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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ壱 鈍銀(にびぎん)の杖を抱える者
3/38

-2-

 結局一時限目に教室へ戻る事を断念し、休み時間中、何食わぬ顔で教室へ戻っていたが、やはりハカナにもっと早く来なさいと怒られてしまった。

 最初、少しはやる気を出していたのだが、教室の暖房がそのやる気を……まぁ、僕が好きなロールプレイングゲームに例えて言うなら、毒のダメージの如く奪い去り、五分と経たず、やる気ゲージはゼロになった。生ける屍と化した僕は、授業に身が入りきらないまま、2時限目はただただ教師の隙をみて窓から外を眺めては苦痛な時間から目を反らす。余韻はその後も残り続け、結局その日は授業に身が入らないまま過ごすはめになり、何をやったかはさっぱり覚えていない。


 いや、覚えている事が一つある。それは――


 3時限目が始まる頃には雪はすっかり止み、4時限目半ば辺りには青空が広がっていた。

昼休みが終わる頃にポカポカと暖かに、下校時には道路がグチャグチャになっていたと言う事。お天道様は僕と違い、今日はやる気十分の様だった。

 校門を少し出た所で空を見上げながら、僕は、さっき身につけたばかりの手袋を脱いでポケットに入れる。振り向き、下校のお供が追いついてくるのを待つ。そう言う事を何歩か歩いては繰り返していた。下駄箱で偶然会った夏音(カノン)は僕の後ろを水たまりを何とか避けながら辛うじて付いてきているが、こう言う日は皮やレザーで出来たファッション性重視の靴は水が染みて辛いはずだ。しかしながら、僕は実用性重視の、もの凄く気合いの入った防寒靴だったのでその心配は言うに及ばずだった。


「せっちゃ……セツナ!……さん!ちょっと待ってよぉ!」

「カノ(夏音)、今せっちゃんて言いかけなかった? あと呼び捨て……」

「言って無いって。ちゃんと『さん』付けたじゃない。それよりもうちょっとさぁ、女の子に歩くスピード合わせても良いんじゃないの? 」

「うるさいなぁ。それに僕の一個下なのにタメ口は止めてよ」


 夏音はお向かいさんの娘、僕の一個下で幼なじみだ。彼女の頭脳は非常に優秀で、本来ならば僕が通う高校なんかよりもずっと上のランクに行けるはずだったのだが、試験の日を忘れていて結局この学校に通わざるを得なかったという訳らしい。基本的にきっちりとした娘なのだが、時々どこかが致命的に抜けていると言う変わった性格の持ち主だ。又、ショートカットの外見道理、明るく活発で誰からも好かれる女の子だった。ちなみに、金銭に関しては途轍もなく貪欲で、彼女の目の前で財布を取り出す時は注意が必要だ。


「それよりさ、はっち(ハカナ)は今日一緒じゃないの? 」

「ハカナは剣道部の予算会議だってさ。そろそろ来年度の遠征とか、引退も近いし、そこら辺きっちりしておきたいんじゃないかな? 」

「ええー? つまんないなぁ。折角美味しいスゥィーツのお店に行こうと思ってたのにぃ」


 くっ!このスイーツと口に出した後の妙に高いテンション、特に、『思ってたのに』の辺りが何故かむかつく。夏音がこんな言い方をする時は大抵、他人の財布にたかる前提で話している。させるか、そんな事。何時もは色々な手口ではめられているけど、今日こそは夏音に奢らせようと軽くジャブ(会話の)を打ち込む。


「奢ってくれると言うのなら、僕が一緒に行ってあげても良いんだけどね」

「ええー? せっちゃん年下のアタシにたかろうっていうのー? 」


 どの口が言っている……


「それにカノはアルバイトの給料そろそろ入った頃だと思ったしね」

「ええー? 何でそんな事知ってるのよ!」

「前に自分で言ってたじゃ無いか……」

「あ……あー……あれ、そうだたっけ? 」


 ネタは挙がっているんだ、今日は勝てそうな気がする。夏音は迂闊だったという顔をしながら、顎に指を這わせ、少し考えるそぶりを見せ、僕の表情を伺った。


「うーん、まぁ、いっか……せっちゃんでも良っかなぁ」

「何か引っかかる言い方だけど……奢ってくれるなら文句は言わないよ」


 仏頂面をキメ続ける僕の横に並び、機嫌を伺う様にして僕の顔を覗き込む。


「ふふ……もしかしたら、こうして二人だけで何か食べに行くの初めてかも知れないね」

「あ……ああ、そうだね。何時もはハカナも一緒だし」

「そうと決まったら行こ!」


 夏音は僕の前へ一歩飛び出すと、ついて来いと言わんばかりに歩き出す。さっきまで必死に僕の後を追い、半分溶けた水混じりの雪に不機嫌だった夏音の機嫌がどうやら直ったようだ。顔を見なくなって分かる。彼女の機嫌が良い時は決まって僕らが小さい時によく見た戦隊物のテーマ曲を鼻歌で歌うからだ。全く……女子と言う生き物はスイーツ如きでこんなに幸せになれる物なのかと思うと少し羨ましくなる。


 夏音の後を追いながら暫く歩き、商店街に入ると今朝見たあの奇妙な格好の人物が立っていた場所が目に入ってきた。僕達が向かう場所はその交差点の信号を自宅とは逆の方へ曲がっていくのだが、一端気になり始めるとどうしても目を離せなくなり、その場に立ちすくむ。祖父から聞いた話しでは、僕が見るこの世の物ではない者は、この世にそうそう影響する物ではないと聞いていて、実体験からもそんな事が無かった為、今までは別段気にする事は無かったのだが、今回のは違った。明らかにこの世に干渉していた。だとするとアレは何者だったのか? 今は誰も立っていない場所を見つめながら、あの時の不思議な光景を思い返す。

 不意に夏音が機嫌を損ねたような顔で、僕の前に立ちふさがる。


「せっちゃん!」


僕は夏音の方へ目をやると、彼女は真っ直ぐに僕を見返し、少し怒った風にして言った。


「もうっ!折角こんな可愛い女の子が目の前に居るって言うのに、何処見てるのよ!」

「ああ、ごめんごめん」

「まったく!そんなんだから彼女できないんだよ」


 全く余計なお世話です。そう言ったら面倒な事になりそうなので、あえてその言葉を口にせずに、心の中だけに留めておき、気のない返事を返す。


「あーはいはい。そんな事よりさ、早くそのスイーツの園へ行こうよ」

「違うって、もー!発音悪すぎ。スゥィーツだってスゥィーツ。OK? 」


僕等はそんな事を言いながら夏音の言う所のスゥィーツの園へと向け、再び歩き出した。


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