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Ⅱ 再会

Ⅱ 再会


 天井の高い大聖堂。流れる荘厳な音楽。王国の紋章をモチーフにした大きなステンドグラスから差し込む光と、王侯貴族ら数百人の視線を浴びながら、王女アリシアは聖壇の前で一人祈りを捧げていた。

 国が信仰する女神に黙祷を捧げた後、聖壇に鎮座しているレゼーヌ王国の国宝であるフローズンティアラを戴冠し、結婚式を挙げる。はずだったが、

「か、火事だー! 逃げろぉー!」

 たちまち上がる数々の悲鳴。確かに感じとられる焦げ臭いにおいに、パニックに陥る大聖堂。

「姫様!」

 護衛の三人がアリシアを外へ連れ出そうとする。

 ふと視界の端に、気になるものが映ったアリシアは聖壇の方を振り返った。


「……お姉さま?」

 ごく小さな呼びかけだったが、確かに耳に届いたらしい。しかしその人物は、アリシアの声にちらりとこちらを見やっただけで、すぐに人混みの中へと消えていった。


「ティアラが! フローズンティアラがありません!」

 衛兵が声をあげる。

「探せ! フェルディナンド将軍を呼んでこい!」

 レゼーヌ王国近衛アルディメント騎士団長のアレックスが、蒼白の衛兵に喝を入れるように怒鳴りつける。

「姫様、早くこちらへ!」

 護衛のモランがアリシアを急かす。しかそんな騒ぎの中でアリシアの頭の中に浮かぶのは、人混みに消えてゆく姉の姿。

 彼女は何かを持っていた。それは――。




 マリア・モルガン・レゼーヌ。レゼーヌ王国の元王女。

 火はすぐに消し止められ、自室に戻ったアリシアは、数枚の写真をひきだしの奥から取り出す。

 そこにはまだ幼いアリシアと、同じ髪の色を持つ大人びた少女が写っていた。

「お姉さま……生きていらしたなんて……」

 十年前、当時十五歳だったアリシアのたった一人の姉、マリアは、入れられた修道院を抜け出してから消息が絶えていた。

 そうしてもう一枚の写真には、三人。庭園で遊ぶアリシア、マリアと、黒髪の少女、リンの姿。

 十年前マリアが起こした事件をきっかけに、レゼーヌ王国、隣りのリラン帝国、海を挟んだシャール妃国の三国間で戦争が巻き起こった。当時シャール妃国の後継者であったリンはレゼーヌに捕えられ、十年経った今も城の地下牢に入れられている。

 会う事はおろか、話す事さえ禁じられたアリシアの幼馴染、親友は、アリシアをどう思っているのだろう。

 禁じられなくても、会うのが怖かった。

 親友と、この国と、どちらと聞かれたら、国を選ばなければならない自分から、目をそらしたくて。

 そして明るい室内のせいで鏡のようにアリシアの姿を映す窓に目を凝らし、月光に照らされた美しい庭園の向こうに、マリアの影を追う。

「復、讐……?」

 そのつもりなのだろうか。戦争の責任を彼女になすりつけ、王族の特権や地位を奪い、修道院で閉ざされた生活を送らせようとしたこの国に。彼女の母国に。

 フローズンティアラの消失によって、戴冠式は中止となったがいずれ、式は執り行われるだろう。アリシアには、マリアの意図するところが見えなかった。

 漠然とした不安がこみ上げ、今度は首元のチェーンにさがる鍵を手に取った。手の平に収まる程の大きさのそれは、見事な装飾が施され、まるでアクセサリーのようにいくつもの美しい宝珠で飾られている。

 代々レゼーヌ王国の後継者に継承されてきたその美しい鍵は、以前はマリアのものだった。

「あら……?」

 室内の照明に反射し、きらりときらめいた後、アリシアは鍵の軸に小さな文字が彫られているのに気がつく。

――変ね、こんな文字なんてなかったはず……。

“つぐないの子羊は神の御前に捧げられ”

 何故かそこで途切れているその文は、アリシアの心に深く入ってきた。

――つぐないの子羊……どういう意味かしら……。

 この鍵がどういう役割を為すのか、そういった事は全く伝えられていなかった。

「書庫に行ったら、何か分かるかしら」

 アリシアはそう呟くと、ペットのにゃあにゃあ鳴くハヤト、を抱き上げた。




――どういうことだ……。

 レゼーヌ王国鬼の護衛、と称されるモランは、主人であるアリシア姫の部屋の前で思案に耽っていた。

 夜間は三人の護衛が順番に睡眠を摂りながら、常に待機する事になっている。交代時間である十時はとっくに過ぎていた。いつものモランなら、遅れてきた紫乃への嫌み文句を考えているところだが、今晩彼の脳内を占めていたのは、昼間起こった一大事について。

 レゼーヌ王国の象徴であるフローズンティアラが奪われ、城内をひっくり返す上へ下への大騒ぎだ。城の外に持ち出された可能性の高いティアラをなんとか国内に留めようと、国軍が勢力をあげて厳しく検閲を行っているが未だに見つからない。

 いらいらとしながら為す術もなく目の前の絵画と睨めっこする、そんな時。

「にゃうーん」

 不意に聞こえた場違いな鳴き声に目を向けると、廊下の先でアリシアの飼っているにゃあにゃあ鳴くハヤトが、ガリガリとその立派な爪を磨いでいた。

「っこらハヤト!」

「にゃう?」

 慌てて駆け寄るモランを、ハヤトは三角の耳をピーンと立たせ、純粋無垢な瞳で見つめる。

「……良いですかハヤトさん、その様な目で私を見ても全く効果はございませんよ。この間、壁で爪を磨いではいけません、と申し上げたはずですが?」

 モランの背後から湧き出る黒いオーラにも、ハヤトは全く動じない。

「全く……。お部屋に戻りなさい、ほら……――?!」

 諦めたモランに勝ち誇った顔を見せるハヤトを抱き上げ、アリシアの部屋のドアに向き直ると――。

「姫様?!」

 ドアが半開きになっていた。部屋には誰もいない。と、そこでモランはアリシアの机の上に書き置きがあるのを目にした。

「すいませんモランさん! すっかり寝こけちゃって……って、何かあったんですか?」

 ようやく紫乃が来る。いつものモランならそのまま紫乃を永遠の眠りに就かせるところだったが、今はそれどころではなかった。

“すぐ戻るのでご安心を!”

「……お嬢の字、ですよ、ね?」

 頷くモラン。

「探しに行く。お前はローリアを起こして西棟を探せ。俺は東棟を探す」

「はい!」


 願わくば、苦労性のモランに安らぎを。




――ハヤト、上手くやってくれたかしら……。

 深夜に突然、息を切らしてやってきたアリシアに、書庫の見張りは驚きながらも中に入れてくれた。

 大量の古い書物、主に歴史書が保管してある書庫の棚から、埃を被った分厚い本を引っ張り出す。豪華な装丁の古い歴史書には、レゼーヌ王国千年の歴史が記されていた。

「えーと、鍵、かぎ…………――」



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