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KERI  作者: テルサキ
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ep.08【黒歴史と心霊現象】

 「ふふっ。先輩をお家に呼んだなんて、クラスメイトに見つかったら殺されそうですね♪」


良く磨かれた大理石の床に、吹き抜けの高い天井。広いリビングには高そうな絵画が飾られてる上に、まさかまさかのシャンデリア登場。

お金持ちの家を見るのは、これが初めてではないけれど。それにしたって、野村さんの家は、パンピーの僕にとって、心臓に悪い代物だった。


「す・・・すっごいね。野村さんちってお金持ちなんだ」


目にするものへの衝撃があまりにも強すぎて、言葉を失ってしまっていた僕は、

桃色ベースで可愛らしく装飾された野村さんの自室に通された後、ようやくそう感想を零した。


「えー。それはないです。普通ですよ」


そうにこやかに言い切る野村さんには、謙遜の色など微塵もない。

・・・そういえば先程挨拶させてもらった野村さんのお母さん。

僕を見るなり「娘に初めて友達が出来た!」と涙目で喜んでいたのだが・・・


「・・・もしかしなくても野村さんって、僕みたいな一般人の家、入ったこともないんでしょ?」


ズバリ、聞いてみる。

なんとなくそんな気がしてはいたが、野村さんは世間や人付き合いというものに疎いタイプの人間だ。

それに加え、彼女の日常を取り囲むこの豪奢な品の数々。

この少女はいわゆる「深層の令嬢」というやつではないのだろうか。


「・・・あれ?なんでわかっちゃったんですか?」


そして僕の指摘は正しかったらしい。

野村さんは大層驚いたように顔を赤らめると、


「お恥ずかしいのですが、友達の家に呼ばれるような機会がないのです。

 自分の家に人を呼ぶというのも・・・その・・・先輩が初めてで・・・」


たどたどしく、そう弁解した。


・・・うーん。もし野村さんが狭くて貧しい僕の家に来たら、どんな反応をするんだろう。

ちょっと見てみたい気もするが、その反応次第では僕自身がとてつもないダメージを食らいそうである。

とりあえず危ない橋は渡るまいと心に決め、僕は視線を部屋の中央にある窓の外へ向けた。


「・・・あ。本当に、学校が良く見えるんだね」


確かにここは、卒倒しそうな程の大豪邸である。しかし一度窓の外に目をやれば、そこにはあるのは見慣れた校区の景色が広がっているだけだ。

その事実に僕はほんのちょっとだけ肩の力を抜き、グラウンドの様子まで間近に見えるこの景色を堪能した。


「はい。お父様に頼んで、学校がよく見える位置に部屋を作ってもらったんです。

 あの・・・私って病気がちで、登校できない日が多いので、せめて皆の様子見ていたくって」

「へぇ。そうなんだ」


一瞬聞こえたお金持ち発言を、さらりと受け流し、僕は学校の様子を観察する。

キープアウトされた校門の前には今や黒山の人だかり。

いち早く「トイレ爆破」の噂を聞きつけたマスコミが我先にと集まってきているようだ。


そしてそれをかき分けるようにして校内に入って行く警察官や機動隊の皆様。

パトカーも続々と集まり、周囲の喧騒はどんどん激しくなっていく。


「・・・なんだか、僕たちの学校じゃないみたいだね」


ぼそりと僕は呟く。

平和だった昨日までの日常が信じられなくなるくらい、目の前で処理されている事件は深刻だった。


「早く普通に登校できるといいですね。大した事件じゃなければいいんですが・・・」


僕の隣に立ち、野村さんは言う。どこか寂しそうなその様子は、僕を妙に落ち着かない気持ちにさせた。

なんというか、この話題を続けると、結果的に目の前の少女をものすごく傷つけてしまうのではないかという、そういう焦りを感じるのだ。


「あ・・・あのさ。そういえば昨日の写真、見せてくれるんだったよね?」


そして咄嗟に話題転換を試みた僕は、次の瞬間後悔する。

―――しまった、よりにもよって僕の一番避けたかった話題を・・・!

これは完全なる墓穴である。


「そうです!そうなんですよっ先輩!私も実はまだ見てなくって・・・先輩と一緒に見れるなんて・・・光栄ですっ!」


こうして「写真」という単語をきっかけに入る≪野村チェンジ≫スイッチ。相変わらずの強烈な変化だ。


 先程までの儚げな雰囲気は何処へやら。野村さんは大きな瞳に星の煌めきを宿し、背中には薔薇の花でも背負いそうな勢いで僕の手を取った。

そしてそのまま力強く引っ張られて行く僕。内心、僕は野村さんの病弱説を疑わずにはいられない。

だってこの少女、腕力だけならそこらへんの男子よりある。絶対ある。


「私、絵を描くのは好きなんですけど・・・写真撮るのってちょっと苦手で。

 自分が撮った写真を現像した後っていつも不安なんです。ちゃんと撮れてるかな・・・って。

 もしダメだったら・・・って思うと、一人で見る勇気出なくて・・・」


早口にそう喋り続ける野村さんの手は震えている。

その様子があまりにも健気だったので、僕は励ます意味をこめて、握る手に少し力を込めた。


「・・・先輩」


そんな僕の仕草で元気を取り戻してくれたのか、力強く僕の手を握り返す野村さん。

・・・気のせいか、握られてる方の拳の骨が軋んでる感覚が、すごくする。


「あ痛っ!」

「さ、先輩!これから開封しますよっ!カッコ良く撮れてると良いですね♪」


骨の軋みが痛覚に伝染した一瞬後、野村さんはようやく僕の手を離し、

壁際に付けられた学習机へと向かって歩いて行った。

机の上には、カメラ屋のロゴ入り封筒が一枚。


――あの中に僕のセミヌードが・・・


そう考えると、顔に火が付いてそのまま燃え死にたくなってしまう。


「さ、まずは一枚目です!・・・おやおや、先輩まだ恥じらいが取れてません!」


先程の弱気が嘘のよう、写真を目にした途端、野村さんはご機嫌かつ饒舌に実況を始めた。


「二枚目はどうかな・・・ああ!折角の御美足、隠しちゃだめですよ先輩!」


――・・・お前・・・どこのエロ親父だよ。


野村さんのことを可愛いと感じる際のあの胸のときめきを返して頂きたい。

自分はこんな少女の道楽に付き合わされているのかと考えると、妙に虚しくなってきた。


「さてさて・・・三枚目は~っと・・・おお!これは良い感じです!」


そう言って、突然差し出される一枚の写真。

 そこにあるのは当然、僕のセミヌード。

胡坐の姿勢をとった僕は、黒布を身体に巻きつけ、遠くに目をやってる。

・・・というか多分この時分、僕の意識はなかった筈だ。


「なかなか良いと思いませんか?・・・そして四枚目は・・・ああ、なんか惜しい!」


またしても差し出される一枚の写真。

そこに写るのは、鴬谷さんの手を振りほどこうとでもしたのか、

拳を握り、身体をひねらせた僕の上半身・・・


「・・・ていうかさ。これ、男じゃん」


差し出された二枚とも、「むしろをとこじゃん」と突っ込みたくなる程に猛々しい代物だった。

撮影の最中「いらないでしょ」と言われ無理やり外されたブラの意味も、今では理解できる。

布の隙間から僅かにのぞくそれを見て、僕は判断する。こんなのおっぱいじゃない、ただの大胸筋だ。


「いやぁ、たまたまですけど黒い布があってよかったですね。

 色が神秘的で高貴なので、先輩の魅力をひきたててます!」


次に差し出された写真を手に、僕はげっそりと項垂れる。

そこに写ってたのは、黒布を頭まで被り、宙を(恐らく鴬谷さんあたりを)睨みつけてる僕の姿。


「・・・何これ、減量中のボクサーかなにか?」


自分で言うのも切ないけれど、もうこれはただの男である。

暗い気持ちで写真を睨んでいた僕は、不意に違和感に気づき、顔を上げた。


「さて・・・次の写真は・・・」

「貸して!」


咄嗟に、僕は野村さんの持っている写真の束を奪う。


「ああ~!独り占めはダメですよぅ!私にも見せてください!」


そう言ってすり寄ってくる野村さんを無視し、僕は手もとの写真に集中した。


「これも・・・これも・・・・ああ!これもじゃないか!」


最初に受け取った写真が三枚ともそうだったから、まさかと思っていたのだが・・・

そこには僕が生まれてこのかた、一度も目にしたことのない代物が写り込んでいた。

それは骨のようにやつれた男の顔。それが僕の背後に写っているという心霊写真。フィルム一本分の心霊写真が、今、目の前に・・・!


「・・・うああああああああああ!!」


恐怖のあまり、僕は写真の束から手を離す。当然写真は僕の足元に散らばり・・・


「ああ!ダメですよ写真にそんなことしちゃ・・・!呪われます!」

「知ってたのか!?全部心霊写真って、知ってて僕に見せたのか!?」


お化けよりも人間の方が怖い、などという言葉は確かにあるが、

十四歳乙女の僕にとって、お化けは何よりも怖い存在である。

僕は戸惑い、恐怖し、涙する。こんな・・・こんなのあんまりだ!


「違うんです!怖がらせてしまったのならすみません。でも、私にとってはこういうのって当たり前で・・・」


途端しおらしくなる野村さんの姿に、僕の頭は僅かな冷静を取り戻す。


「当たり前・・・って」

「私、写真って苦手で・・・私が撮影すると、どうしても何か霊的なものが写っちゃうんです。

 怖いから毎回、現像した写真を一人で見ないようにしてるんですが・・・

 私が心霊写真を撮ったからって、悪いことが起きたこともありませんから・・・先輩が怖がる必要はないんです。」


そうため息交じりに弁明する野村さんに、僕は思わず脳内突っ込みを入れる。


――「苦手」ってそういう意味かい。


能力的な意味の苦手ではなかったらしい。


「ポジティブに捉えれば、特技が心霊写真ってことになるんだ・・・」

「そんな特技は嫌ですぅううう!」


・・・どうやら、僕は思考を思わず口に出してしまっていたらしい。

涙目で拒絶する野村さんを前に、僕は足元の心霊写真を一枚拾い上げ、改めて観察した。

怖いもの見たさというやつだ。


「これ・・・幽霊っていうよりも、死神みたいだよね」


ぼそりと呟く監察結果。ディスイズ恐怖。

黒布を巻きつけた僕の背後に写るその男は、僕と似たような黒布で身体を覆っている。

骸骨のような顔をしたその男の出で立ちはまさに、死神という名称が似合っていた。


「・・・そう言われると、それっぽいですね。ていうかそうなると先輩も死神っぽいですよね」


――・・・は?


目の前の少女の発言が理解できず、僕の目は一瞬のうちに点になる。


「そうです。先輩は死神とペアルックなんです!後に写ってる彼との関係はなんでしょうか!

 ライバル!?友達!?それとも恋人!?

 キました・・・キタコレ!これは萌えます!」

「・・・はぁ!?野村さん・・・何言って・・・?」


またしてもやって来ました≪野村チェンジ≫である。

しかも今度の≪野村チェンジ≫は尋常じゃない。


「何って・・・ここから生まれる新たなロマンですよ!ときめきが始まるんですよ!」


・・・とりあえず、会話が通じる気が全くしないし、野村さんのテンションが理解できない。

ただ、僕の知らないところで迷惑な何かが始まろうとしていることだけは、なんとなくわかる。


「先輩!ありがとうございますっ!私こんな素敵なアイデア、先輩に出会わなければ湧いてこなかったと思うんです!」


謎の感涙にむせびながら、野村さんは僕の両手を取った。相変わらずの握力である。痛いっちゅうねん。


「アイデア・・・アイデア・・・ね。それはヨカッタ・・・」


げっそりとした気持ちで、僕は頷いた。

 理解の難しいこの少女だが、この一件で確かになったことが、一つだけある。


――野村さんは・・・逞しい。


誰もが恐怖に慄く心霊写真を前に、「キタコレ!」と叫べるなんて相当なツワモノである。

 僕は野村さんの将来に未知なる可能性を感じつつ。

足元に散らばる写真の中で、一番男らしい自分の姿を抜き取り、妄想にときめく少女から隠すように、そっとポケットにしまった。

 ・・・それはすなわち、パンツ一丁にも関わらず色気ゼロな僕の写真。


「これは・・・流石にアウトだろ・・・」


 暴走する野村さんを余所に、気が付けば僕はため息をついていた。



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