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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ壱 鈍銀(にびぎん)の杖を抱える者
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12月10日-2-

 十四時半を回った頃、僕達は冬華さんの病室にいた。

 あまり気が進まなかったけど、ハカナがどうしても冬華さんの事が心配だと、押し切られた形で病院まで来てしまった次第だ。冬華さんは、病院の寝間着に赤いカーディガンを羽織り、パッチワークの本をベッドの上に広げながら、ハカナに色々と説明している。まぁ、想像した程酷い衰弱ではなく、むしろ元気すぎて他の病人に申し訳ない程だ。今日も冬華さんの母親はお店を開けなければならないらしく、ロースケはそれと入れ替わりに冬華さんの付き添いに入ったみたいだった。

 僕は病室から外を眺め、晴れ空の眩しさに目を細めながら、改めて見下ろした先、現場周りの人の多さに驚く。


「それよりさ、ロースケがこの病院来た時はもう、警察とかこれだけ沢山いたの? 」


 ロースケは僕の隣で一緒になって外を眺めながら、一つ大きくため息をついた。


「いーや。俺が来たときはもっと多かったぞ……病院の敷地内に入るまでマスコミとか邪魔でさ、入るに入られねー状況だったな……」

「なんか続くね……嫌な事件……」

「ん……かなり苦戦してるっぽいな。そもそも身元不明だから犯人との因果関係洗い出そうにも、動機を調べようにも最初から手詰まりだってさ……」

「動機……か……」


 動機……か、多分、僕達がその場にいたら僕達が殺されてた。でも、僕達が居なかったから、他の人を殺して、魂を食べて……そして力をつける。より確実に僕達を殺す為に、力を蓄えたんだ。直感だけど、僕の場合は嫌な事程良く当たる。今回は特に、僕の中で何かは分からないが確信めいた物があった。正直言って、今すぐにでも帰りたい位だ。こうして窓から生々しい事件現場を見て、改めて病院へ来た事を悔やむ。


「つーかさ、アタシの部屋で辛気臭い話やめてくれる? 只でさえ暇なのにつまらない話を聞かされるアタシの身にもなってよ」


 相変わらずの悪態をつく。折角見舞いに来たのに、正直言って今日だけはシオらしくしていて欲しかったけど、まぁ、冬華さんらしいと言えばらしい。


「あっ、後ね、ふーちゃんにここの所のパターン教えて貰おうかなって思ってたの。見ただけじゃどうしても分からなくって……」

「ああ、それならさ、アタシもやったけど結構簡単だったよ。ちょっと本かして……あっ、それと何か書く物」


 人の心配をよそに、ハカナと冬華さんはパッチワークの事について熱っぽく語り合っている。それを見たロースケは安心したのか、心無しが表情が和らいだ気がした。


「んじゃあ、俺等は一服と行くか。なぁ? セツナ」

「あ、そうだね……ハカナ、僕、ロースケとチョットコーヒーでも飲んでくるよ」


 ハカナの返事の代わりに冬華さんが手をヒラヒラさせた。

 僕達はコーヒーを買って渡り廊下の途中から行く事のできる中庭へ、まだ誰も足をつけていない雪を踏みしめながらベンチを探した。ベンチの雪を払い、腰を落ち着けるとコーヒーのプルタブを引くより先に、落ち着かない様子でロースケは煙草に火をつける。


「あっ、ロースケ!駄目だって、こんな人の居る前でさ、それに病院なんだよ? 」

「……セツナ……さ、俺、冬華先輩が好きだ」


 唐突にロースケは言った。


「分かってるよ……そんなこと」

「違うんだ。好きだって、口に出して誰かにそれを教えたくなる程……気がついたら好きになってた……」


 前とは明らかに様子が違った。目は性欲でギラギラしたそれではなく、愛おしい物を見るような優しい目で遠くを見ていた。口調もあの時とは違い、少し緊張しているのが躊躇いがちに発せられる言葉から読み取る事ができた。


「そう……そうなんだ」

「ああ……そうだ……」


 僕達が知り合って早数年、それは初めて見るロースケだった。冬華さんを語る言葉、一つ一つに心が込められていて、それが想いの深さを物語っていた。


「何なんだろうな……こういう気持ち。あの人見てるとさ、エロい気持ちとか全く沸かなくなるんだよな……自分でも可笑しいかなって思ってたけどさ、昨日、あの人を運んでる時分かった。肩とかさ、スゲー薄くて、腕もさ、メチャクチャ細せーんだよ……ちょっとでも力入れて抱いたらポキッって折れるんじゃねーか……ってくらい頼りなくて……」


 何故かロースケの声は震えていて、時折言葉に詰まりそうになっていたがそれでもどうしても心の内を誰かに話したそうだった。

 そうして、二本目の煙草に火をつけた。


「ロースケ、もう煙草やめなって……」

「いいんだよ……どうせ誰も注意しねーだろ? オマエだってわかるだろ……昔いじめられててもよ、周りの連中……大人も含めてみんな見ねー振りしてたじゃねーか。そんなもんなんだよ。冬華先輩も……あんだけ男のアドレス持ってて、誰も来やしねぇ。多分、連絡入れてねーんだろうけど、先輩のかーちゃんがさ、泣きながら言ってたよ。うちの冬華を心配してくれる人が居るなんて思わなかったって。それ聞いた時に分かったんだよ……あの人が何時も寂しそうに見えた理由が……入学してから……始めて見た時からずっと……あの寂しそうな背中を守りたかったんだ……」

「分かったから……煙草!」


 そう言って僕はロースケの口から強引に煙草を奪い取り、まだ半分残っているコーヒーの中へ放り投げた。


「ああ……そう言えば……オマエだけはそうやって注意してくれるんだったよな……」


 ロースケはそう言って怒る様子もなく、ゆっくり目を閉じ、昔、同じように僕に注意されたことを思い出しているようだった。


「何言ってるんだよ、当たり前だって」

「ははっ……わりぃ……オマエみたいな大人が居たら、冬華先輩もああならななかったんじゃないかって……そう思ってよ……だからこれから俺は……」


 ロースケは言葉を終わりまで言わなかったが、言葉尻の口調の力強さから、何かを決心した風だった。


「いや……いいか。これは俺と、あの人との問題だしな……」


 僕はその言葉に又一つ寂しさを覚えた。でも、これでいい。良いのだと思う。

 僕達は友達で、親友で、だからこう言う時は、だまってただ頷く。そして、見守るべきだ……と、思う。でも、正直、親友が取られたみたいで、複雑な気分だ……


「って……何か、オメーに話したらすっきりした」


 言いたい事をあらかた言ったからか、ロースケは久しぶりに晴れやかな笑い顔を見せた。それは、僕より一足先に大人になった様な、あの、夏音の時に感じたのと同じ、そんな雰囲気だった。

 多分、僕達はこれからも親友として続いて行くとしても、それは今までの形を崩した物になるだろう。でもそれでいい。ロースケの隣を冬華さんになら任せられる。そんな気がする。




 それから暫くして、僕達が病室に戻った時も、相変わらずハカナの冬華さんはパッチワークの事について語り合っているようだった。布団に座ったままの冬華さんの膝元に本を広げながら、ハカナは事ある毎にメモ用紙にペンを走らせる。端からみて気付いたのだが、冬華さんは意外にも教える事に関して長けていた。分かり易く、丁寧に、そして気長に……事、好きなことに関してはとても真摯なのだろう。ロースケはその様をただただ見つめているだけで、それだけで何か満たされた様な表情をして居る。僕は改めて冬華さんのハカナに目をやると、その場をそっと抜け外の空気を吸いに表へと出た。

 新鮮な空気が鼻の奥底を突く。どうにも湿気を帯びた消毒の、あの病院独特の空気は苦手だ。とりあえず軽く深呼吸すると、ぼんやりとしていた頭が冴え渡る。僕はそのまま屋根付きの通路を足早に歩き、病院の敷地を抜け出した。

 病院前の歩道、事件の現場では、一人だけ刑事らしい人と、テレビカメラに一目写ろうとしているのか、挙動不審な野次馬がぽつぽつ居るくらいで、今は大分、落ち着いた様子を取り戻していた。現場の様子を伝えるマスコミの人も、現場の雰囲気同様、やや冷めた様な口調で現場の様子と現在の調査の進展状況をスタジオへ伝えている。 辺りを見回しても今朝の様な凄味がかった気配はすでに感じられなくなっていて、僕はホッと胸をなで下ろす。現場を観察するに適切な場所を……と、辺りを見回した。丁度良い場所があった。現場を野次馬の様に覗きながら向かいのコンビニへ入ると、雑誌置き場へ真っ直ぐ向かう。僕はそこで週刊誌を開き、本の上からのぞき込むようにして現場を盗み見た。


「なんでもさ、ウチの病院の身分証明書、持ってたらしいんだ」


 背後で病院の職員らしき人がそんな事を言いながら後ろを通り過ぎて行った。


「えっ? ホントに? でも……見た事無い顔だったし……何かの間違いなんじゃないの? 」

「んー見た事あるかも……って言われたらあるかも知れないけど、でも、病院で……って言われるとわからないよね……」

「やっぱ偽造なのかなぁ……」

「かも知れないけどね、それよりも何でよりによって職場の前で……」

「ホント……なんかやだナー……気持ち悪いって言うか……」


 今回も身元を割り出すことは出来そうに無い様だ。聞き耳を立てながら、そんな事を考え、雑誌から目を上げる。刑事らしい人は諦めたのか、その場に駐めていた車に乗り込み、それから程なくして車はその場を去っていく。取材をしに来たレポーターも近くに駐めていたワゴン車へ引き上げ、片付けが終わるとその場を去った。人が居なくなったのを見計らったかの様に、事件現場に描かれた白いチョークの上に雪がぽつりぽつりと落ち始め、太陽の温もりが残っているアスファルトを初めは黒く、そして次第に白へと塗りつぶして行く。物の数分もしない内にチョークの跡は雪に埋もれて消えた。

 週刊誌を2冊程読み終える頃には、既に日は暮れて、街灯の明かりはスポットライトの様に道を照らし出す。現場の観察に飽きた僕は、温められた缶コーヒーを一つ買ってコンビニを後にする。時計を見ると四時半を回っていた。

 激しく車が行き交う道路の、車が途切れた隙を狙って駆け抜け、病院の敷地へ足を踏み入れる。

 流石にハカナを待たせてしまったかなと思いつつ、ふと病院を見上げると建物の輪郭は闇に溶け、病室の白色灯が際だって明るく、それぞれが隔離された世界の様な趣きを醸し出していた。別に珍しい光景では無いのだけど、何故か目を引き付けられ、僕は暫くそのままそこで佇んでいた。

 気が付くと、いつの間にかハカナが横にいて、僕と一緒に病院を見上げていた。


「あそこら辺が、ふーちゃんの病室だよ」


 そう言ってミトンの手袋の人差し指部分だけをとがらせながら指を差す。


「ゴメンね? 待たせちゃって」


 少し申し訳なさそうな顔をしながら振り向いた。余程楽しかったのか、もしくは満足したのか、どことなく充実した表情をしていた。


「いや、僕の方こそ……それよりどう? これで期末試験に打ち込めそう? 」

「うん」

「ロースケは? 」

「うん。さっきふーちゃんのお母さんが来て何か話し込んでたよ。もうちょっとかかるんじゃないかなぁ? 」

「うん。冬華さんは? 」

「ふーちゃん来週中に学校に来れるかもだって。冬休み一緒にパッチワークやろうって約束してきちゃった」

「ってかさ、冬華さんって進学とかどうするんだろ? 」

「働くって言ってたよ。おかーさんの手伝いするんだって言ってたよ」

「そっか……」


 僕はそう言って再び病院を見上げる。


「うん」


 ハカナもそう答えて、僕と一緒に見上げた。


「かえろっか? 」

「うん」


 ハカナが頷いた。

 もし、僕が来たるべき日を乗り越えることができたなら……僕達は来年どうしているんだろう? 僕の場合はそれどころじゃないかな……取り敢えず期末試験を乗り切れなければ、ハカナの事を先輩と呼ぶ羽目になるんだろうか……

 カノと同級生とか……それだけは考えられないと言うか、プライドが許さない。


「せっちゃんどうしたの? 」

「いや……僕、留年しちゃったらカノと同期になるのかと思ったら寒気が……」

「大丈夫だよ。それよりさ、スーパー寄って行こ? 卵きらしちゃったし、タコ天、久しぶりに食べたくなっちゃった」

「あっ、いいね、じゃあ僕は鳥天かな!」

「そうだね。じゃあ今日は奮発しちゃおっか」


 そんな事を言いながら僕等は振り返り、病院を背にした。その時だった。


「!!!」


 背後から不意に、刺すような視線を感じた。刺すなんて言う生やさしい物ではなかった。視線で僕を射貫き、そのまま地面をも穿つ程に凄まじい気配、殺気……テレビで見た物と全く同一の物……直ぐさま気配を消したみたいだったが、背中から後頭部まで一気に毛が逆立つ痛い程の感覚に、僕は後ろを振り向かずには居られなかった。


「どうしたの? 」


 ハカナがきょとんとした表情で僕を見る。


「いや……なんでもないよ……ちょっとさ、忘れ物したかもって思ったんだけど大丈夫だったみたい」

「うーん、そう? そうならいいんだけど……」


 気配の先が何処か気になりながらも、極力、心の焦りを隠しつつ視線を戻す。不思議そうに見上げるハカナは、少し首をかしげ、僕はそれに対して苦笑いで応える。頬を掻く振りをして滴った冷や汗をこっそりと拭った。


「さっ、それより僕お腹空いたよ……早くいこっ? 」

「うん」


 既に気配は隠されていた。

 辺りの空気に余韻すら残さず、気を抜くと一気に緊張感が抜ける程に、逆にそれが不気味に感じられる。とにかく僕は、一刻も早くここを去りたかった。アレは恐らく狩人が狙いを付ける目だ……僕は既に照準を合わせられた。後は、期を待つだけ……と言う事か……


『ミツケタ!』


 そんな風に言われた気がした。

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