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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ弐 蒼剣を抱く凍刻(ひょうこく)の桜
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魅入られた少年

 昼食を終えてハカナと屋上で別れてから、僕はアルバイトまでの空き時間を使って街を描き続けていた。久しぶりに物を食べたせいもあってか、何時もぼやけていた思考は鮮明に、集中力は何時にも増して長い間持続した。一通り描ききって、校庭に目をやると、いつの間にか運動部員達が午後の練習を開始している。時計塔を見るといつの間にか、あれから一時間程経っていた。僕はペットボトルに残っていたお茶を飲みきり、描きかけの絵の細部を何度かなぞって、欲しかった線をようやく見つけると、物足りなさを感じつつもメモ帳をポケットにしまった。ある程度の所で区切りを付けなければ、時間を忘れて延々と書き続けていそうだったからだ。アルバイトの時間まではまだ少し早いけど、それならそれで、空いた時間に春瀬さんのコーヒーでも飲もうかと考えると、なんか無性にコーヒーが飲みたくなって、僕は上向きかけた気分に急かされるように屋上を後にした。


 校門を出た辺りで、第二の学食と呼ばれている『やまちゃん食堂』から出て来るロースケと鉢合わせた。気怠そうにしているのは、午後からの補習に加え、背後に、張り付く様についてくるトバリにも参っていたからなのだろうと言う事は何となく想像がつく。きっと食事中も、あんなペースで話しかけられたりしていたのだろうと思うと、食事をした気にもなれないかも知れない。


「うーっす。オメェはもう終わり?だっけか?」

「うん。僕は香那女先生の授業分だけだから……」

「そうか……あぁっ!だりぃーな。俺も帰りてぇ……」

「サボっちゃえば良いじゃないですか!それで僕と遊びに行きましょうよ!」


 トバリが脳天気な声でロースケの腕を引っ張る。


「うるせー馬鹿!留年したらどうすんだよ!それとな、あんまりベタベタすんじゃねぇ」


 ロースケも変な奴に気に入られたものだ……


 ロースケとトバリのやりとりを微笑ましく見ていると、僕達を見つけたハカナが、重り入りの小手を沢山抱え、背中には自分の体重以上もありそうなダンベルの重りを背負いながら、ドスドス……と迫力のある足音を響かせながら駆け寄ってくる。


「やーっとみつけた。ろー君、篠原先生探してたよ。補習開始までに来なかったら留年だって」


 どうやら英語の篠原先生に頼まれてロースケを探していたらしい。


「げぇ!まじかよ……もう時間ねぇじゃねーか!」


 時計を見て、その場を走り出そうとしたロースケの袖を、トバリが引っ張った。


「おい!なんだよ!緊急事態だ、もうオマエに構っている時間は無ぇ!」

「ちょっと……最期に一つでいいんです。聴きたい事が……」


 トバリはしきりにこちらの様子をうかがい、袖を引っ張りながら何か耳打ちをしている。小指を立てながら、「あれ」だの「これ」だの言っているのが、かすかに聞こえた。


「はぁ?ハカナが俺の彼女か?だって?はぁ……オメーわかっちゃいねぇよ……分かってねぇ……」


 ロースケは頭に指を突きながら、いかにもわざとらしい苦悶の表情で、首を振る。事、女性の話になるとロースケは長い。状況が状況なだけに、そんな事をしている暇があったらサッサと行けと言いたい所だけど、前にそれを端折る様に言ったら余計に長話になったので、僕は敢えて突っ込むのを止めた。これは僕が面倒なのではなく、ロースケの為を思っての事である。それにしても、女子が話しかけてきただけでそこまで話が飛躍するとは、なんとも奥手な中学生らしいというか、僕も人の事は言えないけど、それでも何となく微笑ましくあった。


「俺はそうだな……今朝会ったあの先生、香那女先生っつーんだけど、ああいうのが良いんだわ。はっ……流石にこんなションベン臭せぇガキは無理すぎるっつーか俺の中では犯罪クラスに無ぇな……」


 ハカナを見下ろしながら少し不機嫌そうな顔をしてそう吐き捨てる。冬華さんの居場所は、もう、どこにも無い。それを知っていてもロースケが吐き捨てた言葉に僕の胸が痛んだ。


「私も、ろー君の彼女とかはチョット……」


 ハカナはあからさまに嫌そうな顔をしてそう言うと、付け加えて追い打ちをかける。


「それに……私……自分より弱い人はちょっと……ダメかなぁ……っていうか……」

「けっ!それじゃあ友人としては残念な事だが、人類は諦めたって事か……まぁ、それも良いだろう。オメェはゴリラでも彼氏にするといい」


 以前、ふらっと僕の家に遊びにきた時、「実戦で鍛えた筋肉と、練習のソレとは違うのだよ」と、ドヤ顔で言いながら、ハカナと腕相撲をして瞬殺された事を思い出したのだろうか。それとも、春休みの一週間くらい前に、十人近くの不良を相手に苦戦を強いられていた所を、パンダのタオルで顔をグルグル巻きに巻いて、家用の赤いブカブカのジャージ姿(中学時代に僕が着ていたヤツ)のハカナがロースケもろとも(というか、邪魔だったので眠らされた。凄く痛かったらしい)駆逐してしまった事を思い出したのか、目一杯ウェイトを背負いながら息一つ乱さず、汗一滴垂らさないハカナを忌々しそうに見つめながらロースケが吐き捨てる。ちなみに昨日は学校中で血みどろの殺戮パンダとか言う、良く分からない新しい都市伝説の話題で持ちきりだったが、その正体が、ハカナであるという事は僕とロースケ、そしてハカナの、三人だけの秘密だ。


「ふふっ……それもいいかも。きっと楽しいと思うよ、毎日動物園みたいで」


 ハカナはそれでいいだろう。ハカナには昔から動物がやたらとなつく。それがたとえ野生動物でも……だ。だからきっと楽しいに違いない。でも、僕はやたらと動物に嫌われる。ゴリラなんて連れてきた日には、ハカナが目を離した瞬間、そこには血だるまになっている僕が転がっているかも知れない。


「ねぇねぇ!それより、ろー君の横に居る可愛い子、誰?彼女?」

「ああ、コイツは男だぞ……ちなみに都芭璃って言うんだ。なんかやたら俺に付き纏っているんだが……何とかしてくんねーか……」

「あっ!露庵さん、そんな事言わないで下さいよ。どうも!僕、露庵さんの舎弟をやっている都芭璃です!ハカナさん、よろしくお願いします!」


 トバリはそう言って頭を下げる。


「馬鹿!俺は舎弟をとった覚えは無ぇっつーの!」


 そこへロースケのゲンコツが都芭璃の後頭部を打ち付けるが全く堪える様子も無く、むしろ嬉しそうにしている。


「ふふっ。こちらこそよろしく。女の子と間違えてゴメンね」


 ハカナがそう言って笑いかけると、トバリは恥ずかしそうに顔を赤らめた。こうしてみると、トバリはますます女の子にしか見えない。


「あっ、それより、せっちゃん。今日、帰り寄っても良いかな?部活、早く終わりそうだし偶にはゆっくりお茶でもしたいなって……」

「ああ、そう言う事なら何時でも……僕が言うのもアレだけど……どうせ暇だしね」

「うん。あっ!そろそろ戻らなきゃ。じゃ、またね、せっちゃん」

「ああ……うん」


 ハカナが急いで校舎に向かってドスドスと走り出すと、ロースケは背中のダンベルに気がついたのか、


「うげ……あのウェイト……アイツ、ホントに人間かよ……マジでゴリラとか連れてきそうだな……」


 そう言うとまじめな顔で振り返り僕の顔をじっとみる。


「何かあったら犯人はアイツだな……間違いねぇ……まぁ安心しろ……供養だけはきちんとやってやるし、オマエになら墓地の区画を安く譲ってやろう。が、とりあえずアイツを怒らすのだけはやめとけよ。命は大切にって、な?」


 助けてくれないのかよ……それと、それは僕がロースケに対して言う台詞だ。


「えっと……露庵さん、チャイムなってますけど……やっぱり遊びに行く気になりました?」

「げぇ!やっべ!俺も行くわ」


 高らかに鳴り響くチャイムの中、ロースケも急いで校舎へと駆け込む。最初からそうしていれば良いのに……と思いつつ、残されたのが僕とトバリだけだと気付くと、何だか重苦しい空気になる。取り敢えず僕は、只でさえ女子の様なルックスで目立つトバリがこのまま此処にいる事は何となく避けた方が良い様な気がして、早々に帰る様に促した。


「トバリ君……だっけ。変なのに絡まれる前に帰った方が良いかもしれないよ」

「うるっせぇなぁ……」


 慎重に言葉を選んだつもりだったのだが、どうやらお気に召さなかった様で、あからさまに不満げな表情を浮かべる。


「……センパイヅラしてぇ、僕に構わないでくれませんか?……うぜぇ……」


 嫌悪感を露わにしながら、続けて吐き捨てられた言葉に僕はハッとした。さっきまでとは全然違う、突き放す様な雰囲気や口調に、場の空気が凍る。僕は、豹変した態度をとるトバリに一瞬困惑したが、その目つきを見て、僕は何となく彼の本質を垣間見た気がした。トバリはニコニコしている時の顔が想像出来ない程に冷めた表情で、ロースケが入っていった校舎を見つめている。僕はもう一度、早く帰るように念を押すと、その場から立ち去った。もちろん、僕が言う事なんて彼に届いていないのは分かりきっていた事だけど、何時も周りから煙たがられているロースケを形はどうあれ慕ってくれて居る人に対して言わずにはいられなかったからだ。少し歩いてから、気になってもう一度振り返って見ると、トバリは、まだ校舎を見上げていた。どれほどロースケに入れ込んでいるのかは分からないけど、何となくその眼差しは普通じゃない様な気がした。




 世綱が学校を去った後、時計塔の上に白い影がゆらめいていた。一部始終を見ていたカイは虚空に語りかける。


「イヴェルダ……」


 カイはかつて自らの魂を触媒としてその内に封印した、かつての友の名を呼んだ。


――ん、今は術をこの世界に合う様に最適化していたところだが……しっかし、ここは魔素が薄すぎて制限がきつすぎる。大規模な魔術を開発しようにもスペルエコノミー(※)が効き過ぎて『監視者』にばれない様にするのは全く骨が折れる……っと……うむ、こんな所か……で、何の用だ?


 カイの中でイヴェルダと呼ばれた者がそう言うと、カイに重なる様にして黒い影が揺らめいた。


「アレか?オマエが選んだ依り代は」


 時計塔からトバリを見下ろしながら、そう言った。


――そうだ。だから、力を与えた。


「まったく……オマエがそんな事で力を使うから、私はあの時に世綱を殺せなかったんだぞ……あげく、初歩的な呪術で肉体の崩壊を起こす事にもなったしで……」


――忘れたか、ここが地獄の底だと言う事を。大いなる意思が、死と言う名を借り、異世界線への大きな干渉を起こし得る者達を封印した世界線だと言う事を……ここでは俺達の予測を超える出来事が起こりえる。特に、俺等みたいな招かれざる客が特異点と接触するのなら尚更……な。


「それにしても、イヴェルダ。オマエが力を使わなければ」


――分かってないな。テメェが『ヤツ』をこの世界線に堕とした時とは状況が違うんだよ。特異点に手を出すときは、万全の策を講じなければ全てが無駄になる。もっとも、手を出せたらの話だが……世界線がその前に俺達を排除するだろうな。あの時、確かにその予兆はあった。いずれにしても、今のテメェは冷静さが足りねぇ。まずはやるべき事を成して、足場を固めろ。話はそれからだ。


「む……オマエが言うのなら間違いは無いのだろうな。しかし依り代をアレに選んだのは何か考えがあっての事なのか」


――まぁ、テメェはツメが甘いからな。あのガキに与えた力は一応の保険だ。それに、テメェが綬肉じゅにくを成した後、俺の居場所がねーだろうが。また昔みたく彷徨えって言うのかよ。こんな魔素の弱えぇ所で悪霊にでもなってみろ、暇すぎて死ぬぞ……そうなったらテメェに取り憑いてやるからな……


「……そうか、まぁ……うん……何というか……そうだな、私も面倒ごとはもうゴメンだし、オマエの事だ、きっと何か良い考えでもあるのだろうな。流石歴代三位の魔術師だ」


――馬鹿野郎、俺は常に最強だ。


「しかし、結局、第二世代魔術まで到達出来なかったではないか。もっとも、原初を垣間見てしまった今では、それすらもたいした物には思えなくなってしまったが……」


――そんな物と比べるな。それに後数万年もあれば第二世代に到達する自信はある。


「はぁ……」


カイは軽くため息をついた。


「オマエはここに来るまでに何をしていたのだ。そんな時間なら幾らでもあったろう」


――まぁ一つの思考実験だが、とある理論を思いついてな。魔術の事からは暫く離れてそっちに没頭していたんだ。まぁ、その成果がくだんのガキに施した術だ。おもしれぇ事になるぜ。


「依り代の事か」


――ああ……俺が体を乗っ取った暁には……そうだな……オマエには胸を張って見せれる物だと信じている。じゃあ俺は戻るぜ……まだやる事が山程あるんでな……


 その言葉を最後に、イヴェルダはカイの意識の深くに潜り込んでいった。カイはイヴェルダが言っていた言葉を思い出しながら再びトバリの事を見下ろす。トバリに宿る魂の欠片は確かに珍しい物ではあったが、それ程力が強い訳でも無かった。イヴェルダの与えた力を余裕をもって行使できる程の強さはない。使う度に魂を摩耗し、最後には命すら落としかねない事は、トバリ自信も実感していた。それでも躊躇なく術を幾度か行使したのは、自分の生に実感が無いからだった。カイにはトバリの表情から、その事が手に取る様に理解出来た。


「哀れな子供だ……」


 自分が居なくても、世界は回る。自分が居なくても、周りはいつも通り。自分が居なくても……。そんな思いで埋め尽くされたトバリの心の中を垣間見たカイは、そんな哀れみの言葉を残し、風に溶けて消えた。


※スペルエコノミー:例えば、火の魔術を使う人が一人だけだと、100%の力を出せるが、十人が同時に火の魔術を使うと、一人当たりの火力が均等に割り振られて10%の力しか出ない。虚神家にはこの魔力の動きを検知する道具がある。

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