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最果てのセカイ  作者: 喪須田 範太
巻ノ壱 鈍銀(にびぎん)の杖を抱える者
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プロローグ

――今年は例年に比べ雪が多い。

ニュースでも、日常会話でも、飽きる程に何度も聞かされた言葉。

そんな事を言われなくても外に出て見れば分かるって……


 僕が産まれる前はもっと酷かったと親父は言っていた……が、まぁ、そんな事は僕に全く持って関係ない事で、知る必要も無いと思った。ただ単に共通の話題が無いから言ってみた……程度だと言うのは何となく分かるが、仕事ばかりで家を開けっ放しの親父を嫌悪にしている僕にとっては、耳障りなだけだ。

 そんな事よりも目下問題視している事と言えば、もう始業のベルが鳴る頃にも関わらず未だ学校へ到着する目処が立たない事――

ゲームにはまり、夜更かしした自分の落ち度は認めよう……

しかし、それでもこんなに雪が積もらなければ運動が苦手な僕ですら、走れば余裕で今は自分の机に着席しているはずだった。

 交差点の信号待ちが煩わしく感じる中、時折響くクラクションの音が尚更僕の神経を逆なでする。どうにもならない状況に心の中で舌打ちをしながら、信号を凝視し、青に変わる時をひたすら待った。目の前を何処かの運送屋の車が黒い煙を吐きながら通り過ぎていき、オイルか何かが焦げた様な鼻につく匂いが後からそれを追いかけていった。


ああ……もう――


 とげとげしい気持ちを振り払うように、空を見上げる。相変わらずのペースで白い物は降り続けていた。不意に背後のビルとビルの間をすり抜けてきた突風が地面の雪を吹き上げ、僕の横を通り過ぎていく。頬をかすめる冷たさに思わず身を捩り、少しでも寒さから逃れようとしても、防寒具でカバーされていない所から冷気が容赦なく体温を奪い、ほんの数秒の事ではあったが、今ので随分と体が冷え込んだ。地吹雪が止み、ようやく目を開くと、さっきまで忙しなく目の前を行き来していた車が速度を落とし、列を作り始める。背後では今か今かと、信号が青に変わるのを待っている人の気配がさっきよりも多く感じられた。


これでやっと商店街のアーケードに逃げ込める。


 そんな事を思いながら視線を上げる。と、そこに、やたらと人目を引きそうな奇妙な格好をした人間を見つけた。厚手の麻と思われる生地で作られ、端々がボロボロになって、くすんだ黄土色のみずほらしいマントとフードを目の下まで深々と被り、立っていた。マントを着込んで居る為、その中を詳しく伺い知る事は出来なかったが、少なくとも手首と膝の辺りは包帯の様な物で絞められており、恐らくは長い旅に耐えてきたであろう靴は、辛うじて革で出来ているらしい事が分かる程にボロボロになっている事は伺える。


 奇妙な格好をするだけならまだ良い。そう言う人はこの町にも結構いるのだから……

ただ、それに加えて何か分からない違和感がその人間の存在感を一際際立たせていた。

 信号は既に青に変わり、スピーカーからは『とおりゃんせ』の曲が流れてくる。

人混みは動き出していると言うのに、その人間は一歩も動こうとはしなかった。一歩も動こうとはしなかったが誰ともぶつからない。まるで、みんながその場を無意識に避けているかのように、直径2メートル程の小さな円がその人間を中心に広がっている様に見えた。

口元は何かを呟いて絶えず動き、それ以外は微動だにしない姿を見るに、人と言うよりも物の様にすら思えてくる。僕はその様に見とれて……というか、目を離せずにいると、サラリーマン風の男が携帯をいじりながら、背後から僕の肩にぶつかった。舌打ちをしながら、僕を一瞬睨み付け、歩道を歩いていく……が、その男もまた、奇妙な人物を無意識に避けていった。

 此方の視線に気が付いたのか、その奇妙な人物は少し顔を上げると、フードの奧から鋭い眼光で僕を射貫くように見つめる。風にあおられたフードの横から少し癖のついた黒髪がこぼれ落ちた。胸元まで垂れ下がった艶のある髪の毛は、風に弄ばれ、忙しなく行ったり来たりを繰り返す。

 いつの間にか終わっていた『とうりゃんせ』の曲の代わりに、そろそろ信号が変わる事を知らせる警告音がスピーカーから流れ始めていた。その音に僕はハッと我にかえると、それと同時にフードを被った者は無表情に、瞳だけ僕に向けながら体を起こし優雅に体を翻す。ゆっくりと見下すような視線を僕に残し、横断歩道の前に出来始めた人垣の裏へと消えていった。

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