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ミッドナイトウルブス  作者: 石田 昌行
四章:ロックアップ
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第二十四話:書き換えられる常識

 「レガシィ」が近付いてきてる? そんな莫迦な!

 追い上げてくる一対の光源をバックミラーに認めた刹那、「弾丸野郎(バレットクラブ)」は思わず我が目を疑った。

 なんかの間違えだ。間違えに決まってる。

 そうおのれ自身に毒突きながら、ぎゅっと下唇を噛み締める。

 彼にその行為を成さしめたもの。

 それは紛れもなく、受け入れがたい事実に対する逃避の心理にほかならなかった。

 だが押し寄せてきた現実は、二階堂和也にそんな贅沢を許さなかった。

 クリアしたコーナー数、わずかに四つ。

 たったそれだけの機会を得ただけで、「八神の魔術師」はエボのテールに喰らい付いた。

 車間距離はまさにゼロ。

 完全にテール・トゥ・ノーズと言っていい態勢だ。

「あり……えねェ……」

 ミラーいっぱいに広がる追従車(レガシィB4)のヘッドライト。

 それを目にした二階堂が、戦きながら独り言つ。

「この俺が、この俺とエボのコンビが、振り切るどころか張り付かれただとォ? よりによって、たかがレガシィごときにか? ありえねェ……そんなこと、ありえるはずがねェッ!」

 この瞬間、この「ランエボ使い」の肉体と精神とを混乱という名の悪魔が襲った。

 集中力(コンセントレーション)が乱れ、ハンドル操作がワンテンポ遅れる。

 ただしそれは、「エボ(キュー)」の速さを左右したりはしなかった。

 事実、そのほんの小さな失策に「魔術師」のB4は付け入ることができてない。

 むしろそこで発生したイレギュラーは、ミスを犯した二階堂自身に冷静さを取り戻させるきっかけとなった。

 かすかに逃げるフロントタイヤが、我が身の主に「しっかりしろ」との檄を飛ばす。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け、俺──…

 立ち直りの階を踏んだ二階堂は、必死になって自分の心に言い聞かせた。

 まずはとにかく落ち着いて、キンキンに頭を冷やすんだ。

 バトルの世界に「ありえねェ」なんてことは「ありえねェ」

 たとえそいつがどんだけ突飛に思えても、起きちまった出来事には必ず理由があるはずなんだ。

 頭を落ち着かせてそいつの尻尾を掴まないことにゃあ、(ミブロー)のペテンに嵌まっちまうぞ。

 そんなことになろうもんなら、それこそ芹沢の二の舞だ!

 考えろ、考えろ──あの男がいくら「魔術師」と呼ばれてるからって、クルマをワープさせたり空を飛ばせたりすることができるってわけじゃねェんだ。

 だとしたら、そこには必ず理由がある。

 エボより遅ェレガシィでこの俺のケツを突っつけるだけの理由が、必ずどこかにあるはずなんだ。

 そしてその答えを見付けることこそ、奴に打ち勝つ最短コースなんだ!

 見かけによらず緻密な頭脳が、解答を求めてフル回転を始めた。

 集積された情報が、次々と間を置くことなく再検証(リサーチ)される。

 そしてその結果は、たちまちのうちに弾き出された。

 おのれの愛車(ランエボ)敵のそれ(レガシィ)、互いの(マシン)に見立て違いがない限り、導かれる答えはひとつしかない。

 それはすなわち、ドライバー間に横たわる予想以上の技量差だった。

 およそそれ以外に、考えられる要素は何もなかった。

 もちろん、翔一郞の駆る「レガシィ」が想定外のチューンを施されている可能性も、極小ではあるが存在する。

 しかし二階堂は、その結論を最初期のうちに放棄した。

 素の「ランエボ」を土佐犬に例えるなら、無改造の「レガシィ」はせいぜいシェパード。

 それをどのように調教しようとも、生まれつきの素養を覆すことは絶対にできない。

 翔一郞がワークスチューン並の手間とカネとをかけられる身分ならいざしらず、いち個人が愛車をそのステージに置くことなど、財政的にはおよそありえない話だった。

 ゆえにこそ、直面した状況を丸呑みした二階堂は、黙って屈辱を受け入れた。

 いや、現実を受け入れたのは、とうのむかしの出来事だ。

 おのれの技量が、相手のレベルに遠く及んでいないこと。

 それ自体は、もう計算違いの範疇には含まれない。

 そう、彼がこの時悔しさを覚えたのは、自分が敵の術中に見事嵌まってしまったという事実、その一点に対してのみであった。

「そうかい……そういうことかい」

 歯ぎしりしながら「弾丸野郎(バレットクラブ)」は呟いた。

「さっきまで見せてたあの走りは、この俺を油断させるための三味線走りだったってことかい。対戦相手に手の内を明かさないよう、わざと手を抜いてこっちの様子をうかがってたってことかい。畜生め。さすが『魔術師』って言われるだけのことはある。そういった駆け引き(ペテン)にゃハマらねェ自信があったが、こいつはまんまと一杯食わされるところだったぜ。だが、そうとわかりゃあこっちにだって手の打ちようはいくらでも──」

 壮絶な違和感が彼の後頭部を殴打したのは、その瞬間のことだった。

 続けざま、「なんだって?」という疑問符が、その口腔を突いて出る。

 手負いの獣にも似た面相を、驚愕の色がたちまちのうちに覆い尽した。

「あれが……あの走りが、全部、手抜き?」

 目を見開いて、二階堂は絶句した。

 電光が頭頂を貫くと同時に、鮮やかな映像が走馬燈のように脳裏をかすめる。

 あの、フロントガラス越しに見せ付けられた桁外れのテクニック。

 驚異的な精度を誇るコーナリングラインに、常軌を逸したブレーキング制御。

 一分の隙も見当たらない芸術的なアクセル操作。

 それらのどれひとつをとってみても、ひとりの走り屋として尊崇の念を抱くしかない。

 ある意味、「路上の戦士」としての完成形がそこにいた。

 敵わねェ──その姿を見た時、二階堂は確かに思った。

 悔しくはなかった。

 むしろ憧れすらした。

 だからこそ、彼はおのれの出した結論を咄嗟に信じることができなかった。

「あれも、あれも、あれも、みんな俺を油断させるための三味線走りだったってェ?」

 知らぬ間に薄ら笑いが込み上げてくる。

「そんな莫迦な。ありえねェ。へへッ、この俺が、二階堂和也が真似できねェってシャッポを脱いだあの走りが、全部、全部、お芝居だってェのかよ?」

 莫迦な、莫迦な、莫迦な──…

 背筋をどっと冷や汗が流れ落ちた。

 頭の中を同じ言葉がぐるぐると巡る。

 やにわに大きく身震いした二階堂は、改めてバックミラーに目をやった。

 その中にいたのは、見た目には何の変哲もない、どこにでもいる黒いセダン(レガシィB4)だ。

 だがこの時、彼の目にはそのさして珍しくもない一台のクルマが、あたかも魔物か妖怪変化のごとく映った。

 柔道で鍛えられた厚みのある肉体が、ふたたびぶるっと怖気だつ。

「化け物めッ!」

 吐き捨てるように二階堂は叫んだ。

 戦くおのれに活を入れ、意識してただ前方のみを凝視する。

 (ミブロー)が攻勢に転じたのは、ちょうどその瞬間の出来事だった。

 大きく揺らいだ二階堂の自信(勝利への信念)、その間隙を突くかのごとく黒いセダン(レガシィB4)が激しく動く。

 高速域での右カーブ。

 わずかに膨らむ「ランエボ」のラインを「魔術師」の慧眼は見逃さなかった。

 ターンインで減速した「エボ(キュー)」のテールに、突っ込んできたB4が喰らい付く。

 狙いはエボのイン側だ。

 鮮やかすぎる姿勢制御で、伝説の駆る「レガシィ」がその位に我が身をねじ込んでくる。

「くッ!」

 目論みに気付いた二階堂が、素早い動作でにステアを切った。

 内側に食い込んだ「ランエボ」のボディが、「レガシィ」の鼻先をブロックする。

 仕切り直し。

 加速する両者。

 馬力の差か。

 立ち上がりでB4が遅れる。

 続く左コーナー。

 すかさずラインを切り替えた「魔術師」が、今度はエボの大外を攻める。

 まさに絶妙の切り返しだ。

 虚を突かれる二階堂。

 格下グルマ(スポーツセダン)に外から煽られているという現実が、彼の矜持を否応なしに一撃した。

 心の中で何かのたががはじけ飛ぶ。

 パワーのないクルマで対戦相手のアウトを攻める──それは走り屋にとって、「遅いからどけ」という無言のメッセージにほかならない行為だ。

 そのことを、二階堂は嫌と言うほど知っていた。

 だからこそこの時、彼の内部で危ない均衡を保っていた冷静さは、制する間もなく霧散した。

 相手の挙動を一種の侮辱と受け取った「ランエボ使い」の頭蓋に向かって、灼熱の血潮(アドレナリン)が間欠泉のごとく上昇する。

「させるかよッ!」

 プチプチとこめかみを脈打たせつつ、二階堂は絶叫した。

「俺のエボ(キュー)を舐めるんじゃねェッ!」

 次の刹那、アクセルペダルが一気に床まで踏み込まれた。

 音を立ててドライバーに注がれたハイオクタン燃料。

 その高濃度に相応しい力強さで「ランエボ」のタイヤがアスファルトを蹴る。

 コーナーで出口で「エボ(キュー)」が、小癪な敵(レガシィB4)を突き放した。

 4G63エンジンが、肉食獣の咆吼を放つ。

 完全無欠な力業だった。

 技術が介入する要素など、そこには毛ほども存在しない。

 続く右コーナーでも、状況はまったく同じだった。

 果敢に攻め込む「レガシィ」の行く手を、イン側を占めたエボのボディががっちりと阻む。

 それならば、と再度外側を突く「魔術師」の策も、馬力という名のハードの前にいとも容易く砕け散った。

 刃にも似た鋭い加速が、惚れ惚れするような技術の粋を小細工なしでねじ伏せる。

 その姿は、まさに敵陣へと突入する槍騎兵(ランサー)のごとしだ。

 すべては基礎体力の問題だった。

 まるで大人と子供の差である。

 先行する「ランエボ」に引き離された「レガシィ」が、屈することなく追撃に移った。

 ブレーキングから突っ込みにかけて、両者の距離が大きく縮まる。

 それは間違いなく、ドライバーの技量差がもたらしたものだ。

 しかしながら、懸命な努力で削り取ったその空間を、二階堂の愛車は、ただアクセルのひと踏みだけでたちどころに取り返してしまう。

 圧倒的なパワーの差、無慈悲なまでの性能差が、大声で自己の優位を主張した。

 やっぱりだ──…

 ミラーの中で後退する「魔術師」のB4。

 その有様を確認した二階堂の脳裏で、着々と新しい方程式が成立していく。

 俺は間違ってなかった──ふたたび高まる自信を受けて「弾丸野郎(バレットクラブ)」はほくそ笑んだ。

 マシンスペックという物理法則を小手先の技術で覆すことなんざ、やっぱりできるもんじゃなかったんだ。

 いまの(ミブロー)の様子が、それを見事に物語ってる。

 こっちが苦しい時は、あっちだって苦しい。

 それが実戦(バトル)だ。

 それが勝負(バトル)だ。

 それが喧嘩(バトル)だ。

 そんなあたりまえのことを、いまのいままで綺麗さっぱり忘れちまってた。

 そうさ。

 余裕綽々に見えてただけで、実のところは奴のほうも、いま必死になってもがいてるんだ!

 冗談みてェなテクニックを武器にこっちの隙を討とうにも、こんな風にインを固められたままじゃ、クルマ(レガシィ)が期待に応えられねェんだ!

 奴の乗ってる「レガシィ」じゃ、いくら頑張っても俺の「エボ(キュー)」をアウトからパスできねェ。

 そいつはすでに立証済みだし、それを理解できねェほどあいつのオツムはボンクラじゃねェ。

 だからこそだ。

 (ミブロー)は、なんとしてでもこの態勢を打破してェんだ。

 俺をこの場所(イン側)から引きはがして、自分の優位な位置に持って行きてェんだ。

 アウト側から「抜くぞ抜くぞ」とプレッシャーをかけて、俺の誤判断を誘ってやがるんだ。

 頭脳戦、心理戦かよ、畜生め。

 俺は餓鬼のころから頭使うのが苦手だったんだよ!

 だが、それだからこそはっきりとわかるぜ。

 あんたは、いま確信してるんだな。

 コーナーのイン側を突かなきゃこの俺をオーバーテイクできないっていう、決定的な現実って奴を。

 たとえインベタの不自然なラインで進入速度を落としたとしても、あんたのB4のコーナリング速度じゃ俺の「エボ(キュー)」の加速に太刀打ちできないっていう、残酷すぎる事実って奴を。

 ありがとよ。

 お墨付きはいただいたぜ。

 忠告に従って、意地でもインは開けねェよ。

 やっぱりあそこで前に出た判断は間違えじゃなかった。

 俺の計算に誤りはなかった。

 だが、敬意を表してあんたの勝ち目はかっちり潰す!

 いま百パーセント確信したぜ!

 俺がとんでもなミステイクをしねェかぎり、あんたが前に出ることはねェ!

 この勝負、俺がもらったァッ!

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