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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ弐 蒼剣を抱く凍刻(ひょうこく)の桜
34/38

セカイの仕組み

 春休みの初日だけあって、商店街には思ったよりも沢山の人が繰り出していた。休みが終われば、何の問題もなく進学、もしくは進級が待っている僕と同じような年頃の人達の顔は皆一様に明るい。それらを見る度に僕は大きく溜め息をついて、教科書が入った鞄を担ぎ直す。学校へ向かう足取りが重いのは春の日差しが僕から精気を抜き取っているからなのか、はたまた、少し早く訪れた五月病か……

 いや、どっちでも無い事は自分自身良く理解している。兎にも角にも、進まなくては。僕にはやるべき事が残っているのだから。


 横断歩道を渡りきると、おもむろに去年、テレビカメラの前で堂々と行われた事件を思い出す。現場までは目と鼻の先だった。冬華さんの禍ツヒトが巻き起こした事件から随分と経ち、街はいつの間にかそれらを忘れてしまったかの様に自警団達はいなくなり、現場に供えられた、一輪挿しで揺れる花は誰の気にも留められなくなっていた。電話ボックスに張り付いている風化してしまった被害者の張り紙は、手がかりを探していますと言う文字が目に付くだけで、顔写真なんかはもう原型を留めないほどボロボロになっている。

 気を付けた所でどうにかなる代物では無いけれど、ほんの僅かの間に危機意識を失ってしまう現状を端から見るかぎり、この国の平和ぼけも相当なモンだなと、ロースケがぼやいていた事を思い出す。

 結局、事件が解決した訳ではなく、俗に言う迷宮入りになったようだった。当然と言えば当然かもしれない。このセカイの本当の仕組みを知っている人なんて、僕らの血縁関係にあたる人程度の物だし、偽造された身分証明を使って密入国した人が事件に巻き込まれて、それが日本人に良く似た民族だったりしたら、同じ様な状況になるのだろう。いや、むしろ、そう言う人達は生きていたと言う事実が残っているだけ、ましかも知れない。

 何時だって危険は直ぐ側にあって、誰が何時、何処で死んだっておかしくない状況だって、僕の一族だけが知っている事を公に公開してみたいものだ。いや、そんなことを言ったら僕は変人扱いされ、説明しても理解されないようなセカイの仕組みを語ったところで、一笑に付されておしまいか……


 どうしようも無い状況に、小さなため息をつきつつ、僕は、心の中で犠牲者に手を合わせながら、その場を後にした。


 雪はもう殆ど溶け、冬の名残は黒ずんで埃にまみれた残雪が路肩に残るのみとなっている。吹き付ける風は時折、刺す様な寒さをもたらす事もあったが、それも三月の終わりが近づくにつれ、僕から防寒具を外す理由に足り得る程、暖かな物へと変わっていった。カンカンに春の日差しが照りつける日は、風さえ凌ぐ事が出来たら、暖かいを通り越して、暑い位だ。僕は空を見上げ、脳天気に空で君臨している太陽を睨み付ける。


 本当なら、まだ、家でゆっくりしてるはずだったのになぁ……


 そんな事を考えながら校門をくぐると、剣道部がランニングをしながら元気よく上げるかけ声が聞こえてくる(といっても、聞こえるのはハカナの声だけで、それを追いかける声はホラー映画のゾンビみたいに、半分死にかけている感じだ)。相変わらずハカナは列の先頭を、限界まで重りを付けた防具を纏い、大きなタイヤを三本引き、砂煙を上げてグラウンドを削りながら、充実感に満ちた爽やかな表情で走っている。僕なんかは見ただけで疲れて吐きそうになる。後をついていく男子剣道部のげんなりした表情を見るに、随分走らされているのだろう。女子部員達に至っては全員リタイヤしたのか、グラウンドの隅で人に見られるのもお構いなく大の字になって寝転がっていた。そういえば、昨日の夜、ハカナは今日から始まる春休みの為の、スペシャル練習メニューとか言う物を作っていたが、その『すぺしゃるめにぅ』とか言う可愛いらしい字体の見出しとは裏腹に、えげつない内容を思い出し、僕は心の中で剣道部員達に合掌をおくるとともに、本気を出さなかったハカナに、よくぞ自重したと心の中で褒めた。


 それにしても……勉強なんて生きていく上で本当に必要なのだろうか。絶対にやりたくないけど、生きていくだけなら、ハカナがトレーニングをするように、僕だって少しでも体力をつけて、少しくらい、きつい仕事でも何でもすればご飯を食べるだけならどうとでもなりそうだし、むしろ、不必要に学ぶ分……


 そこまで考えて、これは、自分の行いの報いだと言う事を思い出すと、やり様の無い苛立ちがこみ上げてくる。


 まぁ、わかっちゃ……いるんだけどなぁ……


 気持ちを切り替える為に視線を上げると、校庭の桜のつぼみが今にもはち切れそうな程に膨らみ、花が咲いてはいないけど、木々の枝の先端は、太陽の光を受けて薄紅に輝いていて、僕はその光景を前に、去年の華やかだった時期を思い出して足が止まった。


 補習が終わったら、久しぶりに屋上で街の様子でもスケッチしてみるかな……


 僕は何となく見つけた春の訪れに、何となく心が浮き足立つ。去年は残念な事に、と言うか、絵を描く時間を惜しんでゲーム三昧な日々を送っていたせいで、描こうと思った頃には桜は散っていたのだけど、きっかけはどうであれ、今年は、はまる予定のゲームも無いし、桜の見頃を逃さずに済みそうだ。補習が終わったら、学校の屋上で、コーヒーでも飲みながら趣味に耽る時間を……そう考えると、春休みに学校へ来るのも悪くないかもと気持ちを持ち直す。


「うぃーす……セツナ、やっぱりおめーもかぁ」


 ロースケは、気怠い表情でニヤニヤしながら校門で立ち尽くしていた僕に声を掛けてくる。『やっぱり』とは失礼なヤツだな……と思いつつ、ロースケの顔を見れた事が何となく嬉しくて、僕は苦笑いをしながら頷く。どんなことでも同士が居ると言うのは良くも悪くも心強い物だ。


「うん。僕は流石に現国と古文の単位が足りなくてさ、赤点は逃れたけど……ロースケは?」

「俺か?おれはだなぁ……うぅ……くそっ、だりぃなぁ……今年もかぁ……っ……」


 言いながらガックリとうな垂れる。この様子だと、ロースケは春休みの全てを補習につぎ込まなければならない程、散々たる状況なのだろう。まぁ言わなくても分かるというか、毎回の事である。


「じゃっ!露庵さん、僕、ここで待ってますので!」


 聞き慣れない声の方へ目を向けると、僕等と同じ様な男子学生服を着た女子が、ロースケの影に隠れるように立って居た。目にかかる程長い前髪を真ん中で分け、その間からはぱっちりとした少しつり目の二重が覗いている。顔の造形も中々綺麗で、もう数年したら中々の美人になりそうな感じの女子だ。


 それにしても……いつの間にロースケはこんな子と知り合いになったのだろうか。いや、それよりも何故女子が男物の学生服を着ているのか……いや、それよりも、さっきの男の子の声は一体何処から……


 そんな事を考えているといきなりロースケが怒鳴り出す。


「ばっか、おめー、俺なんか何時終わるか分からねーんだぞ?」

「いえ。僕、暇ですから、どうぞお気になさらず、補習に励んで来て下さいよ」

「ちょっ!おめー俺を馬鹿にしてんのか?泣かすぞ!コノヤロー」


 驚いた事に、女子だと思っていた子が実は男子だったとは……僕は思わず自分の目が信じられなかった。ロースケに怒鳴られ、潤ませた瞳なんかは、口さえ開かなかったら女の子で通じる程、女の子らしいのに……なんで神様は時に、何故こんな訳の分からない悪戯をするのだろうか。


「でっ、でも……僕……」


 シュンとしてしまったその男の子の姿に、僕は何となく昔の自分と重なり合う物を感じて思わず口を出してしまう。


「ロ……ロースケ、そこまで言わなくてもさ……」

「でっ……でもよぉ……しつけーんだよ。コイツ」


 その言葉に、更に落ち込む女……いや、男子。うむ……端から見ると痴話喧嘩にしか見えないな……これ……。


「あーっ。もう、分かった。分かったケドよ、今日は帰れ!な?今日はマジでアレだから。俺、全滅してるからやべーんだって。ほんっっと頼むわ!」


 必死に説得するロースケの言葉をようやく理解したのか、こくりと頷く。それを見て、最初は同情していた僕も、何だか面倒臭そうな事になったなと、他人事ながらロースケに同情してしまった。


「あっ!いたいた」


 僕達を捜していたのか、香那女先生が息を切らして少し足を気遣いながらも此方へ歩いてくる。ギブスを外して暫く経ってはいたけど、以前の様にハイヒールを履く事は無くなっていて、先生が近づく時にカツカツと鳴る、僕にしてみればスズメバチの警戒音の様な音を聞かされる事は無くなった。ある意味トレードマークとなっていたハイヒールの音が無い事を少し寂しく感じつつ、それを引き起こしたのは他でもない自分自身だったと思うと心苦しい気持ちになった。


「あっ、先生!ちーっす。久しぶりだけど、足、もういいのか?」


 相変わらずの調子でロースケが先生に挨拶をする。


「ええ、おかげさまで。露庵君、ちょっと良いかしら……ん?あれ?この子は……」

「ああ、センセー、こいつトバリってんだけど……しってんの?」


 香那女先生の表情が凍り付く。僕は何故だか背筋がゾワゾワする様な、嫌な予感がして、思わず会話に割って入った。


「それよりも……はやく……」

「初めまして!泉納センナ 都芭璃トバリです。露庵さんの舎弟、やらせて貰ってます!おっす!」


 トバリと名乗った男子は、僕の声に無理矢理かぶせて言い切り、困惑の表情を浮かべる香那女先生に頭を下げる。頭をさげるほんの一瞬、都芭璃の口元に不気味な笑みが浮かんだ気がした。


「え……ええ……そう……」


 明らかに香那女先生の顔色が悪くなっていた。僕はどうにも気になって、香那女先生とロースケ達の間に割り込むようにして立つ。


「そうそう、俺の舎弟……っておい!何、勝手な事言ってんだよ」

「うわっ!露庵さん怒っちゃったので退散シマース!」


 逃げ足は兎に角速かった。振り返ってから姿が見えなくなるまで、文字通りあっという間だった。唖然として居た僕の横で、ロースケはトバリの姿が見えなくなると、まだ学校に来たばかりだと言うのにどっと疲れた表情をしている。


「そっ……それよりも、露庵君……足は、その、もう大丈夫なのかしら?」

「ああ?何ヶ月前の話だよ?あんなのよか、センセーこそ大丈夫なのか?骨折はいてーだろマジで」

「私は大丈夫です。それよりも、あのナイフから指紋が割れまして、犯人が捕まったそうです」

「おっ、そうか……これでセンセーも少しは安心できるんじゃねーか?しっかし、時間かかりすぎだろ、ケーサツも何やってんだか……」

「立て続けに嫌な事件が続きましたから……でも、ホントにもう、こればっかりは露庵君のおかげですね。それで後ほど、自宅の方へと思いまして……」

「……っと。そういう堅苦しいの無しで……」

「でも、私をかばって刺された時の、通院費とか……」

「いやいやいや、あーあーもう良いって!」


 あれ?


――刺された?

――かばった?


 僕の中で記憶がかみ合わなくなる。確かロースケは冬華さんをかばって……そこまで思い出して、僕は、自分のせいで冬華さんが消えてしまったあの時……無情なまでにその痕跡が消し去られた事に、何とも言えない気持ちになる。正直言って、冬華さんの件を僕は未だに割り切れないでいる。ハカナはそれで良いと言ってくれた。人が一人居なくなる事はそう言う事だって。冬華さんを手にかけたハカナの方が余程堪えているはずなのに……

 人が一人、それも身近な人が居なくなることは容易く割り切れない。それは僕が優しい証拠だって、そう言ってくれたけど、優しさを行使するには強さが必要だ。僕にはその強さがなかった。優しいんじゃ無くて、僕が優しくしようとしているのは単なるまねごとで、偽物で……それを今まで何度も味わって理解してきたはずなのに、その結果が現状だ。このセカイから冬華さんは自分自身を完全に切り離してしまった。


「おい!セツナ!何ボーッとしてんだ?行くぞ?」


 不意にロースケに声を掛けられ、僕は我に返る。既に先生は校舎へと戻っていて、それ程歩く速度が速くないはずの先生が居なくなった事に、どれだけ長い時間そうしていたのかを思い返し、黙って待っていてくれたロースケに申し訳ないと思いつつも、冬華さんの記憶が全く残されていない事に少し憤りを感じた。誰に対してとかではなく、どうしようもなく抗う事の出来ない現実に対してだ。


「うん」


 ロースケは冬華さんの事を知っていない。その事だけでも僕は相当に堪えた。せめて……あの切実な想いだけで良いから、ロースケに残して置いて欲しかった。僕だったらきっと耐えられない。大切だった想いが無かった事にされるなんて、そこまで考えて、僕は自分に対して妙な違和感を覚えた。


 あ……れ……?なんだろ……この感じ……胸がざわめく感じ……懐かしい感じ……何か忘れているような……


 そう思った時、一瞬、何故かは分からないが、小さい頃のハカナの顔が頭をよぎった。


「おーぃ……いい加減に春だからって頭ん中のお花畑は自重しろよ。俺達の春休みはまだ始まってねーんだぞ?」

「うん……」


 始業のベルに僕は現実へ引き戻されると、あきれた顔のロースケが、僕の顔を覗き込んでいた。

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