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「セツナ君、事件の話、聞いたかい? 」
「はい? 」
僕がスプリング・ベルのドアを開けると同時にマスターは新聞を握りながら厨房から出て来る。どれほど事件の事について話したかったかは、文字通りドアを開けると『同時』に出てきた事からも良く伺える。
「殺された人、何者だったんだろうねぇ……」
「今、調べているみたいですけど、全く想像付かないですよね。ある日を境にその人の全ての記録が消えるなんて」
「いや、僕達が知らないだけで、結構そう言う事は有るかも知れない」
マスターは妙に確信めいた口調でそう言った。
「それに全ての記録が消えた訳じゃない」
「え? 」
「うん。死んだと言う記録は残るね……出生の記録は多分無いのかも知れないし、でもそうなると矛盾している……」
「そうですね、産まれていないのに死んでしまうなんて、頭がこんがらかりそうですよ」
「まったくだね。でも、免許証とか身分証とかは本物の可能性が非常に高いって書いてあるから、少なくともそれらが発行された時はあの女性もこの世に存在していた……と、考える事もできるんだけど、そこに書かれている住所の人間は誰も彼女を知らないし……うーん……考えれば考えるほど不思議だ……」
「そんな事よりコンテストのケーキ、どうするか決めたんですか? 」
そう、僕の今の所の関心事は、アルバイトを始めたにも関わらず、余りの客の少なさに不安を覚えている事だ。
正直言って、事件の事はもうお腹いっぱいで、そんな事を考えている暇があったら、少しでも客を増やす算段を考えて欲しい。そう思うのだが、当のマスターはどうにも事件の方が気になって、仕事に集中出来ないと見える。
「あ……ああ。大体の図案は出来てるんだ。まだ色々詰め込みたい物があるから、それをどうするかって話なんだけど」
「だったら事件の事よりそっちをがんばらなきゃ……駄目じゃないですか」
「あ、ああ。いやぁ……ついつい」
そう言って新聞に目を落とし、ぽつりとマスターがつぶやく。
「神隠し……なのかな……」
「いやーそれは違うんじゃないですかねぇ。神隠しってみんなが犠牲者の事ちゃんと知ってるじゃないですか」
「いや、もっと根本的な話さ……みんなの記憶から忽然と姿を消すんだ。そう考えるとこれも神隠しの一つかもしれない」
「まさか妖怪とか悪魔とか、そんな事の話ですか? 僕、そう言うの全く……」
言いかけて止めた。
信じては居ない、けれど、カイの事が頭をよぎる。
「でもさ、幽霊とか見える人っている訳じゃない? だったらさ、そういうのがあっても不思議じゃないよね」
「あの……マスター。笑わないで聞いて貰えますか? 」
「なんだい? 」
「実は僕、そう言った類の者を見る事があるんですよね……」
「ああ、なるほど……君は虚神家の人だからね。そう言う力があっても不思議じゃないかもしれないね」
マスターは、僕の言葉に少しも変な顔をしないで、と言うよりもそれが当たり前といった風にして僕の話を受け入れてくれた。
前にロースケに同じ事を言ってみたら、酷く笑われたのを覚えている僕にとって、何となくその反応が新鮮だったが、考えてみると呪い(まじない)の研究をして居るマスターにとっては、むしろ、そう言った物の存在が必然とさえ言い出しそうな雰囲気すらある。
「よく、っていうか、人混みの中の十分の一位は少なくとも『この世界には居ない人達』だったりしますし……」
「へぇ……それってさ、本当に幽霊かな? 」
「うーん、どうなんでしょう……でも一般的に言われる所の幽霊だと思うんですが」
「それだったら尚更だよ。一般的に言われる所の幽霊の定義は、死んだ人の魂が具現化した物を指すからね……しかも、現世への未練をそれ相応持っていないといけない。魂のようなあやふやな存在が、それがもし具現化するとしたら、それはある意味途轍もない力を必要とすると思うんだ。そんな物をそんなに沢山見る事が出来ると思うかい? 」
「うーん、言われてみればそうかも知れないですね……じゃあ僕が見たのはなんだったんだろ? 」
「そうだねぇ、違う時間軸の人達の生活風景の一部……とかかなぁ? 」
「時間軸って……」
「まぁ、あくまでも憶測だよ。時間軸なんて誰も知覚出来る物じゃないし、第一そんな物が存在するかどうかすら分からないんだ。でも、その方が夢があって面白いじゃない」
そう言ってマスターは目をキラキラさせた。
正直言って三十台のいい大人が、そんな子供じみた妄想を目を輝かせて言っている事を僕は少し理解できなかった。でも、マスターが作るケーキはどことなく遊び心があって、老弱男女問わず引きつける魅力があるのは、こういう子供みたいな部分かなとも思う。言ってみれば、大人にありがちな、子供に知らない事をつっこまれた時に、変なプライドを発揮する事より先に、好奇心が動く人なのだろう。
「いやぁ、まさかセツナ君に僕の妄想話をぶちまける事になるなんて思わなかった。けど、良い気分転換になったかも」
そう言って苦笑いをしながら厨房へ戻っていく。気分転換とは言っていたが、コンテストの作品を作ろうとは一言も言っていない事に、僕は又、不安を募らせる。取り敢えずは、その、力強く握りしめられた事件の記事をここに置いて行ってくれたなら、言葉に説得力も生まれただろうに。
「あ、そうだ。昔話の一説にさ、『人のように見えても、人差し指の関節が四つなら黄泉の国へ返しなさい』って言うのがあってさ、人差し指の関節が四つならその人は既に死んでいる証だそうだね。更にその文の前に、『人、誰か? 』っていう言葉があって、それが左手と言う言葉に掛かっているらしいね」
「四つは死? って事なんですか? 」
「そうだね、そして僕達の人差し指の関節は三つ。三の読みは『ミ』で、三つを持つから身を持つで生者って事になる。いずれにしても、左手の人差し指を見たら良いらしい。これは燦河(サンガ)が言ってた事らしいからね。まぁ間違い無いと思うよ」
「僕のご先祖様ですか……」
「うん。ってそろそろ続きをやらなきゃ……セツナ君、お客さん来たら頼むね」
時計を見て何かを思い出したように、マスターは新聞をカウンターに置き、エプロンの紐を締め直しながら、首をならしながら厨房へと消えていく。そして店内には僕以外、誰も居なくなった。
今日もスプリング・ベルは暇だ……
暇なのは良い事だとバイトを始める前は思っていたのだが、それはとんでもない間違いだった。ここまで暇だと流石に苦痛になってくる。
「そうだね……暇は苦痛だ」
店内の何処からか聞き覚えのある声が聞こえた。
僕は瞬間的に緊張感がピークに達し、カウンターから出て、ゆっくりと声の方へと近づく。黒い長髪を目にした途端、首筋から背中へ冷たい汗が一滴流れた。
カイが背を向けたまま言葉を続ける。
「暇は苦痛だ。しかし、全てが無駄になるわけではない……まぁ、扱い方を間違わなければの話だがね……」
そう言ってコーヒーをすすった。
「ふむ……全く持って贅沢な物だな……このコーヒーと言う物は……これだけの代物、僕の世界では一国の王ですら口にする事、そう容易くは無いというのに……」
緊張感に震える手を押さえ込み、ポケットに隠し持っていたカッターにゆっくりと手を掛ける……余りにも心許ない装備だが、今の僕に出来る武装と言えばこれ位しかない。自分の鼓動が感じられる程に、胸が高鳴る。
「まぁ、そう急く事もあるまい……今は茶をたしなむ時間なのだ。鞘を収められよ……」
カイはまるで戦う気は無いとばかりに穏やかな声で僕を宥め賺す(なだめすかす)。
「アンタ……関係の無い人まで巻き込むつもりか」
「ふむ……聞こえなかったかな? 僕は茶をたしなみに来たのだ。それも随分久方ぶりに……それだけだ。この時間帯だけは割と体の自由が利く物でね……珍妙な気配がこの建物からしたので入ってみたのだが……なるほど。これは悪くない人よけの結界だ……」
「ひ……ひとよけ? 」
憤慨した僕の言葉を躱すように、想像もして居ない方向へと話題をそらす。意表を突かれた僕は、出鼻を挫かれ、事もあろうに彼の話を聞く体勢に入ってしまっていた。
「ふむ……時に……昨日、この町で起こった殺しの件についてなのだが……」
「あれはアンタの仕業か? だったら何て酷い事を」
「まぁ信じないだろうが、アレに関して僕は一切関わっては居ない。誰かが悪戯に起こした低俗な魔術の煽りを受けたのだろう。アレは殺した方も、殺された方も被害者だ。しかし問題は殺した方だ。今朝方現場で君を見かけた物でね、もしかしたら何か知ってると思っていたのだが……」
「僕がそんな事知ってるはずないだろ。第一事件の事を知ったのは今朝なんだ。得意の魔法で警察署なりなんなりに忍び込んで資料を見てくれば良いじゃないか」
「ああ……なるほど……いや、これは失礼をした。しかし、君に叱られてから盗み見るのも何だか悪いような気がしてきてね……全く、こんな気持ちになるのは懐かしいその瞳のせいか……」
「僕の目がどうだって言うんだ……」
「君の目は特別なんだ……そうだな……このコイン、表には価値を表す数字が書かれているのだが、数字と一緒に描かれている模様は何か? ちょっとゲームをしようじゃないか」
そう言ってカイは拳の上に添えた親指の上に、500円玉より少し大きい、くすんだ銀色のコインを乗せると真上に弾き飛ばす。コインは勢いよく回転し、唸るような音を立てながら上昇を始める。上で待ち構えた手に握られるまで、一瞬だった。
しかし、集中すれば僕にとってそれは容易い事だ。『見る』と言う事だけに関して言えば自信がある。
「十と言う文字と、女性がコウモリの様な羽根の飾りがついた冠を被った像。上の手に握られるまで四十一回、回転している。」
「……回転数までは聞いていないが……まぁ、正解だ……所で、これが普通の人間にはどう見えるか知っているかい? 」
「どう見えるって……僕が見た通りじゃないとでも言うのか」
「これはああやって弾くと、マンティコアの模様に見えるはずなのだよ。僕の握力や滞空時間、そして、あの回転速度なら恐らく、この世界で最高の動体視力を持った物ですら見分ける事は不可能だ」
「はぁ? 」
「端的に言うと、君の運動神経は亀並みに鈍いが、動体視力は別格だ。意図して見ようとした物は全てストップモーションの様に見えるはずだ……それどころか……」
「えーっと? 」
「君は産まれた時からその環境にあるから分からないかも知れないが、普通では無いと言う事だ。僕が知りうる限りでその力を持った物は二人目の主だけだった……」
そう言って誇らしげな表情で僕に二人目の主が持っていた目の事について語る。
「もっとも、君のそれは、あの御方程の力は無いが……いや、しかし、僕を視認出来る時点でやはりそうなのか……おっと、そろそろ術式が解ける時間なので失礼するよ……いや、しかし、これだけの逸品……持って帰る事が出来ないのが残念だ……」
そう言ってカップの底に残ったコーヒーを名残惜しそうに飲み干し、カップをテーブルに置いた。コトリ……と音が鳴ったその瞬間、不意に押さえられていた怒りの感情が吹き上げる。
「なんなんだアンタは!? 人を小馬鹿にしているのか? 」
自分でも驚く程、大きな声でカイを怒鳴りつけていた。
「……つな君……セツナ君? 」
背後でマスターの呼ぶ声が聞こえる。ハッとして辺りを見回す。両手をカウンターに付いたまま、気がついたら窓の外を眺めていた。
「セツナ君? どうしたの? さっきからずっとボーッとして」
「いえ……」
「あれ? 誰かお客さん来てた? 何かコーヒーの香りがするけど……」
「いや、そんなはずはないですけど……」
「でも、ほら……あれ……」
マスターが目を向けた先は先程、カイが座っていた場所だった。
「いえ、僕、知らないですし、マスターのお客さんだったんじゃないですか? 」
さっきそこに居た人物が誰なのか、それを確認する為、あえてマスターに振ってみる。
「いや、今日はあの席使ってないし……まぁ、いっか」
「……あ、僕、片付けます」
そう言ってカウンターから出ると、すぐさまカイが残したコーヒーカップを手に取った。カップは既に冷え切っていて、底に残っていたコーヒーは少し水分を飛ばし、ほんの僅かに残ったコーヒーの縁には跡がくっきりと付いていた。
カイは客なんかじゃない……僕の敵だ。その敵が残したカップを片付ける事に少しばかり敗北感に似た複雑な感情が心の中で渦巻く。
イライラする……
「あれ? そのカップ、ウチのじゃないね」
僕が持ち上げたカップを見ると、マスターはカウンターに戻った僕から興味深げにそれを奪い取り、しげしげと見つめた。
「へぇ……なんか不思議な魅力を持ってるカップだなぁ……ねぇ、これ僕が貰って良いかな? 」
「僕に聞かないで下さいよ……僕のじゃないんだし……」
「じゃあ、もーらいっ!それにしても不思議だね。もしかして幽霊のうわさ話をすると本当に出るってあれ、嘘じゃないかもね」
僕はカイがカップに掛けた人差し指を思い出す。左手の人差し指、彼の間接は三つ……だった。
「さぁ、どうなんでしょうね……」
僕は極力冷静を装う。
カイとの会話を思い返してみる。確かに彼との会話をしている時は、気分が比較的穏やかだった気がする。それなのに何故、今はこんなにイライラしているのだろう。
魔法使いは魔法で相手の感情をも動かす事が有ると言うが、僕はまんまとその魔法に掛かっていたのだろうか。認めたくは無いが、多分そうなのだろう。話術一つで剣を――と言っても僕のは只のカッターなのだけど――納めさせ、思うがままに心を動かされた敗北感。
気を許していた訳では無いけれど、僕はまたしても彼に『負けた』訳だ。
苛立ちではなく、この感情が自分の非力さに対する悔しさみたいな物だと自覚する。でも、自覚をしたとして、一体どう対処すれば良いと言うのか……今の所僕に出来るのは逃げる事だけだと、改めて思い知らされた。
時計が二十時半を回る頃だった。僕とマスターはようやく店の片付けを終え、一服しようかとなった時、ようやくハカナが店へやってきた。
和服にコートを羽織って、少し息を弾ませながら肩に乗った雪を払うと、大きくため息をつき息を整える。
「はぁー間に合ってよかった……近道使えないから間に合わないかと思ったよぉ……」
「ああ、おつかれさま。急がなくても待っててあげるのに」
「ありがと。それにしても、お爺ちゃんの家出たらこの雪なんだもん……何か検問とか張ってて、バスとか止まっちゃうしで、ホント大変だったよ」
「お、いらっしゃい!ハカナちゃんも和服着るんだ、へぇ……似合ってるよ」
そう言って二人分のカップをカウンターに置くと、寒そうにしているハカナにも何か無い物かとすかさずに声を掛ける。
「お疲れ様。いまハカナちゃんの分も作ってくるから。何か飲みたいものあるかい? 」
「あっ、私ミルクがいいです。ホットミルク甘くしてください」
「おーけー!じゃあチョットまっててね」
そう言ってマスターは再び厨房へと消えていった。
「今日も暇だったんだ? 」
「え……? なんで分かるの? 」
「ふふ……顔に書いてあるもの」
「あのねぇ……家でならいいけどさ、外に出てまで僕の事を子供扱いするのいい加減やめようよ? 」
「あっ……ゴメンね? そう言うつもりじゃなかったんだけど……どうしてだろうね? これが兄姉じゃなくて対等な立場の他人だったらさ、子供扱いとかそういう風にとらえられてたのかな……とか」
「うーん、それ、考えた事無かったね。そうだねぇ……友達とか……そう、恋人……とかなら挨拶みたいなもんかなぁ。そうして考えてみると何か不思議だね」
「ふふ……そうね。見方を変えるだけで言葉一つでもこんなに違うなんて、不思議だね。でね、私はこれからもせっちゃんと対等で居られたらなって……そう思うの」
「ゴメンね。僕さ、そんな事考えた事無かったんだ。やっぱり国語の授業をサボってたツケかなぁ……」
「いいよ。せっちゃんがそうやって分かってくれただけでいいもん」
「朝……の事とかさ、あたってゴメンね? 」
「ああ、あれはせっちゃん本当に子供みたいだったから」
そう言ってハカナは笑った。
「お待たせ。ハカナちゃん。何か二人して楽しそうだね。兄姉か、いいなぁ……」
マスターはハカナの前にホットミルクを静かに置くと、ようやく自分のコーヒーを口にする。余程美味しかったのか深いため息をついて、それからようやく目に光りが戻ってきたように見えた。想像力を使う仕事は随分と疲れるみたいだ。
「マスターのご兄弟は? 」
「ああ、姉が居るんだけどね、結婚してフランスへ行っちゃったんだ」
「ええ、フランスですか? 」
「そう。旦那の仕事の関係でね、もう7年になるかなぁ、時々インターネットでメールのやりとりしたりしてるけどね、君達みたいに話したりする事が無くなって、もう随分経つね」
「フランスって遠いですね」
「うん。遠いねぇ……」
マスターは遠い国へ居る姉を思いながら再びカップを口へ運んだ。
「すっかり遅くなっちゃったね」
ハカナは腕時計を見ながらそう言った。僕達は閉店間際のスーパーで半額の総菜といくつかの食材を買い付け、帰路の途中だった。雪は止んでいたが、やはり寒さが身に染みるのか、ハカナは時計を見る為に出した腕を急ぎ隠すと、少し身震いをした。
「やっぱり、携帯とか買った方いいんじゃない? 」
「うううん。今のままで間に合ってるし、必要になったら買うかも知れないけど、まだいらないかなぁ……って、せっちゃんも持ってないじゃない」
「そうだけどさ、何て言うか心配なんだって。お茶とかやって帰り遅くなったりすると……この前だってさ、冬華さんに助けてもらったじゃない? 」
「うん。でも、あの道は、もう通らない事にしたし、それに私……あのピピピッって甲高い音、どうしても苦手で……」
「バイブにすれば良いよ」
「うーん、それも苦手だよぉ……やっぱりいいよ。使う機会だってそんなに無いんだし」
「そっか、でも、必要に感じたら何時でも買って良いんだよ? 」
「うん。ありがと」
「あ、その白菜と缶詰の袋、僕が持つよ」
「え? いいよ……せっちゃん、お総菜と牛乳の袋持ってるし……」
「駄目だよそれじゃあ、ハカナがご飯作る分、僕は力仕事をしなきゃ……ね? 」
そう言ってハカナの手から買い物袋を取り上げた。
ハカナは和服をきて、背中には剣道の竹刀や大きな鞄を背負って……流石に疲れているハカナに、これ以上荷物を持たせたくは無かった。
身軽になった両手で身振り手振りを交えながら放課後の出来事を僕に話す。部活の話や、祖父が寒さが身に染みて腰が痛み出しただの、祖母の足が最近良くなくて、今日は特に悪かっただの……暫く祖父の家へ顔を出して居なくても、こうしてハカナと話をしていると、二人がどうしているのかがよく分かった。
「そういえば、おじいさん、セツナも遊びに来ないのかー? って漏らしてたよ」
「ああ、そうだね。たまにお婆ちゃんの作った麦巻きでも食べにいこっかなぁ……」
「ふふ……せっちゃん麦巻き好きだもんねぇ」
「ああー、何か話してたら食べたくなってきたなぁ」
「帰ったら作ってあげるよ。せっちゃん見てたら私も食べたくなっちゃった」
「うん」
雪がちらついてきた。
ハカナに聞かされたせいか、何となく、久しぶりに祖父に会いたいと思っていた。ほんの二・三ヶ月程会わないだけだったのに、最後に会った日が随分と昔に感じられる。あの時はまだ暑かったから分からなかったのだけど、年を考えるとこの寒さは相当身に染みるだろう。
「どうしたの? 」
「いや、爺ちゃんどうしてるかなって……この寒さだし、雪かきとか大丈夫かなって」
「だから、おじいちゃんの所に遊びに行ってあげたら良いのに。きっと凄い喜ぶよ? 」
「だなぁ」
「お小遣いも貰えるかも」
「流石にバイトしてる身でそれは貰えないよ」
僕は笑いながらハカナにそう言った。
「でも、おじいちゃんの中で、私とせっちゃんは何時までも小さい時のままだって言ってたよ」
「うーん、爺ちゃんには叶わないなぁ……」
小さい時、こんな寒い夜にお茶を啜りながら食べた麦巻きを再び思い出す。
「ハカナ、麦巻き食べながらお茶飲もうね。ほうじ茶!もう僕お腹ペコペコだよ……」
ハカナは黙って頷いた。
何故かは分からないが、あの水と砂糖と小麦粉だけの、素朴な味わいがとても恋しくて知らずの内に足早になった。
ご飯を食べるのが先か、麦巻きを食べるのが先か……
いずれにしても今の僕ならご飯も麦巻きも、テーブルの上に山と積まれたら、それを全部平らげる自信があった。




