「人が涙を流す訳」
人が涙を流す訳、僕は泣く意味が良く分からない、怒り、悲しみ、歓喜、涙の形はたくさんあるけど、僕は泣けないんだ。
だって僕はロボットだから・・・。
技術の進歩により、人の感情である喜怒哀楽の、感情ソフトっていうやつが、僕の頭に組み込まれてるらしい、いつか博士が言っていた。
そして博士は、名前の無い僕のことを、こう呼ぶようになった。
「優」と。
優れた感情と、優しさを持って欲しいと願いをかけ、この名前にしたんだという。
「よいか優、頭に組み込まれているソフトは、基本のシステムしか構築しておらん。まぁ簡単に言うと頭は赤子で、体だけが大人じゃ、今からたくさんの経験をして立派な大人になろうな」
僕は頷くと、「良い子だ、良い子だ」と博士は笑い、そのとき初めて僕も笑った。
年月が過ぎ去り、僕はいろんなものを吸収し、言葉の表現力も兼ね備えていった。
博士は高齢になり、歩くことが困難になり、僕が博士の足代わりとなった。
そんなある日。
「散歩に行こうか優、外は天気だし雨は降らんじゃろう」
僕は、雨が唯一駄目だ。
水滴が僕のゴムの皮膚に落ちると、メインスイッチが落ちて動けなくなる仕組みになっているらしい。漏電し、頭の回路がショートしないように設計されたんだって。
そんな仕組みは必要ないと、取り外す様に、何度か博士にお願いしたけど、結局駄目だった。
快晴の中、ゆっくりと、博士を抱きかかえて歩いている。
「気持ちがいいなぁ、優、有り難う」
「どういたしまして」笑顔で僕は返した直後、僕の背中に何かが触れた。
バチッ。体を駆け巡る不快感、辺りにたちこめるゴムの焼ける匂い。
そして背中越しの男の声。
「おいおい、お前人間か?最高電力を加えても、倒れやしない」
近頃、続発している感電強盗だと、僕はすぐに理解した。
注意を呼びかける記事が、たしか電子新聞に書いてあった。
手の中の博士はぐったりとし、呼びかけても、ゆすっても起きない。
僕の頭の中の回路が 異常な熱を発し、頭の中で何かが弾けた。
「うぉ−−−−」
突然、叫んだ声に犯人は驚いたらしく、その場を後にしたようである。
抱きかかえた博士の顔に黒い粒が落ちる。一つ、二つ、三つ。
抑えきれない怒りと悲しみの感情が押し寄せ、目からとりとめなく、オイルが溢れてくる。
僕は今泣いている、大切な人を失って。
人が涙を流す訳・・・。
それは、喜怒哀楽の感情が、ある一線を越えた時の、心の叫びであり、人間が持ち合わせた「心の表現力」なのかもしれない。