第1話 全ての元凶
全ての元凶。それが何かと訊ねられると、きっとあの日だと答えるだろう。
「シンー!」
そう呼ばれて一条信司は顔を上げた。模試が終わり、信司は既に帰宅の準備を始めていた。
「ジュン、どうだった?テストは?」
「俺もそれ聞きに来たとこ」
と言って大井淳吾は笑った。淳後とは中学生のときに知り合い、意気投合した。高校に行った今も、二人は同じ学校に通い、つるんでいる。
「俺は色々な意味で終ってるよ」
と言って苦笑する。それを見て近くの女子が騒ぎ出す。淳吾は大人のような顔をしているとは思う。でもそれは女子に言わせるとクールな二枚目だそうだ。残念ながら信司には女子に騒がれる要素もなく、普通、だそうだ。
「俺は・・・完全無欠?」
といってニヤッとすると淳吾はハハッと笑った。
すると
「ちょっと、ここのクラスに内田ゆう奴おる?」
と廊下の窓から眼鏡をかけた女子生徒が言った。それを見て淳吾はブルブルッと震えた。
「どうした?」
「あいつ、西宮海女って言うんだよ。大阪から来たらしいけど」
「何でそんなこと知ってるんだよ」
「そりゃあ・・」
と淳吾が言いかけたところでドスッと鈍い音がした。続けてゲホゲホと咳き込む声がする。前を見ると海女が内間を見下ろしていた。
「きゃあっ」
と誰かが叫ぶ。
「あんた、いい加減にしいや。ウチの後輩、あんたに付きまとわれて気持ち悪いゆうとんねん!しかも告ってフラれたのに!?あんた、ストーカーやろ?次あの子に手ェ出したら、通報したるからな!」
水を打ったように静まりかえった教室から、海女は出て行った。海女が遠くに言ったのを確かめて、淳吾は言った。
「俺、王様ゲームの罰ゲームで、あいつに喧嘩売ったんだよ。4月に。もうボロボロにされたんだけど、痣もなんにもなし。手加減したっぽいんだけどまぁ痛くて痛くて」
淳吾がハァ、とため息をつくと、突然男が教室に駆け込んできて言った。
「これから帰宅の予定だったのですが、えー新型ウイルスが日本で発症し、危険なのでしばらくここにいてもらうことになりました」
そういい終えたと同時に、「えー」「マジかよ」「ういるすってパソコンとか?」と生徒が口々に言う声が聞えた。
「敷地内であればどこでも構いませんが、後に配布されるマスクを着用することを義務とします」
そういうと男は部屋から去っていった。それと同時に信司は突き動かされるように言った。
「ここに居ちゃいけない」
「は?何言ってんだよシン?」
「ここは危険だ。どこかに行かないと」
「そりゃ何かしら危険だよ。世界は。安全なとこなんてないって」
「そういう事じゃない。・・・わからないのか?」
「何が?」
何が危険なのか?そう自分に訊ねても、信司は答えを見つけることができなかった。
「いいか?とにかく危険なんだ。何かが起こる。今すぐここを出ないと、手遅れになる」
「何だよ?手遅れって?・・おい!」
信司はそれに答えずに淳吾の手首を掴んで廊下に出た。淳吾がおい、おい、と言っているのが聞えるが構わなかった。とにかく危険。そう感じてただここを出ようとしていた。
勢いよく角を曲がろうとした瞬間、誰かと正面衝突した。
「いっってー・・・シン、何してんだよ?」
「いったー!アンタ、どこ見て歩いてんねん!ってまぁ、わざとちゃうやろけどな・・ってアンタ、こないだウチに喧嘩売ってきた奴やんか」
ヒィッと言って淳吾が信司の後ろに隠れる。
「そんなビビらんといてえな。ちゃんと加減したやろ?ところで、シン、やんな。アンタ、どこ行くつもりやったん?まさか、脱走?」
ギクリとして思わずとびはねる。それを見て海女はハハッと笑った。
「図星やな。ええやん、ええやん。楽しそう。なあ、ウチも連れてってくれへん?」
予想外の言葉に、信司と淳吾は顔を見合わせた。その様子を見て海女がまた笑った。
「ほら、行こうな。あ、正門と東門はアカンわ。塀をどっかで越えへんと。見張りが立ってんねん。建物の裏行ったら死角に入るから出れるで。行こ!」
海女に引っ張られながら裏へ走った。もしこの時脱走しなければ、俺はきっとこんなことにならなかっただろう。