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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ壱 鈍銀(にびぎん)の杖を抱える者
15/38

-8-

 来客を見てガッカリ、というか、少し拍子抜けした。

 何の事は無い……僕の最初の接客はハカナだ。


「あれ? まだ約束の時間にはまだ早いと思ったんだけど……」

「う……うん。その予定だったんだけど、今日、バスケ部の人達が練習試合だって事忘れちゃってて、それで体育館使えなくって……」

「ああ……なるほど」

「あれ? セツナ君のお知り合いかな? 」


 僕達の会話を聞いてマスターが厨房から出てきた。


「はい。兄姉のハカナです」

「ウチのセツナがお世話になってます」


 ハカナはそう言ってペコリとお辞儀をした。『ウチのセツナ』その言葉が妙に引っかかる。確かにハカナはしっかりしているけど、その母親みたいな振る舞いは止めて欲しいものだ。


「やや、これはこれは丁寧に。此方こそ……まぁ、今日はハカナちゃんがセツナ君の接客一号になるくらい暇だったりするんだけどね……」

「ふふ……そうなんですか? 」

「まぁ、折角だからカウンターにでもどうぞ。ほらっ!セツナ君注文とって」


 マスターに促されるままカウンターに座ったハカナに向かい合い、少し照れながら僕は始めての注文を取る。

 何の事は無いと思っていたが、最初の接客相手がハカナだった事は僕には幸運だったのかも知れない。バイト料の事ばかりに頭がいってしまっていたけど、僕は初めての人とのコミュニケーションを取る事が上手い方では無い為、こうして現場で練習出来るのは願ったり叶ったりだ。


「コホン……注文はいかがいたしやしょう……」


 噛んでしまった……。目の前に居るのは何時も顔を合わせているハカナじゃないか。そう自分に言い聞かせるも、言い慣れない言葉と若干の照れで、上手く口が回らない。


「セツナ君……時代劇とかじゃないんだから……いたしやしょう……は、無いだろう? 」

「あ……はい。では改めて。ご注文が、お決まりになりましたら、何時でも、お申し付け、下さいましぃ」

「うーん、ちょっと色々……うーん、まぁいいか。よしとしよう」

「ふふ……そうね……それじゃあ、コーヒー頂こうかな。えっと、カフェオレがいいなぁ。うん、それで……ふわふわの生クリームを沢山乗せて下さい」


 今日、コロネを食べる時はあれだけ体重の事を気にしていた癖に、生クリームを沢山とは……斯くも甘い物とは女子を魅了する物なのだろうか。そう思いつつも、今はハカナがお客さんだ。そこを忘れてはいけない。


「かしこまりました。では少々お待ち下さいましぃ」

「うん……まぁいいかな。それじゃあハカナちゃん。ちょっと待ってて下さいね」


 僕の不慣れな接客に、微妙な顔をしながらマスターは厨房へ入っていった。


「それにしても今日、凄く寒かったよねぇ。放課後辺りからかな? 急に冷え込んだの。おかげで……って言いうか、そのせいでか、夕焼けが凄い綺麗だったよ」

「そうだね、僕が外に出た時はもうホント、底冷えするくらいだったからさ」

「そういえばさ、帰る時ろー君に会ったよ」

「あれ? 結局、放課後までちゃんと学校にいたんだ」

「そうみたいだね。それでね? 何処行くのーって聞いたら、本屋行くって言ってたから、何の本見に行くのって聞いたら、世界を滅ぼす禁断の呪文の書だって。ろー君、時々訳分からないよねぇ」

「いやいや、違うって、それはロースケ流の冗談だから。何でも最近、古本屋で前から探していた本を見つけたらしくてさ、それが売れないかどうか監視しにいってるみたいだよ? 」

「ええ? 予約とかしておけばいいのにねぇ」

「店主が頑固で予約させてくれなかったんだって言ってたね。まぁ、最近は変な仲間ともつるんでないみたいだし、それはそれで良いんじゃないかな」

「そうだね。前なんか、せっちゃん焼き餅やいてたしね」

「ち……ちがうよ!いっつも勝手に上がり込んできてさ、僕の都合なんか関係無くだよ? それなのにさ……」


 僕自身もロースケが暫く遊びに来ない事で、一時期拗ねていた事を薄々は自覚していた。しかし、それを実際言葉で言われると、心の中を見透かされていたようで、何とも恥ずかしい物だ。思わずハカナの言葉を否定してしまったけど、暗に、それはその通りでした、と、公言しているような物で、言ってしまった後で僕はそれに気付き、恥ずかしさで言葉を失う。


「まぁまぁ……そう声を荒げないで……」


 マスターはそう言いながら、トレイに3人分のカフェオレ・生クリーム乗せを持ってきた。塗されたココアパウダーがバニラの甘い香りを引き立て、コーヒーの香ばしい香りが店内に広がる。


「僕も青春談義に参加させてもらっていいかな? どうせお客さんはいないし……」


 ハカナに差し出されたカフェオレは、傍目から見ても生クリームが特盛りではあったが、無骨に盛りつけられていたわけでは無く、何処か洗練されていた。よくよく見るとカップの模様が一つだけ違っていて、飲み口も僕達の物より少しだけ広かったが、模様のおかげで実際よりも小さく見える。

 こう言う気の利かせ方は流石大人と言った所だろうか。当たり前の事なのかも知れないけれど、僕はさりげない気配りにただただ関心……と言うか、唸るしか無かった。


「うわぁ……美味しそう」


 ハカナは嬉しそうに目を輝かせ、静かにカップを手に取る。キメの細かい生クリームがプリンの様に少しだけ揺れた。添えられたスプーンで生クリームを少しだけすくい取り、口の中へ入れる。ゆっくり味わった後に深いため息を付く。その顔はとても幸せそうで、それだけでどれだけ美味しかったかが分かるくらいだ。


「ふふふっ。幸せだなぁ……幸せってこういう事だよねぇ……」


 カップの上に盛られた生クリームを恍惚の表情で眺めているハカナは、話しかけてもしばらくは返事が返ってきそうに無い。余程気に入ったのだろう。


「生クリームはいいけどさ、コーヒーは熱いから気を付けてね。そうだ。セツナ君もカウンターへ座りなよ……この調子だと今日はもうお客さんは来ないだろうし、ついでに店の札を裏返して来てくれないかな? 」

「ええ? いいんですか? 僕達に気を遣ってくれて居るんならそこまでしなくても……」

「いいんだよ。照明を早めに落としたらその分、電気代の節約にもなるしね。ほらっ、コーヒーだって冷めちゃうんだから早く」


 僕は言われるままに店の札を裏返し、店の数少ない小さな窓に垂れ幕を降ろした。


「そう言えばマスター。アイラさんとは何時結婚したんですか? 」


 カウンターの、ハカナの隣の席にて一息つき、コーヒーを口にするよりも先に好奇心が口を動かす。


「ええ? どうしたんだい突然」

「いえ、何となくなんですけど、アイラさん凄く若いみたいだし、マスターとは幾つ位、離れているかな? とか」

「おいおい……僕とアイラは同い年だよ……」

「ええ? でもマスターって三十代……ですよね? 」

「そうだよ。今年で三十三になるね」

「アイラさんって、どうみても十八から二十代入りたてにしか見えないんですけど……」


 軽い衝撃を受ける。

 マスターはどう見たって三十代だが、それが本当なら、アイラさんは、まるで時が止まってしまったかの様に若く見えたからだ。


「はっはっは。本人が聞いたら喜ぶと思うよ」

「ねね? せっちゃん。アイラさんって誰? 」


 僕とマスターの話に色恋の匂いを嗅ぎつけたのか、チビチビと生クリームをついばんでいたハカナが、おもむろに会話へ割り込んでくる。どうやらロースケと冬華さんのアレが未だに尾を引いているようだ。


「マスターの奥さんだよ。もの凄い美人なんだ。ハカナが来る少し前に来てたんだけど」

「ええっ!見たかったなぁ」

「ちょ……ちょっと、あんまり褒めないでくれるかな……なんていうかそう言ってくれると嬉しいんだけど、その、気恥ずかしいっていうかさ……」


 そう言いつつも、マスターは嬉しそうな表情を浮かべている。まぁ、身内を褒められて悪い気をする人なんてそうそう居ないだろうし、まして、愛しい妻ともなれば殊更かもしれない。


「で、結婚してどれくらい立つんですか? 」

「ああ、僕達ね、大学の時に結婚したんだよ。そう……19の時だね」

「ええ!せっちゃん!19だって!が……学生結婚だよ!? どうしよう」


 ハカナは顔を真っ赤にしながらもその先の話を期待してか、目を輝かせて僕に問いかける。


「私たち、もう2年しか猶予ないよ……どうしよう!」


 どうしようと言われても、僕の方がどうしようと言う感じなのだが……そんな目で見られても、僕には答える事が出来る様な経験など、一切持ち合わせていないのだから、こればっかりは答えようも無い。


「いやいやいや……セツナ君もハカナちゃんも焦る必要は無いよ。僕達の時はそうする事が必然と感じられたからそうしただけでさ、

 君達も然るべき相手と出会って、然るべき時が来たら分かると思うさ」

「運命的な出会いって奴ですか? 」

「もう……セツナ君は大げさだなぁ……でも、あー何か言ってて恥ずかしくなってきたよ。ヤメ、ヤメにしよう」

「いいじゃないですか……そこだけ、これで最後ですから」

「ああ……うん。僕の一目惚れだったんだ。桜の花が散る頃だったかなぁ、花吹雪の中、一人白い和服を着て……はぁ……やっぱり駄目。勘弁して」


 そう言いながら、マスターは耳まで真っ赤になりながら厨房へと逃げていった。


「いいなぁ……」


 ハカナはスプーンで生クリームを突きながら、ぽーっとした顔で不意につぶやいた。


「14年経っても大切に想われるって、うらやましいね。私は……どうなんだろう……」


 何がどうなんだろうか? それ以前に、全く危機感らしき物を持ち合わせて居ない僕自身が「どうなんだろう」と言いたい。

 マスターが厨房へ籠もってしまい、二人だけになった僕達はしばらく他愛も無い話をしていた。しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したマスターが戻ってきた時は既に七時を回っていて、結局、その日は仕事らしい仕事をせずに店を後にした。


 外は相変わらず冷えていて雪が降り始めていたけど、それでも風が収まった分、店に来る時よりもほんの少し寒さが和らいだ様に感じられる。日が沈んだ町のイルミネーションはより一層華やかに、煌びやかに夜を盛り立てて、赤と緑が雪の白と空の黒が相まって、尚更鮮やかに見えた。ハカナは時々頭につもった雪を気にしながらも、僕の横でマスターとアイラさんの事について、色々思いを巡らせながら時々一人でにやついている。


14年後……か……


 僕に、明日が来るって限らないのに……でも、14年後もこうやって楽しく過ごせているような気がした。僕が思う所の楽しく……と言うのは、あくまで僕の個人的な希望で、ハカナやカノやマスターがそれを望んでいるかは分からないけど、でも、今の楽しい時間がずっと変わらず続いていく……そんな事を心の何処かで信じていた。

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