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プロローグ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 ブラインドカーブが目前に迫る。

 右だ。

 ヘッドライトに照らし出されたガードレールが、限られた視野の中で急速にその面積を広げてくる。

 この時の車速は、優に時速百キロを越えていた。

 コーナーの連続する峠道では、まったくありえない速度域だ。

 おのれの心臓が喉から飛び出しそうになるほどの恐怖感。

 だが、俺の精神と肉体は、この時、まだ機械のような冷静さを保っていた。

 ステアリングを軽く右に切りつつフルブレーキ。

 急激な荷重移動によって車体が前傾するのと同時に後輪のグリップが喪失する。

 直後、フロントガラス越しに見える光景すべてが高速で真横にふっ飛んだ。

 テールがスライドを開始する。

 その刹那を座席越しに腰骨で感じ取り、タイミングを見計らって四速(トップ)から三速(サード)二速(セコ)へシフトチェンジ。

 ギリギリのカウンターステアで姿勢の変化を最小限に食い止める。

 もちろん、アクセルは全開だ。

 ブレーキング・ドリフト。

 高速で流れる車体を今度は若干のアクセルオフで立て直すと、パワーバンドを維持したまま一気にコーナーを立ち上がる。

 ふたたびトラクションを得た後輪が力強くアスファルトを蹴りあげ、俺の愛車であるS-14「シルビア」は猛然とターゲットの尻を追った。

 深夜の八神街道。

 下り。

 スキール音の轟く空間内に人の気配はない。

 自然吸気のSR-20、二千ccDOHCエンジンが奏でる心地良い振動に、心臓の鼓動が見事なまでに重なり合った。

 アドレナリンが体中を駆け巡る。

 軽く左に反ったストレート。

 一車身前を走るAE-86「スプリンター・トレノ」のテールランプが、見る見るうちに近付いてきた。

 このほとんど直線に等しい区間だと、どうしてもエンジンの差が顕著になる。

 いかに軽量ではあっても、排気量(千六百cc)に見合った馬力しか持たない「ハチロク」にとって、まっすぐでの勝負は大きな泣きどころのひとつのはずだ。

 速度の伸びを利用して、愛車のノーズをアウト側から突き入れる。

 次に差し掛かるのが右コーナーだというのはわかっていた。

 このまま併走していけば、俺と奴との走行ラインは嫌でもそのインとアウトが入れ替わる。

 それはつまり、そこまでの間に奴を前に出させさえしなければ、この勝負が俺の勝ちとなるということを意味していた。

 複雑な感触だった。

 自分は本当にこの勝利を望んでいるのだろうかと、いまさらながらに自問する。

 俺はただ自らの想いに決別の鞭を入れるためだけに、そのためだけに奴との勝負を望んだはずではなかったのか。

 だとしたら、この目前の勝利にはいったいどのような意味があるのだろう。

 俺が勝負を挑んだ時に奴が見せた、なんとも表現のしがたい困惑の顔付きを思い出す。

 だからといって、手を抜くことなど俺にはできなかった。

 奴だって、それぐらいのことはわかっているに違いない。

 だが、しかし──…

 一瞬の逡巡が、頭の片隅にこびりつく。

 強く頭を振って、その雑念を引き離した。

 その時だった。

 黒い影が俺の前方を横切った。

 イタチか何かか?

 ドライバーの本能に従い、反射的に右足がブレーキペダルを踏み締める。

 しまった、と思った時には、もうすでに手遅れだった。

 不自然極まりない荷重の変化によって姿勢を乱した「シルビア」は、激しくテールを振りながら後落する。

 「ハチロク」との接触を免れたのが、まさに奇跡としか言いようのないタイミングだった。

 だが、ステアリングにしがみつくようにしてクルマの姿勢を立て直した直後、俺はその光景を見てしまった。

 そうだ。

 制御を失いスピンした「ハチロク」が、左ガードレールに深々と突き刺さるその光景を、だ。

 声にならない叫びが、俺の喉からほとばしった。


挿絵(By みてみん)

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