表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

Ⅹ 交錯

Ⅹ 交錯


「着いたーっ!」

「カルスだーっ!」

 城を出てから数時間後、様々な屋台が並び賑わう市の中に降り立った四人。

「まあ! 見てこれすっごく素敵! かぁーわいぃわっ、もう!」

 手作りのハヤトを模した綿詰め(ぬいぐるみ)を満身の力を込め抱きしめる、いや、抱き“絞める”アリシアに、三護衛の顔もほころぶ。

「俺あの綿詰めになりたいですローリアさん」

「え、死ぬよ?」

 それも本望だぁー、と青空に向け言い放つ紫乃に、苦笑いを返すローリア。

「さあアリシア様、マリア様のお待ちになる所へ……——」

「あ、モランさん、あれ!」

 紫乃が通りの一角に出来た人だかりを指差す。

「何かあったのか……?」

「ちょっと」

 背伸びをして様子を窺うモランを、なぜか隠れるように身を屈めたローリアが引き戻す。

「国軍の兵がうようよ居るわ。あまり近づかない方がいいと思う」

「……そうだな」

『号外、号外! 殺人だよー! 宿屋で兵士が殺された! 殺人事件だ!』

 新聞の売り子が叫ぶ声が、通りに響いていた。






「殺人、かぁー」

「金髪と黒髪の女、そして男。……金髪の美女、ね」

「姫様、マリア様との待ち合わせ場所は?」

 俯いたアリシアに、モラン尋ねる。

「……ごめん……なさい」

「え?」

「ごめんなさい……。私……お姉様が待っているなんて、嘘なの」

「それは……どういう?」

 潤んで震える声音に、モランは動揺しながらもできる限り優しく尋ねる。

「……見たの……ティアラを盗んだのは、お姉様。夢で追いなさいって言われて生贄の儀式がなんかどうかで……」

「生贄?」

「よくわからないわ……でも、カルスで兵士との事件があったらしくて、だからもしかしたらって……」

「そしたら金髪美女情報が入って、と言う事ね」

 赤茶色のアスファルトに、アリシアの目から零れた涙がぽたぽたと落ちる。

「お姉様が、ひ、ひとごろし、を……またっ……」

「お嬢」

 泣き出すアリシアを、いてもたってもいられなくなったか紫乃が抱きしめる。

「探しましょうよ、お嬢。ね、泣かないで……?」

 昼間から人気のない裏路地に、少しの間流れる沈黙と、すすり泣く声。

「……とりあえず、今日はどこかの宿で休みましょうか。明日、聞き込みして情報を集めるのです。マリア姫らしき人物と、昨日起こった事件についても」

「んじゃあ、私が城に連絡でも入れておこうかなぁ」

 驚いて、アリシアは護衛達の姿を見上げる。

 怒られると思っていた。城に送り返されるのだと。

 眉間の皺を更に深めながらも協力しようとするモランに、アリシアを元気づけようと笑顔を見せる紫乃とローリア。

「……嘘を吐いて、ごめんなさい……」

「全く、困ったものですよ姫様は……」

 呆れたような顔でしかし、モランは笑った。

「帰ったら、地獄のお仕置きですからね」

「俺からはくすぐりの刑ー!」

「やーん紫乃のえっちぃー」

「えっ! ローリアさんだから真顔でそういう事言うのやめて下さいよっ」

「赤くなってるぞ、馬鹿者が」

 やがて笑顔が戻ったアリシアに、彼女の三護衛も安堵する。

 そう、彼女が笑ってさえいれば。彼らにはそれだけで十分なのだ。






「ウィリアム様」

 月も眠る夜半の深け。暗く、静まり返った小部屋には、小声で話す二つの人影があった。

「何日もここに留まってはおれぬ。多少の出費は構わぬから、上手くやれ(、、、、、)」

「御意」

 まるで、最初から用意されていた返答の様にしっかりと頷いた少女は、ウィリアムと呼ばれたその人影に深く礼をした後、部屋を去った。

 残されたウィリアムが一つ、ため息を吐く。するとそこにあるのは、先ほどまでの威厳や気品をどこかへ置き去った、一人の青年の姿だった。






「あの……金髪で、すっごく綺麗な女の人で、背が高くて……」

「この写真の人、見かけませんでしたか?」

 翌日。午前中一杯を情報収集に費やしても、そう簡単に手がかりは掴めなかった。

「はーあ、疲れたぁー」

「見つかりませんね……まあ、三人組に関しては国軍も追っている相手ですし……」

「金髪美女に黒髪少女、腕の立つ男、かぁー」

 アリシアの表情が曇る。黒髪の少女。もしかすると。

 いいえ、まさか。

 しかし、マリアの計画に手を貸した人物がきっといるはずだった。彼女がティアラを盗る間、皆の注意を引く————そうだ、火事があった。

「リン……」

 ひとりぼっち。

 何故か、そんな言葉が浮んだ。仲の良かった三人は、今や。いや違う、本当にひとりぼっちだったのは誰だ。そうさせたのは————

「アリシア様ー?」

「……ん、なあに? ローリア」

「お腹空いたの? 昼食にしましょうか」

「あ、うーん。そうね」

 暗い心情を悟られたのだろうか。市場に美味しそうな屋台があってー、と目を輝かせて言うローリアに、アリシアも引っ張られながら、楽しそうに駆けていく。その様子を、すっかり置いていかれた護衛二人は苦笑いで見失わない程度に追う。

「モランさん、俺、ローリアさんがあんな風にはしゃぐの初めて見ましたよ」

 女優だな、とモランは笑った。






 熱々のパイを手に入れた二人。中の具で火傷をしないようにそっと齧ってはいるが、慣れないアリシアはなかなかの苦戦を強いられていた。

「あちちー」

 気にせずかぶりついたローリアも参ったように舌を出して笑う。

「美味しいわ! こんなパイもあるなんて、知らなかった!」

 アリシアの知るパイは、お茶菓子として出される砂糖とバターたっぷりの甘い小さなパイだけだった。

 しかしひき肉とチーズのシンプルなそのパイは、冷えた体と心を十分に暖める。

「じゃ、もう少し頑張りましょうか!」

「あ、あのおばあさんとか? ずっとあそこに座ってるから、何か知ってるかも?」

 ローリアが、ぼろを纏った人らしきものを指差す。男か女かの区別がつかない程年老いたその人物は、こちらをじっと見つめていた。

「すみませーん、人を探しているんですけど」

「金髪で、美人で……えっと、背が高い!」

 近づいて来た二人を、目を細め見上げる老人。記憶を遡っているかのようだ。

「ああ……あっちさね、あー……タプ港の方向。あたしゃ見たよ、間違いない。あんたの姉さんだろう?」

「そう、そうなのよっ! 私のお姉様なの! ローリア、このおばあさんは見ていたわ!」

「タプ港って……あの、神殿への船しか出ないところでしたっけ」

 いつの間にか追いついた紫乃とモランが、地図を広げる。

「道沿いには小さな村くらいしか無いですね……」

「何故そんなところへ?」

「でもっ! 手がかり掴めたわ!」

 不審そうな顔をするモランを、アリシアが説得するように笑顔を見せる。

「一本道ですし、急げばなんとか追いつけるかもしれないですね」

「じゃあ早速急がなくっちゃ! おばあさん、ありがとう!」

 決意に満ちた満面の笑みで、中身のいっぱい詰まった袋から金貨を一枚取り出すアリシア。

「はい!」

「ちょ、アリシア様」

「なんだい、これ? ガキのおもちゃなんか……?!」

 チョコレートか何かだと思ったのだろう。金貨を噛む老婆の表情が固まる。

「あんた、これ、本物かい?」

 かろうじて残っていた歯が軋むのも構わず、金貨にくっきりと歯形を付ける老婆。本物の歯ごたえに、歓喜の叫び声を上げる。

「何をやってるんですか姫様はっ!」

「ああもう、ややこしい事になる前に早く行きましょう」

「え? えええ?」

 何が悪いのかもわからず、ただ戸惑うアリシアを三護衛が引っ張っていった。






「どーういうことよっ! どうすんのよこれから!!」

 長い間風にさらされているのであろう古い標識がぽつんと立った、何もない道で立往生するアクア、マリア、リンの姿。

 盗賊達の馬車に忍び込んだ三人が何故、こんな所に立ち尽くしているのか。

「ぽつり、途中下車の旅ー!」

「ふっざけてる場合じゃないでしょ?!」

「マリア、落ち着いて……」

 標識は、近くの街まで約四十キロを指している。馬車が止まったのを見計らって荷台から抜け出したまでは良いが、どうやらここは目的地ではなかったらしい。

「計画は完璧だったはずなのになぁ……」

「完璧じゃなかったからこんなことになってるんでしょ?!」

「失敗は成功の母だよ、マリア」

「ここで失敗したらもうどこで成功するっていうのよ!」

 ティアラが宝物商に運び出される隙を狙って取り返すなり、落札するなりの計画だったが、三人が馬車に戻るタイミングも掴めないままティアラは盗賊達と共に去っていった。

「でも大丈夫。目的地はわかっていますからね」

「え?」

 さも得意そうに言うアクアに、マリアが苛立たしげな目を向ける。

「密売の拠点は、カルスにあり!」

「お、おおー。って、また引き返すってことかぁー」

「うん」

 地面にしゃがみ込みあからさまに面倒くさい、とマリアは呟く。

「急いで行けば歩きでも半日で到着できるでしょう。国軍の兵も今頃は、情報収集のほうを重点に置いているはず」

「まあ、それが今残っている手だから仕方ないか……」

「荷物が減って身軽になったからきっと歩きやすいわ」

 救いなのかよくわからぬ理論を述べ、マリアに手を差し伸べるリン。皮肉を言う性質ではないので、恐らく純粋にそう思っているのだろう。

「じゃ、行こっか」

 気を取り直したように顔を上げ、マリアはその手を取った。






「ねえ、あんた。ばあさん、ちょっと」

 先ほど、アリシア達に道を教えた老婆が放心した様子で顔を上げると、そこには僅か十四、五歳程に見える少女が興奮した面持ちで見下ろしていた。

「さっきあんた、金貨貰ってただろ? ねえ、あいつらどこ行った?」

 黙ったまま老婆は、タプ港へと続く道の方向を指差す。

「そっか、ありがとさん」

 傍らに寄り添う隻眼の大男に何か呟くと、奇妙な二人組は去っていった。

 目もくらむ程の高額な懸賞金が、その盗賊団の首にかかっていた事も知らずに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ