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ⅩⅣ 明かり

ⅩⅣ明かり


「うっ」

 重い瞼を開くとそこは、屋外の屋根の下だった。

(屋外の屋根の下……? ああ、布が張ってあるのか)

 冴えぬ頭でそんな事を考えつつ、ゆっくりとモランは上半身を起こす。

 まるで酒を飲み過ぎた日の翌朝の気分であったが、生憎辺りは夕暮れ時のようだ。

「あ、目が覚めたみたいだね」

「お姫さんの方は夢の中だけどな」

 聞き慣れない声に、体が自然と構える。が、左肩に痛みが走り、モランは顔を歪めた。

「だ、誰だ」

「俺は神官候補生の、アモス・バートンだ。こっちも同様、ダイアンジェームズ・ヒンズリー。長いからディージェイな」

「ダイアンって呼んだら呪うよ。僕は男だからね」

 親切な注釈がなければ、名前からして少女だと思ってしまう程に可憐で華奢な容姿をした少年と、髭面で逞しい体つきをした若い大柄の男は、土の上に腰を下ろしモランと目線を合わせる。

 どうやら、地面に敷いた布の上に寝かされていたらしい。左横には、モランの傷を守る様にして眠りに落ちた、アリシアの姿があった。

「ああ、私はモランとい—−−−待て、今姫と言ったか?」

 寝起きで頭の回転が鈍っているとは言え、重要な単語は聞き逃すさずに拾い上げる。

「あ。い、いや、そんな殺気立たなくていいっすよマロンさん」

「モランだ」

 これだから姫様は、とモランは内心顔を顰めた。彼女には、変装などという人を欺くような行為には不向きだと分かっていたが、こうも簡単に見破られるとは。神官の候補生は、島に入るまでの国籍や身分など、過去を捨て神に仕える中立的な立場である一方、間者を含んでいる可能性もある。彼らに関して、事前に注意を促すべきであった。

「僕たちはつい二、三日前、布教のために神殿から出て旅を始めたんだけど、その途中で道端にうずくまっている女の子を見つけたから、声をかけたんだ。ハンカチの刺繍でその子がこの国の王女だって事はわかったけど、僕たちは別に何もするつもりないから安心して」

「お前はいちいちストレートだよな」

「アモスは黙ってて」

 迷いの無い視線で真っすぐ釈明するディージェイに、モランは是とも否とも言わず、無言で相手を推量しようとする。

「これは、あなた達がやったのか」

 上に張られた布や、夜に向けて集められた薪など、現在位置から辺りを見回すと、いつの間にか道から数メートル程逸れた茂みの奥に運ばれていた事に気付いた。

「おう、野宿の準備はばっちりだからな!」

「姫君を送りにきたら君が倒れていて、急いで手当してこっちに日陰作って移動してもらったんだ。幸い、傷はあまり深くまでいってなかったし出血も止まりかけてたから、見つけた薬と薬草でなんとかしておいたよ」

 彼が傷の処置を施したのだろうか。背格好からして十二、三歳辺りに見えるが、口調は随分大人びている。

 いずれにせよ、万が一の為に城から持ってきておいた、応急箱が役に立った様だ。

「ああ……どうも、助かった」

 あの場で意識を失った自分に情けなさを感じ、モランは二人に礼を言う。もしも倒れたままだったら、どうなっていた事か。

「お姫さんも心配してたぞ」

「随分と愛されてるよね」

「っ?! ま、まあ、姫様はお優しいからな」

 愛という単語に反応してしまった恥ずかしさに、柄にもなく頬を染めるモランを、にやりとした笑みで見守る二人。

「……私の方こそ、姫様は優しすぎて、時々無理をしているのではないかと心配になる」

 アリシアの頬に残る涙の跡を見つけ、モランはそっと溜息を吐いた。マリアの事といい、盗賊との乱闘といい、その細い体には多くのストレスが溜まっている筈だ。けれどもこうして、他人の心配まで負おうとするその優しさが、モランにとっては嬉しくもあり、また望まぬ事でもあった。

「この姫君は優しいかもしれないけど、その下に強さだってちゃんとある。今に、世界中を背負ってしまうような強さを、姫君は自分の中に見つけるよ。……そうでないと、自分を犠牲になんてそう簡単にできるものじゃないしね」

「ん……。待て、自分を犠牲に、というのはどういう事だ?」

 ふと、ディージェイが漏らした不吉な言葉が、モランの胸中にさざ波を立てる。

「確か、前にも同じような事を言っていた。生贄がどうの、という夢をみたそうだ。しかしそれは……夢、だよな?」

 生贄、儀式、そしてフローズンティアラ。以前アリシアの口から零れた三つの単語は彼の心に波紋を広げていく。

「何か、知っているのか」

 何も言わないで沈黙する二人に、モランの視線は険しさを増す。

「こういう役、僕もう嫌なんだけどアモス」

「自業自得だろお前さんは」

 無言の圧力に堪え兼ねたのかディージェイはアモスに助けを求めるが、彼も呆れた様にそう返す他無い。

「ふあっ、モラン、大丈夫?! おはよう!」

「姫様! すみません、起こしてしまいましたか」

 緊迫した空気の中、目を覚ましたアリシアが割って入った事で、候補生二人は安堵する。

「お怪我はありませんか」

「ええ。ごめんなさい、勝手に飛び出したりして」

 申し訳なさそうにそう言うアリシアに、モランは僅かな違和感を感じる。

「もう、平気……なのですか」

 日頃から、誰かの口論にさえ心を痛めるような人物なのだ。生身の人間が何人も殺されたあの場に居合わせ、現実に広がる地獄絵図を目の当たりにした後である。それなのに、彼女から読み取れるものは、モランが怒っているのではないかという不安と、心配を掛けた罪悪感のみだった。

「うん、もう平気よ! 他の二人はどこへ行ったの?」

「ああ、彼らは姫様を探しに行ったのですが……そろそろ暗くなる頃ですし、じきに戻ってくるでしょう」

「あの二人にもごめんなさいって言わなきゃ」

 笑顔を見せるアリシアに、彼女の変化に戸惑いながらも少し安心するモラン。

「では、私は夕食の準備に掛かります」

「私も手伝うわ!」

「え?」

 突然の言葉に、思わず聞き返す。王女であるアリシアが、夕食の支度を手伝うなど有り得ない。王宮内では至極当然の事だった。

「だってモラン、怪我しているでしょう? 二人もいないし、私が手伝うわ!」

「じゃあ俺は火を熾す役な」

「僕は水を汲んでくるよ」

 アモスとディージェイも、アリシアに続く。

「しかし、姫様……」

「私だって、お料理くらいやればできるもの! カルスで調達したお野菜と乾麺、それにこの乾燥して固くなった面白いお肉もあるわ!」

 干し肉は見るのも食べるのも初めてだと、はしゃぐアリシア。その勢いに気圧され、口を開いたまま言葉も出なかったモランはしかし、まるで子供のように目を輝かせる彼女を前に、呆れ顔で微笑む。

「わかりました。では姫様は、干し肉を切って頂けますか」

「ええ!」


 すっかり暗くなった辺りに、焚き火の明かりを見つけ、紫乃とローリアも帰ってくる。

「お嬢!」

「戻ってたんですね」

「ええ! ほら皆、出来たわ! アリシア特製、干し肉パスター」

「おおー」

 城の食事のように、豪華ではない。簡素で、けれど温かなもの。

「いっただきまーす!」

「こら、食前の祈りを忘れるな!」

「てかあなた誰」

「あははは」

 それは今までに感じた事の無い程、幸せなひとときで。

 平和ってこういう事ね、と、アリシアは夜空を見上げた。






「ねえ、紫乃」

「お嬢? まだ起きてたんですか」

「うん。紫乃も起きているじゃない」

「俺は見張り役ですよ。お嬢にはちゃんと休んでもらわないと」

 アリシアは毛布に包まったまま、見張りの番をする紫乃の隣に座る。

「昼間は、ごめんなさい。きつく……言い過ぎたわ。心配も、かけた」

 誰かを拒絶したのは、生まれて初めてだった。そして恐らく、自分の言葉で、誰かを傷つけた事も。

「……大丈夫っすよ」

「どうして?」

「俺は、お嬢が今笑っていてくれるなら、それでいいです」

 紫乃はそう言ってにっこりと、微笑む。

 その笑顔に助けられ、守られるのは、いつも自分の方なのに、とアリシアは思う。

「そうなの? ありがとう。……私も、紫乃みたいに強くなりたいわ」

「ええっ、お嬢が戦うんですか?」

「違うわ。違うの、あのね」

 武器を持って戦うアリシアを想像した紫乃は、思わず吹き出す。しかしアリシアは真剣だった。

「私はもっと、強くなるわ。そしたら今度は、私が皆を守ってみせるの!」

 そう宣言して、煌めく夜空に人差し指を高く、誓う様に掲げる。夜の冷気に、彼女の口から出た白い息が、ふわりと浮んだ。

「お嬢……?」

 よく意味がわからない、といったように、紫乃は困惑した顔を見せる。

 それを理解した上でアリシアは、ねっ、とそのままのポーズで無理に納得させようとする。

「何ですか、いきなり」

 苦笑を浮かべながらも、紫乃は天を指差す彼女の手を両手で優しく包み、そっと下げた。

「お嬢はそのままで、良いんですよ。強くなくても、俺はお嬢に救われてるんですから」

 その言葉にアリシアは驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑う。



「ふふっ」

「お嬢、いつまでも笑ってないで早く寝てください」

「あら、だめよ。紫乃も手、怪我してるもの。包帯も巻き直してあげるわっ!」

 昼間の戦闘で、彼も怪我をしたのだろう。手に巻かれた包帯が、取れかかっていた。

「あ、ありがと、お嬢。でも、終わったらちゃんと寝て下さいね」

「わかったわ!」

 ランプの光が、二人の顔をほんのり紅く照らす。紫乃は今が夜なのを神に感謝しつつ、胸の鼓動を抑える事に、集中しなければならなかった。


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