに体を降ろし、その不愉快な女子から目を背ける様にテレビを見入る。本当は少しでも早く自分の部屋に籠もりたかったのだが、こんな不良とハカナを一緒に居させてはいけないと思った。ロースケも確かに派手だけど、この冬華って人は度を超えて嫌な感じがする。監視の意味でもこの部屋を離れる訳には行かなかった。


「あれ? せっちゃんこれなに? 」

「ああ、今日さ、カノと喫茶店行って来たんだけど、そのお土産。あとさ、手袋見せたら自分もやってみたいから、後で教えてって言ってたよ」

「あっ、そうなんだ!そうかー、後で遊びに行ったげないとね。私も丁度カノちゃんに借りてたDVD返しに行こうと思ってたし……」

「んー。そうしてあげなよ」


 先程からハカナの方を向かず、若干不機嫌そうに喋っている僕を気にしたのか、冬華という人は不意に僕の顔を覗き込む。香水と、煙草の匂いが入り交じったキツイ匂いが僕の鼻をつく。今すぐにでも顔をそらしたかったのだが、無理矢理視線を絡ませようとしているのか、瞳を動かすとそれに合わせて彼女も動く。俗に言う、『ガンを飛ばす』と言う奴なのだろう。怖いとかでは無く、僕は照れくさいと言うか恥ずかしかった。何故なら、風体とは裏腹に、その目は真っ直ぐ前を向いていて、少なくとも僕が想像する不良の腐った目では無かったからだ。威圧では無く、心の奥底まで覗き込もうとしている彼女の視線は、驚くほど純粋で、見た目とのギャップに戸惑いすら覚えた。暫くまじまじと僕の顔を値踏みするように観察していたかと思ったら、今度は不意に歯を見せて笑う。


「アタシは冬華って言うんだ。冬華さんでもふーちゃんでも良いよ。よろしくぅ!」

「あ……ああ……はい。よろしく……」


 どういう風に対応したら良いのか頭の中を整理する前に冬華さんは椅子を少しずらすと、大胆に足組をする。はだけた白いフトモモをわざとらしくスカートで隠し、背もたれに両手を組んで、だらしなく顎を乗せ再び僕に語りかけて来た。


「ねーアンタさぁ、彼女居ないでしょ? 」


 唐突に言われた事に対して、別に普段は気にする事も無い言葉であったが、口調が見下しているようで何か腹立たしい。表情は、どうだ? 図星だろ? と言わんばかりに、そう……この目は明らかに見下していた。


「別に……関係無いじゃないですか……」


 確かに僕は女子とは一度も付き合った事は無かった。しかしそれは別に振られたからとか、そう言うのでは無く、単純に興味が無かったからだ。元々気を遣うのが苦手な性分もあって、過去に一度、中学生の時にラブレターらしき物を貰った事はあったが、差出人が分からない事もあって、何事も無く今日に至る訳で、勿論、女性に興味が無いと言う事は全くない。綺麗な人を見れば見惚れる事もあるし、さっきの冬華さんの様に目の前で足を組まれればフトモモに目が行く事だってある。初恋らしき物も幼稚園の時にした気もするが、それは今となっては記憶も定かでは無いが……


「ああ、やっぱりねぇ。何かそんな雰囲気ぷんぷんするもんね……でもさ、アンタ結構可愛い顔してるしアタシの友達がさ、今彼氏いなくてさ、誰か良い子いたら紹介してって言われてんだけど、アンタ付き合ってみる気ない? チョット性格はアレって言うかイカレてるけど、中々可愛いんだよね。まぁアタシの方が可愛いんだけど」


 そう言いながら携帯を弄り出す。性格がアレってどう言う事だろう。なんか、その後のイカレてると言う言葉に、何か、その、ただならぬ物を感じる。こういう人達が言うアレとかイカレてるは、大抵、常識の範疇を超えている物だけに怖い。が、同時に強く興味を惹かれる事も否定は出来ない。


「あった、これ、この子なんだけどさ、会ってみる気無い? 」


 差し出された画像には、冬華さんとその隣に金髪ストレートボブの少し大人しそうな女の子が煙草を咥えながら中指を立てて写っていた。確かに化粧をしているとは言え、目鼻立ちと顔の輪郭のバランスは悪くは無い。綺麗よりも可愛らしい顔で、流石にオススメの逸品? と言うだけの事はあった。


「いえ、結構です……」


 幾ら可愛くても、琴線に触れる物が無ければ所詮は只の可愛い子だし、煙草を吸う女性と言うのがあまり好きではなかった。何より気になる言葉を言われた後なら、誰しも即決とは行かないだろう。いや、ロースケは別か……


「いらないの? ボインボインで可愛いと思うんだけどね―。暴力的な所さえなければ……」

「ちょ……ちょっと、今なんて」

「ボインボイン? 」

「いや、そうじゃなくて」

「んー? 暴力的な所? 」

「そうそれ!ぼ……僕にそんな危険な人をあてがおうとしたんですか!? 」

「えー? いいじゃん。前の彼氏さー、一回刺された位で逃げ出してさ、なんて言うか根性足りないよね。根性が。何時っも挿(さ)してんだから偶に挿されみろっての、な? 」


 冬華さんにしては、最後の方のシモネタのダジャレは会心の出来だったらしく、ドヤ顔で僕に伺いを立てるが、面白くも無いし、それ以前に衝撃的な内容を語られた後では、そんな物は耳に入ってこなかった。


「さ……刺されたって、浮気とかですか? 」


 意にも介さなかった僕に腹を立ててか、舌打ちをすると、冬華さんは携帯を弄りながら、その内容を語ってくれた。


「んー。ご飯一緒に食べに行ったら、クチャクチャうるさくてさ、それでぶち切れたみたいだね。まぁ、それよりあんな可愛い子が一緒に住んでるんじゃ、やっぱ比べちゃうモンなの? ハカナちゃん、ちょー可愛いよね。普通の子じゃチョット太刀打ち出来ないって言うかさぁ……」


 そう言いながらキッチンでお茶の用意をしているハカナに目を向けた。沸いたヤカンの湯気に髪が邪魔になったのか、髪を束ねて結うと、此方の様子を気にしてか、冬華さんに対して愛想笑いで応えた。


「ハカナは普通の子ですよ……」

「ハッ……アンタ一緒に暮らしてるから分かんないかもね、見かけもだけどさ、それだけじゃないんだよね、あの子は。アタシでも何かムラムラ来るもん」

「そうですかねぇ……」

「アンタ知らない間にハカナちゃんと他の子比べてんだよ。こりゃー多分アンタ一生童貞だね。後悔しても知らないからね」


 そんな大袈裟な……と言いかけたが止めた。僕にしてみれば言葉は悪いが身内を冬華さんの様に評価してくれる事はまんざら悪い気がしなかったし、言い返すのも面倒になっていた。


「ふふっ……なんか二人して楽しそうね」


 ハカナはそう言って3人分のコーヒーをテーブルに置くと、ようやく冬華さんの向かいに腰を下ろした。


「そうそう!ハカナちゃんはちょー可愛いってねぇ」

「ええー? そんな、何か恥ずかしいな。でも冬華さんも素敵でしたよ? ねぇ、せっちゃん!今日ね、冬華さんに助けて貰ったんだよ」


 ハカナは何やら少し興奮した口調で、今日の出来事を話すが、冬華さんの表情は険しい。ハカナはつとめて明るく振る舞っているが、余り愉快な出来事では無かったのだろう。


「そもそもさ、何であんな時間帯にホテル街なんて行ったのさ? 夜はヤバイってみんな知ってんじゃん」

「え……と、お茶のお稽古があって、それで少し遅くなっちゃったんで、ちょっとでも早く帰れたらなって……時々あの道、使ってたから大丈夫かなって……」

「それでもさ、あそこはもう止めときなよ。次もアタシが助けられるとは限らないし、今日の一件で目ぇ、付けられちゃったと思うからさぁ……」

「はい。今度からは気をつけますね……」


 冬華さんは咎められて少ししょんぼりしたハカナを見て、バツが悪そうな顔をしながら口調を和らげて言った。


「そんな顔するなって、まぁ、さ、これも何かの縁だし、他の事ならさ、何かあったらアタシで良けりゃ力になったげるよ。所で、双子って言ってたけどどっちが上なんだ? 」

「あの~それは、お父さんもお母さんもどっちが先に生まれたか分からなくなったらしくって」

「ははは。なるほど……良い両親だね、羨ましいよ」


 言葉だけで見ると皮肉にもとれるが、表情は言葉通り羨ましそうな顔をしていた。


「あっ!それより冬華さんケーキどっちにします? 」


 白い箱を冬華さんの目の前で開くと、彼女の顔がパッと明るくなる。


「おっ!アタシはモカ!モカが良いね。スプリング・ベルのモカ食べたら他の店の食べらんない。そんくらいモカ」


 結局、ハカナは冬華さんに助けられたのが余程嬉しかったのかその時の武勇伝を延々と語ると、冬華さんは冬華さんで、その時どういう風に対応しただの、駄目かと思っただの、何だかんだ言ってハカナの話しに乗っていた。男なら酒が入ると口が滑ると言うが、女性なら甘い物がそれに当たるのだろう。


「あっ、それより冬華さん、コーヒーもう一杯いかがですか? 」

「ん、ああ……じゃあ貰おっかな」


 ハカナはカップを受け取ると再びキッチンに入っていく。様子を見て冬華さんが小声でしきりにさっきの女子の話を掘り返した。


「まぁ……あの子の事、さっき見せた写メの子。まぁ良かったら考えてみてよ。アタシとしてもさ、大事な友達を変な男に紹介するより、アンタみたいなパッと……いやいや……まじめそうな男の方がさ、何かと良いと思うんだよねぇ……最近」


 口調から、まじめに友達の事を考えているのは良く伝わってきた。でも、駄目な物は駄目なのだ。それに、僕なんかよりマシな人なんて、幾らでも居るじゃないか……


「いや、でも、ホント、そう言うの苦手なんで勘弁して下さいよ……」

「いや、だからさぁ、すぐ結論出さないでさ、考えてみてくれって言ってんの。分かるぅ? 」

「はぁ……」

「アンタさ、ハカナに比べたらパッとしないんだから、チャンス逃すと後悔するよ? 」


 元々ハカナに対してコンプレックスを抱いていた僕はさりげなく傷ついた。この冬華って人、僕の事も一応は心配してくれているようなのではあるけれど、言葉に一々棘が仕込まれていて、どうにも素直に受け取る事が出来ない。今、冬華さんが押しているあの女の人の事だってそうだ。言い方一つで魅力的に見えるはずなのに、見事にそれをぶち壊してしまう。良くも悪くも嘘を付けない人なのだろう。

 まぁ、そう考えると、実は口調や見かけ程、嫌な人間ではないのかもと思えた。


「はい。おまたせしました」

「そういやーさ、ハカナちゃんって彼氏とかいんの? 」

「えっ? か……かれし……ですか……」

「そう、彼氏」

「えっとー、その、私、あの……そう言うのまだ良く分からなくって……お稽古とかも忙しいし……」

「いい!良いねぇ!」


 突然の質問に、どう答えて良いか分からないハカナを見て、満足したように冬華さんは声を上げた。


「今時そう言う純な子、中々居ないよ。いいねーそう言うの」


 想像していた反応と真逆の反応に、思わず拍子抜けするが、僕への対応と照らし合わせて考えると、実は意外に古い考えを持っている人なのかとも想像してしまう。


「えっ? えへへ……褒められてるのかな……? 」

「もちろんだって!彼氏作る時はアタシにも紹介しなよ。見定めてあげるからさ」

「えっ? かっ……かれしですか? 」

「こう見えてもアタシ、男を見る目だけは自信あるんだよね」

「冬華さん綺麗だから、やっぱりモテるのかなぁ……」

「へ? あ……あたし? アタシはー、どうなんだろうねぇ。なんて言うかさ、彼氏って言うより友達が多いかな? どっちかって言うと縛られたく無いタイプなんだ。アタシって」


 ハカナの突っ込みに、しどろもどろになっている冬華さんを見て、この人も実は恋愛に関しては不器用なのではと勘ぐってしまう。僕の予想では、何時も一言余計で損をしているタイプなのだろう。


「えー。かっこいいなぁ」

「それ程でも無いけどねっ!そっ……それよりさ、ハカナの手袋って手編み? 」


 冬華さんは強引に話題を変えた。空き椅子の上に置いてあった毛糸のミトンを手に持ち、品定めをするように見ている。編み目に指をなぞりながら、細かなほつれやズレに何度か指を止め、その表情は真剣その物だった。


「はい。中学の時から色々作ってるんですけど、中々上達しないんですよねぇ」

「ふふ……アタシさ、実は……そう言うの得意なんだよねぇ、かなーり。マフラーとか手袋とかさ、これ全部アタシの自作なんだよねぇ」


 余程自信があるのか、手にとって見てみろと言わんばかりにハカナへ手渡す。


「ええ? あっ、そういえばこの鞄も、もしかしたら……」

「そうだよ。アタシが作ったんだ」

「ええっ!!すごーい!」


す……すごい――


 市販品と見紛うばかりの完成度に、僕は驚きを隠せずにいた。そして何よりセンスが良かった。これならば少々高い金額を払っても欲しいと言う人が居るのでは無いかと思う程にしっかりと作り込まれた鞄。冬華さんの様な高校生がいかにも欲しがりそうな、可愛い柄と原色のマフラー。デザインの方向性が違うにも関わらず、全体的に見ると何故か統一感があって、やはり一人の人が全てをデザインしたんだなと何となく思った。


「何処で勉強したんですか? 」


 興味津々の目でハカナは冬華さんに尋ねると、少し躊躇いがちに語り始めた。


「お母さんから……お母さんに教えて貰ったんだよね」


 母親の事を口にし出した途端、冬華さんの表情が途端に和らいでいく。マフラーに手をやり、目を落としながら喋る冬華さんの口調も心なしか柔らかくなっていて、冬華さんにとって母親は、とても特別な存在なのだろう。


「お母さん……さ、こう言う仕事してて、アタシはそれを見て、手伝って育ったの。だからさ、自然に覚えたていうか……」

「ええー、冬華さんのお母さん素敵ですね」

「うん。アタシ、お母さんみたくなりたくてさぁ……」


 そう言って、照れながらハカナに微笑んだ冬華さんの顔が、何故か彼女の素顔の様に思えた。そこから話しが乗ってしまうと女子二人の趣味話は加速していき、僕はすっかり茅の外的な扱いで、必然的にその場に居づらくなった。かといって何時まで経っても席を立つ機会を得られず、相槌を打つだけの存在として、だらしなく頬杖をつきながら空っぽになった腹を抱え、テレビをグダグダと眺めているより他に無かった。

 時計の針が八時を回る頃だった。ようやく一息ついて、冬華さんが時計を見ると何かを思い出したように早々に帰宅すると言い出した。引き留めるハカナに平謝りしつつ、イソイソと玄関へ向かう冬華さんを、僕はコートを着ながら追いかける。


「あれ? せっちゃん何処行くの? 」

「すっかり暗くなったし、冬華さんを送って来るよ。最近は何かと物騒らしいし……」

「ええ? アタシはそんな送ってもらうって柄じゃ無いからいいって。それに、アタシに何かあってもアンタじゃ無理臭いし……弱そうだし……」

「駄目です。女性を一人で夜道を歩かせるもんじゃ無いって、祖父にも言われてますから」


 冬華さんがドアを開けると冷たい空気と雪が一粒二粒玄関に舞い降りる。僕が家に入ってからも、ずっと雪は降り続けていた様で、車が走った跡は軒並み埋め尽くされていた。


「いいって。んじゃあハッチ!またっ!」

「ふーちゃんも又来てね」


 靴を履き終えると急ぎ足で玄関を出て行き、ハカナの見送りの言葉を背に受けながらヒラヒラと手を振る。僕は玄関から入り込んでくる冷えた空気に、少し後悔しながら急いで靴を履いた。


「んじゃあ行ってくるね」


そう言い残して、冬華さんの後ろを追った。


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