暇つぶしの言葉遊び
「例えばの話をしよう」
日も傾き始めた午後五時過ぎ、人気の少なくなった校舎の一角にある教室の窓際の机の上に座っているのは少女。
窓を開け放っており、吹き込んでくる風で長い髪が靡いている。
もう一人、机と対になっている椅子に腰掛けているのは少年。
少女が机に座っているために狭くなったその空間で、手を頭の後ろで組み、狭くないようにだろう若干仰け反っている。
今まで沈黙だったにも関わらず突然言葉を発した少女に、少年は多少驚きつつ、先を促した。
「仮にAとしよう。Aはある日放課後、誰もいない教室に佇んでいた。何故だと思う?」
「つーかそれって仮定するまでもなくお前のことなんじゃ……」
「それは気のせいでしかないから早く答えてくれないか」
横暴すぎる少女の発言に少年は思い切り、隠そうともせずに、溜息を吐き出した。
少女はそれを気にする訳でもなく、早く話を進めたいと言いたげな表情をし、彼の答えを待っていた。
「……あー、じゃあ窓から好きな人を見てた、とか」
「ではそういうことだとしよう。話を続けるぞ、では何故近くではなく遠くからだったのだろうか」
「それはほらあれだ、恥ずかしかったからとか、そういうんじゃねえの?」
予想外だったのか少し目を見開いて驚いた様子を見せたが、直ぐに普段通りの表情に戻った。
先程までは流れる様に会話が続いていたにも関わらず、暫くの沈黙。
元より見つめあうように座ってた為に、少年はやはり沈黙が多少気まずいのか、少しだけ視線を外し、泳がせた。
「恥ずかしい、か。では仮にそうだったとして、Aはその後どういう行動を取るのだろうか」
多少歯切れの悪くくなったが、質問は続けるつもりなのだろう。更に難解ともいえる内容を口にした。
「……いや、それは俺の知ったこっちゃねえっつうか、なんつうか……」
「それは私にも言えることだ、Aがどうなろうとどうしようと関係ない。だがしかしこれはあくまで例えの話であり、言葉遊びだ。暇潰しのな」
少女の最後の言葉を聞いた少年の顔はなんともいえない表情になっていた。
少女の言う”暇つぶし”は何時も突拍子もなく、飛躍している。
それは何時も付き合っている彼にしか分かりえないことで、彼が一番の被害者であった。
勿論少女もそれには気づいているものの、少年が本気で否定してこない為に続けているのだ
否定しない少年は、何時もこの”暇つぶし”に意味があるのを知っており、無意味ではないから何時までも付き合うのだ。
「告白するか、告白せずに諦めるか、の二択だろうな。まっ、俺なら前者を取るけど」
「それは何故? 何もその二択である必要はないだろうと私は思うけれども」
「いや、前提があるからこの二択だ。恥ずかしかろうがなんだろうが、好きなら結局告白するか、しないか、のどっちかしかねえからな」
「……ふむ、確かにそれは一理あるな」
納得したのだろう少女は、すっきりとした表情で椅子から立ち上がり、窓を閉め始めた。
これは先程までの”暇つぶし”が終わったことを意味しており、少年も椅子から立ち上がり、帰宅の準備を始めた。
しかしどうやらすっきりしない様で、眉間に皺が寄ったままだった。
「なあ、今回は何でこんな話をしたんだよ? まあ、理由がねえっつうなら、俺は別にそれで構わねえけど」
どうやら気になったままではいられなかったらしい、思い切った様子で口を開いた。
窓を全て閉め終えて、やっと帰宅の準備に移りかかっていた彼女は顔を上げ、ああ、と小さく呟いた。
「それはつまり、私は君が好きだということを伝えたかっただけだよ」