第2話 従兄
海女に引っ張られて裏へ行き、なんとか塀を乗り越えた。
「嘘・・・だろ・・・」
淳吾が絶望したような声で呟いた。
「嘘じゃない。ウイルスの感染力が・・凄かっただけだ」
辺りに生きた人の姿は無かった。近くの病院には、治療してもらおうとして力尽きた多くの人々が亡骸になっていた。
「ウイルスて・・・こんな滅茶苦茶潜伏期間短いことあるんかいな・・・」
「出来るだけ離れて歩こう。感染したら元も子もない」
そうは言ってもよ・・・と淳吾が小さく言った。
「こんなにも・・溢れてたら近づこうと思わなくても行かなきゃならなくなるぞ?マスク貰ったほうが良かったんじゃないか?」
信司は無駄だ、と言って一つの死体を顎で指し示した。その死体はしっかりとマスクをしていた。さらに、消毒用アルコールを手にしていた。
「アルコールが効いてないのか!?」
「これほど強力なウイルスは無い。誰かに人工的に作られたものだろう」
それよりも、と海女が言った。
「これから何処行くんか決めた方がええんちゃう?ずぅっと外おったら絶対感染するわ」
それなら、と信司は言い、携帯電話を取り出した。そしてどこかに電話をし始める。
「どこに電話してるんだよ、シン?」
「しーっ!電話してんねんから静かにせな」
「もしもし?信司だけど・・」
ちょっと頼みがあってさ、と信司は話を続ける。
「すげぇな。電話の相手、生きてるんだ」
ほんまやな、と海女が驚いた表情をして言う。すると信司が有難う、じゃあ行くから、と言って電話を切った。
「シン、誰なん?こんな状況で生きてるなんて」
「ん?ああ、従兄だよ、従兄。結構頭いいし落ち着いてる。まぁ何よりこの近くに今いるからさ」
そう言って信司は歩き出した。
「お、おい!待てって・・」
海女と淳吾も遅れないようについていった。
何キロか歩くと、大きな大学に着いた。
「ぜんぜん・・近くないじゃないか・・」
淳吾が疲れたようにとぎれとぎれに言う。
「坂道が多いから。慣れれば平気だよ」
「慣れればってなぁ・・・あっ、ここ日本大やん。超難関の。何でアンタここに?」
信司はさぁ?と言うと大学の中に入っていった。大学の中も、生きた人はいなかった。
「こんな所にお前の従兄がいるのか?」
と淳吾が聞くと、信司はああ、と短く答えるとずんずん奥へ進んでいった。
倉庫のような建物の前で立ち止まると、
「ヤマト、信司だけど。来たよ」
と言った。するとカチッと音がして扉が開いた。そこには背の高い青年が立っていて、早く入れ、と促した。海女がめっちゃイケメンやん、と呟いたのが聞えたが、淳吾は苦笑しそうになるのを堪えて中に入った。
中は研究室のようになっていて、入るとすぐに手に何か液体を吹きつけ、靴の裏に付着したものを全て取り除いた。
「悪いな、ウイルスは強力なんだ」
先ほどヤマトと呼ばれた青年が苦笑しながら言った。
「それは俺達も十分実感したよ」
と信司が悲しげに言った。ヤマトはそうだな、と小さく呟き、淳吾と海女に目を向けて言った。
「シン、お前の友達か?」
「あ、はい、ウチ、西宮海女って言います。友達はよく・・」
と言ったときに淳吾が小さく「友達いんのかよ」と呟いたのを逃さず聞き、淳吾を軽く殴った。
「マリって呼びます。宜しくお願いします」
と言うとそんな風に笑えるんだ、と思うほどかわいらしい笑みを浮かべた。ヤマトは苦笑しながら淳吾を気遣うように見た。
「あ、大丈夫です・・前ボコボコにされたんで」
と淳吾が言うと海女はギロリと淳吾を睨みつけた。それに気付いた淳吾は小さくスミマセン、と言った。
「あー、俺は大井淳吾です。ダチからはジュンって呼ばれてます。・・宜しく」
と多少横の海女を警戒しながら言った。ヤマトはそれを見てまた苦笑し、そんな怯えなくても、と言った。
「俺も名乗らなきゃな。俺は一条大和。大和朝廷のヤマト。宜しく」
と言って微笑んだ。
「ところで、まあ聞きたいことは山ほどあるが、お前達の様子からするとここまで歩いてきたな?それに時間も時間だ。奥に仮眠室がある。腹が減ったら仮眠室の梯子を上ったらそこに食料と水を置いてあるから、それを食べるといい。俺はちょっと調べることが残ってるからここを離れるけど」
「うえぇっ!?ヤマトさん、ここ出ちゃうんすか!?」
さんはつけなくていいよ。それに敬語も使わないでいい。と言って大和は笑った。
「大丈夫だよ。ちゃんと防護服みたいなのがあるから。じゃあ」
と言うと大和は裏口があるらしい方向に向かい、消えていった。
「どうするよ、シン?」
三人はカプセルホテルのようになっている仮眠室で顔を出して話をしていた。
「今日は寝よう。起きてたって何も出来ないだろ?」
せやけど、と海女が小さく言った。
「せやけど、これからどないなんねやろ?家族は、どうなってんねやろ・・・」
「携帯電話は繋がりにくくなってる。今回ヤマトに繋がったのは奇跡みたいなものだ。明日考えよう。今日はもう・・・疲れた」
せやな、と海女はいい、おやすみ、と言って顔を引っ込めた。
「おやすみ」
「おやすみ」
もしもヤマトに繋がらなければ、俺はこうならなかっただろう。
でも、もし繋がらなかったら、淳吾も海女も、命はなかった。