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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ壱 鈍銀(にびぎん)の杖を抱える者
17/38

11月30日-1

――「えーっ、では次のニュースです。昨日夕方頃、身元不明の……」


 朝っぱらからけたたましいBGMと共にテロップがテレビに流れた。昨日の夕方、僕達の町で殺人事件があったらしい。

 春瀬さんが言っていた夕暮れ時の話が頭をかすめたが、寝不足の頭にはそこまで思い出すのが精一杯で、それ以上、考えたくはなかった。

 寝不足……と言ってもゲームをやり過ぎた訳で無く、ハカナをある意味刺激する出来事が続いたせいか、妄想が膨らみ過ぎて寝付けないハカナが、僕の部屋で延々とその事を話していたのだ。そう言う話は嫌いでは無いので、その話に付き合っていたら、えらく睡眠時間を削られてしまった。

 睡眠時間は僕と殆ど変わらないはずなのに、当のハカナは何時も通り早朝から元気に家事をこなす。

 申し訳ないとは思いつつも、僕は強い眠気に少し苛立っていて、変に声を掛けられたら何時でも突っかかって行きそうな状況だった。


「せっちゃん? 」

「ん? 」

「ほっぺ。卵の黄身ついてるよ」


 そう言いながら僕の頬に指を滑らせ黄身を拭き取ると、ペロリと舐めた。


「ああっ!もう!そう言う事しないでよ。何か僕、子供みたいじゃないか……」

「だって、もったいないよぉ。それにご飯の時はボーッとしちゃいけないって。お米とか作ってくれた人に失礼だよ」

「うるさいなぁ……分かってるよ。朝からあんまりうるさく言わないでよ……」


 僕が不機嫌そうに言い捨てると、ハカナは珍しくシュンとしてしまった。


「あ、ご……ごめん」

「いいけどさ……心配なんだもん。この前だってさ、冬華さん送ってきてから様子おかしかったしさ……」

「うん……ごめんね。ちょっとさ、色々考える事があってさ……ゴメン」


 そう言って僕は再びテレビの方を向いた。

 やってしまった……


「ハカナ……この事件ってさ……僕達の町で起こったんだよね? 」


 レポーターが手で指し示す場所は僕達がよく知ってる商店街で、それでも何故か事件が起こった実感が無く、思わず聞き返してしまう。


「みたいだね……嫌だなぁ、こう言うの。朝からあんまり見たくなかったよ……」


 僕はハカナの言葉を聞き流しながら、テレビを見つめる。

 何か他人事では無いような気がした。もしかしたら何時かはこんな風に、僕がテレビに……いや、今はそれを考えるのはよそう……そう思えば思うほど、この奇妙な殺人事件の内容は僕の耳を引きつける。

 何より興味を惹かれたのが、被害者は女性三十代半ばと思われる……と言うのは、この女性の身元が不明だと言う事。身分証から自宅を割り出した所で、その女性の存在を確認できる物は一切無く、また、町中の、それも一番人通りの多い商店街での犯行に関わらず、誰一人目撃者が居ない……

 そう、まるでセカイから切り捨てられたようにその女性の人生は幕を閉じたのだ……

 恐らくハカナもニュースの内容は耳に入っていたのだろうけど、極力気にしないようにテレビから目を反らしていた。


「せっちゃん……」

「どうしたの? 」

「チャンネル変えていいかな? 私、やっぱり、こう言うの苦手だよ……」


 そう。僕達の母親も誰かに殺されたのだ。犯人は結局見つからずじまいで、何の為に死んだのか? それすらも明かされぬまま今に至る。

 母親の知り合いや友人達は何事も無かったかの様に今は過ごしていて、まるで僕達の母親だけがあの時間に置き去りにされたようだと、ハカナは随分前に話していた。その事を思い出してか、ハカナは少し悲しそうな表情でうつむいていた。


「ああ……そうだね……」


 そう言って僕はチャンネルを変えると、子供向け番組の陽気なオープニングが丁度始まった所だった。


「ごめん……思い出した? 」

「……うん……」

「ごめん」

「うん。大丈夫だよ」


 今でもはっきり思い出せる。

 あれは真っ白い雪の上だった。僕達の母親が倒れてて、その下でじわじわと、僕が駆けつけた後も血は滲んで何処までも広がった。

 第一発見者のハカナは、警察に執拗なまでにその時の状況を尋問され、夜遅く帰ってきた時には目が死んだ魚の様に乾いて、何処を見ているのか分からない、虚ろな目で僕達の前に現れた。それでも母親の顔にかぶせられた白い布を剥ぐとポロポロと涙をこぼし、僕以外誰も受け付けないほど、その場で声を上げて泣き崩れた。一番辛いのは、お母さん子のハカナなのに、よりによって一番怪しまれてしまっていたのだ……


 考え出すときりがなかった。

 あの時、僕がもっと強く気持ちを持ってハカナに接してやれれば……

 何も言わない親父との仲が嫌悪になったのもその時からだった。ハカナを気遣う言葉一つ口にせず、僕が子供だからか、何を言っても返事を返してくれない親父を僕は、あの時から許せないでいる。


「あっ。みてみて!せっちゃん。やっぱモッチー可愛いなぁ……」


 少しは気が晴れたのか、嬉しそうにハカナが声を上げる。

 モッチーと言う子供向けの番組のマスコットキャラがおどけて見せた。二等親の全身ピンクの毛むくじゃらで、目がぎょろりと大きい愛嬌のあるキャラが『おはよう!』という。

ハカナはそれにたいして『おはよー』と言ってクスクスと笑った。


「ハカナさぁ……そんなんだから子供っぽいって言われるんだって。ロースケとかにさ、お前はガキくせぇ!つか、ガキだコノヤロー!って言われるの、そう言う所からなんだと思うよ? 」

「ええー? ろー君は私のケーキ食べちゃうし、そう言う人の事なんて知らないもん。ろー君よりモッチーのが可愛いもん」


 そう言ってプクッとふくれる。

 そう言う所が……僕は言いかけて止めた……


「そう言えば今日もせっちゃんバイトあるの? 」

「え? うん。僕はクリスマスまでは毎日だって春瀬さんに言われてたしさ、がんばろうと思ってるよ。今年のクリスマス会は豪勢にやりたいしねぇ……」

「じゃあさ、今日も一緒に帰ろ? そろそろ冷蔵庫の中も寂しくなって来たし……」

「ああ……そうだね。うん、じゃあ稽古が終わるまで僕、店でまってるからさ」

「うん」


 そう言ってハカナは嬉しそうに頷く。その瞬間、僕達を追いかけるようにテレビの上にテロップが流れ始めた。まだ冒頭ではあったが、何を伝えようとしているのか僕は直ぐに理解すると、直ぐさまテレビの電源を落としてしまう。


「あっ!もう!せっちゃんひどいー!」

「いやいやいや……ご飯を食べている時にテレビを見るなんて、作ってくれた人に失礼だって」

「ちがうよ。ご飯炊いたのは私だし、目玉焼き作ったのも私だからいいんだもん」

「でもさ、お米作ったのってハカナじゃないでしょ。目玉焼きの卵を作った人だってそうでしょ? 」

「う……言われてみればそうかも……」

「そうなんだって。そう言う物だから、我慢してご飯たべよ? 」

「う……うん……そういう物なら仕方ないよね……モッチーゴメンね」


 ごめんね。


 僕は心の中でハカナに対して呟いた。

 ハカナは十分に悲しんだし、苦しんだ。だから、もうこれ以上余計な事を考えさせたくは無かった。

 テレビが消えた食卓は静かになると思われたのだが、ハカナが昨晩の話題を蒸し返す。いい加減うんざりしていたのだが、テレビを消してしまった手前、気まずい空気にする事も無いだろうと、仕方なしにハカナの相手をするより無かった。




 こんな何も無い町でも、事件が起こったとなると、人はどこからとも無く押し寄せてくる。それが珍しい、謎に満ちた事件なら尚更だ。

 迷惑な事に僕達が学校へ行くために一番短いルートの上でその事件は起きた。だから、僕達は人混みを避ける為、また、巻き込まれてもいいように、いつもより早く家を出ざるを得ない。朝食を済ませると、鍋に張った水の中へ食器を放り混み、いそいそと家を出る。

 今日もカノは僕達の前に学校へと向かったらしい。玄関から学校への道筋にカノの足跡だけがはっきりと残されていた。


「カノの奴、一体何時に家を出るんだろうね……」

「カノちゃんは生徒会の仕事の当番だから、私達より1時間位早くでてるんじゃないかな? 」

「ええ? ホントに? 僕じゃ絶対、勤まらないなぁ」

「せっちゃんはねぼすけさんだからね」

「いやぁ、僕もやる時はやるもんなんだって……」


 そんな、他愛もない会話をしながら僕達は玄関の鍵を閉めた。


 学校へ向かう途中、現場へ近づくに従って僕の好奇心が少しずつ頭をもたげ、黄色いテープを遠目に見かけると、いよいよそれは押さえがたい衝動へと変わっていく。それに、もしかしたら殺された人の『影』が残っていたなら、この謎多き事件の手がかりが何かつかめるかも知れないと思うと、居ても立っても居られなくなった。どうしても現場を見ていきたい事をハカナに話すと、ハカナはどうしても現場に行きたくないらしく、結局、現場の手前で別れることになった。

 一人になると嫌が応にも僕は足早になる。ちなみに、ちゃんと時間までに学校へ行く事を約束させられたのは言うまでもない。


 現場へ着くと、粗方、片付けられた後の様で、黄色いテープで囲まれた中に、殺された女性の姿をかたどって描かれたチョークの後だけが生々しく残っていた。やはり、と言うか、いったい何が殺人事件と断定せしめたのか、現場を見るだけでは全く想像がつかない。

 人が死んだ後に残る、僕だけが見る事の出来る『影』は痕跡すら残って居なく、気配が不思議と穏やかで、まるで最初からその場所で事件が無かったかの様な錯覚に陥る。殺人事件現場の割りに、地面が汚れていなかったし、何よりも……そう……『死』に群がる気配――死神の様な物――が全くと言って良い程無かったからだ。

 テレビでも報道されていた通り、証拠が全く見つからない為か、現場保存の為、一時的に配置されている警官の顔つきが厳しい。その顔を見て何だか申し訳ない気持ちになった僕は、好奇心のみで現場に来た事を少し後悔した。


 サッサと学校へ戻ろう……


 そう思い視線を上げる。と、神妙な面持ちで現場を見つめるロースケの姿を見つけ、それとなく声を掛けてみた。


「あれ? ロースケも来ていたの? 」

「ん……ああ」


 何とも気のない返事に、何時もの調子で無い事を伺わせる。

 ロースケは、考え事をして居る時の癖で、右耳のピアスを忙しなく弄り、それきり僕達は言葉を失う。暫くしてもロースケの様子が変わらない事に僕は痺れを切らし、何か思い当たる事でも有るのかと尋ねると以外な返事が返ってきた。


「身元不明の仏って結構多いんだぜ? って、まぁ普通の人は知らねーだろうけどな……俺んちにも時々供養してくれってくるんだけどさ、まぁそう言う事は大概、外に漏らさないでくれって。散々釘さされんだけどよ」

「でも僕にいってるじゃないか」

「ばっか。おめーは俺の身内同然だろうが。身内なら別にいいんだよ。でもよ、それにしてもおかしいよな? 免許証とか社員証とか持っててさ、事件が起こったら誰も知りませんでしたーとかって、どう考えてもおかしいだろ……ありえねぇって……」


 そう言ってその場に背を向けた。

 口調から察するに、今回の仏は、ロースケの家に供養を頼みに来たのだろう。


「生きてきた記憶とか記録とか意味とか……そう言うの、全部失って世界から切り離されるって何だよ……ありえねぇって……誰か覚えておいてやれよ……クソが……」


 不意に辺りが騒がしくなった。

 何処かのテレビ局のレポーターが到着したようで、少しの機材と、慌ただしく手鏡を見ながらメイクを直す女性の姿でそれと気付く。


「行こうぜ……胸糞わりぃ……」


 吐き捨てるようにロースケはそう言ってその場を後にする。何故か分からないが悔しそうな顔をしていた。多分、ロースケも自分の存在理由とか、価値とか、そう言うのを見極められなくて、そう言うのを探している時に起こったこの事件に、自分の思いを重ねたのだろう。僕も何となくその気持ちは理解出来る気がした。


 現場の前でカウントダウンを始めるカメラマンの声が辺りに響く。


 僕はその場を後にし、ロースケの背中を追って学校へ向かった。

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