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Ⅸ 藍玉−アクアマリン−

Ⅸ 藍玉—アクアマリン—


 レゼーヌ王国最大級とも言われる、アワ港へと足を進めるアクア、マリア、リンの三人。

「ん、じゃあ今日はもう暗くなって来ましたし、この辺で休みましょうかー」

 国軍の検問を避け、歩いてきた森を抜けると、少し開けた野原に行き当たった。

「仕方ないけれど、また野宿ね。リン、大丈夫?」

「ええ。この薬草を煎じると、疲労を取り去る薬ができるの。二人もいかが?」

「い、いや……遠慮しておくわ」

「私も疲れてないので結構ですよ、殿下」

 森の抜け道を通って来たにも拘らず涼しげなアクアに、マリアがジトっとした目を向ける。

(こいつ……絶対に風邪を引かないタイプの馬鹿だわ……)

「近くにも兵士が巡回しているかもしれないので、寒いけど火は焚けませんね……。と、そんな時は!」

 幌馬車の中から、大きな布を取り出すアクア。

「この、ふわふわ毛布! 最高級のメリノウールに有袋ハヤトの毛を織り込んでいて、それはそれは温かいという幻の毛布ですよー。手に入れるの、結構苦労したんですよねぇ。本当は商品として扱うつもりだったんですけど……」

「商品? あなた、リランの兵士じゃなかったっけ」

「今の私は、南北東西を駆け回り、様々な商品を承け負う旅の商人……! もとい、リラン帝国陛下殿下ご兄妹の私兵であります!」

「あれ……逆? ん、どっちだったっけ、アクア」

 敬礼するアクアに、リンが混乱する。リラン前皇帝が世を去ってから、アクアはリランを離れ、あらゆる情報を収集するウィリアムの手足となった。あちこちを旅する商人は、都合の最も良い仮の身分として長年使ってきた愛着のある職業だった。

「うわあ、この毛布良い肌触りー! たまには役に立つのね」

「あはは、たまにってどういう事ですかマリア」

「今日からアクアのあだ名はたーまーねーぎー!」

「“たま”しか合ってないじゃないですかー」

 楽しそうに言い争う二人を横目に、リンはふと、空を見上げた。

「たまに……たま……玉桂、綺麗……」

「たまかつら?」

「お兄様が……葵様が、言っていらしたの。“玉桂”月の、異名」


『鈴……と言ったな。何故泣いておる』

 “母親”という、温かいそれを求めて泣いていた幼き頃。月夜の晩に一度だけ、リンと葵は言葉を交わした事があった。

『上を向け、我が妹よ。天上の月が見えぬか。毅然と美しく輝く、玉桂を』

『たま、かつら……?』

 美しく整った彼の顔に、月光が影を落とす。

『月に生えるという桂の樹だ。故に、月の異名として使われる。どんな美酒でも、憂いを一掃するに関しては、玉桂に及ぶに至らん』

 言われて見上げた月の美しさに見惚れてか、気付けば涙は止まっていた。ひたと月を見つめるリンに、葵は優しく微笑んだのだった。

 

「綺麗ね……」

「さ、そろそろ寝ましょうか」

「もう、空気壊さないでよ馬鹿たまねぎ」

「明日もたくさん歩くんですよー?」

 見張りの順番を決め、各自心地よい毛布に包まる。

(月も、悪くないわね……)

 冷たくも、柔らかい光を宿す月に、マリアはそっと目を閉じた。




 夜の帳よりもなお濃い色をした木々がざわめく。月は森の向こうへと隠れ、僅かな星明かりだけとなった。

「……」

 気のせいだろうか。たった今、枯れ葉を踏む足音がしたのは。見張り番をしていたアクアは、そっと身を起こす。

「……!」

 弓を引く音を耳にし、咄嗟に飛び起きる。

「殿下、マリア、起きて下さい!」

「ぅうん……ぇ? どう、したのアクア……!」

 どこからか飛んできた矢が数本、伏せたアクアの頭上をかすめた。

「リン起きて!」

「う、うん!」

「待ちな」

 低く通る声が、樹上投げからかけられる。

 わずか十四、五歳くらいに見える少女が三人を見下ろしていた。

「身包み全部置いてくまで、逃がさないよ」

「あなた……盗賊?!」

「動くなよ、ねえちゃんら」

 四方の闇から屈強そうな男達が多数、それぞれ武器を構えて姿を現す。

「囲まれましたね。ざっと……三十人以上はいるでしょうか」

「そんなに……。逃げるしか、ないかしら」

「んじゃ、走りますよっ。私の後にしっかり付いて来て下さいね!」

 銀色に光る片手剣を鞘から引き抜き、輪を成した男達の中へと一直線に斬り込んでいくアクア。

「全力ダッシュ!」

 リン、マリアもそれに続く。

「追いな! 金歯だって見逃がしゃしないよ!」

 森の奥へと逃げ込む三人。激しく揺れる松明の光が微かに、後ろの方へ迫って来ていた。

「がめつい奴らですね……よしっ」

 先頭を走るアクアが、先に鉤のついた縄を、高い木の枝に引っ掛けてよじ上る。

「殿下! 縄に掴まって絶対に放さないでください!」

「え?! きゃぁぁぁ……!」

 枝の上へ立ったアクアが、リンが掴んだ反対側の縄にぶら下がり、その力で一気にリンを木の上へと登らせる。

「つまり、木の枝が支点、僕が力点、殿下が作用点!」

「誰に説明してるの! 私達も登るわよ!」

 ティアラを口に咥え、マリアも縄に手をかける。

「マリア、もう少しだ!」

 別の縄で先に登ったアクアが、木の上から手を差し伸べた。その手を取ろうとした、瞬間。

「ぁ……っ!」

「マリアっ!」

 縄を持つ手が滑り、小さな悲鳴を漏らすマリア。口に咥えたティアラが、地上へと落ちる。思わず後を追い、縄から手を離すマリアのもう片方の手を、アクアが間一髪のところで掴み取った。

「てぃ……ティアラが……!」

「殿下、縄を上げてください」

「え、ええ」

 そのまま片手で引き上げ、震えるマリアの口を塞いで枝の上に座らせるアクア。

「おいっ! どこ行ったぁ!」

「あいつら、商人らしい! 荷物からして、結構な儲けだぞ!」

「女もかなりの上玉だぜぇ! そう簡単に逃がしてたまるか!」

 過ぎ行く男達を、三人は息を殺して樹上から見下ろす。

「っでぇぇ! あ、足の裏に! なんか刺さったぁ!」

「ん? な……お、おい見ろ! うはは、ほ、宝石が落ちてるぞ!」

 マリアがきゅっと唇を噛み締める。男の足の裏に刺さったのは、ティアラの先端部分だった。

「ん? なんだこれ……王冠?」

「バッカだなぁお前、そいつぁ“てぃあら”ってやつだ」

「ティアラ? そらかなりの値打ちもんだぞ!」

 ティアラが盗賊達の手に渡るのを見、木の上から飛び降りようとするマリア。しかしアクアに止められる。

「相手が多すぎる。今行くのは危険だ」

「でも!」

 アクアが、鋭い視線をマリアに放つ。

「っ!」

(あの時と……同じ……!)

 いつも間抜けな表情をしているから、時々忘れそうになることがある。

 あの夜、カルスの宿屋で背後に感じた、凍るような殺気を。

 容赦の片鱗も見当たらぬ、深紫の瞳を。

「イライザ様に報告だ!」

「み、見つけたのは俺だぞーおいっ!」

 我先に、とティアラを持って駆けてゆく盗賊達が遠ざかる。

「この近くに根城があるはずです。付けていって、機会を見計らってから取り戻しましょう」

「え……ええ」

「……」

 まるで子供をなだめるような口調でそう言うアクアに、マリアは不機嫌そうに黙り込んだ。

「怖いのなら留守番でもしていますか? 殿下なら一緒についていてくれますよ」

「なっなんでそうなるのよ! ここで離れると面倒だしそれに盗賊なんて怖くないわ!」

 そう、怖いのは。

 本当に怖いのは、目の前にいる人物なのだと。

 早鐘のように打つ心臓の理由もわからずただ俯いて黙り込むマリアを、リンは繁々と興味深げに見つめたのだった。


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