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Ⅰ 戴冠式の朝

挿絵(By みてみん)

Ⅰ 戴冠式の朝


「おはようハヤト! 今日はやっぱり私の予想通り、とってーも良い天気ね、うふふっ!」

 ここはレゼーヌ王国の首都、エラトにあるレゼーヌ城。ピンクとフリルとキラキラしたもので溢れかえる室内の、ひときわ大きな出窓の前に、歳の割にまだあどけなさの残る顔立ちをした少女が一人、やはり薄桃色のレースをふんだんに使った豪奢なドレスに身を包み、その膝に乗せた等身大の巨大なぬいぐるみに話しかける。

 そして返事をしない彼にもう一度にっこりとほほ笑んだ後、向かいの“ハヤト専用椅子”に座らせる。部屋の主、そしてもうすぐこの王国の主となるであろう王女、アリシア・モルガン・レゼーヌは、遠く城下の町から穏やかな風が運んでくる祭りの喧騒を、胸いっぱいに吸い込んだ。

 今日は齢十八になる彼女の戴冠式、結婚式、そして延々とこの一カ月続くであろう、祝賀会の初日、幕開けの日だった。

「失礼いたします」

 固い信頼関係の上に築かれる一方的なノック。部屋へ入った三人の護衛が、出窓から少し体を乗り出し、澄んだ空に燦々(さんさん)と輝く太陽の祝福を受けるアリシアの傍らに整列する。

「おはようございます、姫様」

 三人の中で一番背が高く、長い栗色の髪を一つにまとめ、制服を着こなしたモランが、護衛という肩書きに似合わぬ優雅さで礼をする。が、彼の手にある愛槍は何よりも武に生きる者だという事を主張していた。

「ついに……この日ですね。おめでとう、アリシア様」

「おめでと、お嬢」

 続くのは、モランに代わって小柄な少女、ローリアと、この国では少し珍しい黒髪を持つ童顔な青年。はたから見ればくだけた挨拶だが、モランが僅かにその眉を顰めただけで、それを咎める者はいない。

「どうしたの? 紫乃。元気がないみたいだけど……」

 彼らの挨拶と祝辞に笑顔で応えた後、不安げな表情で黒髪の青年を気遣うアリシア。

「そんなこと……。こんなおめでたい日に、あるわけないじゃないですか!」

 紫乃と呼ばれた青年は、俯きがちだった目をくるりと一変させ、咄嗟に笑顔を見せる。

「心配ございませんよ、姫様。どうせこいつ昨日の夜、夜更かしでもしたんでしょう」

「寝付けなかったんですよ! お祭りの前で、なんか興奮しちゃって」

「全く、子供じゃあるまいし……。まあ、あなたの精神年齢からすると妥当かな」

「ローリアさんそれどういう意味ですか……」

 仲の良い様子の三人に、アリシアにも再び笑顔が戻る。しかし、それを遮るようなノックの音がまたも響く。

「失礼いたします、アリシア様。お召かえのお時間でございます」

 メイドが丁寧に抱えた、純白の花嫁衣装。

 それを見、アリシアは覚悟を決めたような厳しい顔つきで頷いた。




「きれいでしょうね、アリシア様の花嫁姿」

「ああ。戴冠式と結婚式が行われるとだけあって、城下は一週間前からお祭り騒ぎらしいな」

 部屋の外で手持無沙汰に待つ三人。

「モランさーん! ちょっと手伝ってもらってもいいかしら!」

 それを見咎めてか、今日の式に向けててんてこ舞いのメイドがモランを呼ぶ。

「……ちょっと行ってくる」

 短くため息を吐いてメイドの手招きに従うモラン。その仏頂面をどうにか直せばもっとモテるだろうに、とぼんやり考えていたローリアはふと、先程から一言も言葉を発しない紫乃の存在に気づいた。

「どうした……?」

 ひどく思いつめた眼差しで、埃一つ見当たらない大理石の床に敷かれた、鮮やかな毛織の絨毯を見詰める紫乃。そしてローリアはようやく、その意味を理解した。

「無理しちゃって。……アリシア様の事、慕っていたんでしょ」

 ほんのりと朱に染まる、彼の漆黒の髪から覗く耳が何よりの証拠だった。それがなんとも可愛らしく、正面に向き合ったローリアの頬が緩む。

「…………」

 しかし紫乃が目線を彼女へと変えた時――――ローリアの顔から笑みは消えていた。

「それでもやり遂げるって、決心は……ついているのよね?」

 彼女の射るような視線をまっすぐ受けとめて、紫乃もまた、しっかりと頷く。




 石造りの階段がひときわ大きな音を響かせる。

 そしてしばらくの静寂の後、ガチャリという重い鍵の開く音がした。

「誰……?」

 ここはレゼーヌ城地下牢。その住人、リン・ウィスタールはその目に明らかに衛兵ではない影をとらえた。

「リン……迎えに来たよ」

 豊かな金髪を後ろでくくり、簡素な服に身を包んだ声の主。

「マリ…ア? どうして……」

「ウィルが協力してくれたの」

「ウィル……が? でも……」

 混乱した様子のリンに、手を差し伸べるマリア。

「ここから出て、生きるのよ。外の世界で、前みたいに。だから……一緒に…――」

 リンはその親友の手を、震えながら、しかし確かな自分の力で握った。


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