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KERI  作者: テルサキ
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ep.05【少年と芸術】

 そんなこんなで時は放課後。

相変わらず熱の冷めない追っかけの一年生たちの目から逃れるという意味もあり、

僕と野村さんは今、人気のない図書準備室に来ている。


「へぇー・・・やっぱ野村さんって絵巧いんだね・・・」


僕は、野村さんが常備しているというスケッチブックに目を通しながら素直な感想を述べた。


「そんなことないです。私なんてまだまだヘタクソなんで・・・お恥ずかしい限りです」


白い頬を真っ赤に染めて、俯く野村さんが可愛らしい。

・・・・そんなに謙遜なんてしなくていいのに。と、僕は思う。

野村さんのスケッチブックに書かれたものは、確かに、大半が鉛筆のみで描かれたラフスケッチだったが、

どれも繊細で躍動感があって・・・なんというか、描き手がいかに目の前の景色を愛しているかが伝わってくるようだ。

 僕には芸術のセンスというものがないから、あまりよくわからないが、

鉛筆だけでこれだけ魅力あるものが描けるということは、この人、かなり才能ある部類なんじゃないだろうか。


 ペラペラとページを捲りながら、僕は感嘆のため息をつく。

これだけ絵が描けたら気持ちいいんだろうなぁ、などと、少し羨ましくなったりもする。


「あ、この辺りからは一昨日の運動会の風景だね・・・

 へー・・・保健室からはこう見えてたんだ。あ、もしかしてこれ僕・・・」


スケッチブックの観察も後半に入った頃、僕はようやく、自分の見覚えのある風景に行き当たった。

そしてそこに描かれている人物の詳細を確かめようと目を凝らした次の瞬間、


「うわぁああああああ!はいっ!こちら準備整いました!写真撮りましょう写真!」


猛烈な勢いで迫ってきた野村さんから、スケッチブックをひったくられた。


「え・・・っと・・・」


本日二度目の≪野村チェンジ≫を目にした僕は、咄嗟に言葉を失う。

さながら、まるで獲物を奪われまいと警戒する肉食獣のようだ。


「なんか・・・ごめんなさい」


とりあえず謝りたくなる勢い。《野村チェンジ≫とはそういう現象なのだ。


 ちなみにこの≪野村チェンジ≫を命名したのは他でもないこの方。


「・・・すっご~い。本当別人みたいになるんだね!ジキルとハイドみたい♪」


「今日は、何か面白い予感がする♪」と言い張り、放課後の僕にずっと付きまとっている鴬谷さんだ。

ものすごい剣幕の野村さんを前に、ふわふわの髪を揺らめかせカラカラと笑っている。

この暢気さは、むしろ羨ましい。


「あ・・・えっと・・・あの。

 スケッチブックを見せるのは、撮影の準備が整うまでの間という約束でしたので・・・その・・・」


途端大人しくなった野村さんが、バツの悪い顔で俯く。

どうも、彼女は先ほど屋上で会った時以上に緊張しているらしい。


まぁ確かに、ほぼ初対面の先輩二人と個室にいるなんて状況、僕でも変にアガっちゃいそうなシチュエーションである。


「うんうん。そうだったよね。僕のほうこそ、勝手に続き見ようとして悪かったよ。

 さ、写真撮ろう、写真。僕は何すればいいのかな?」


目の前の後輩を少しでも元気づけようと、僕は小さな肩をぽんぽんと叩きながら話しかける。


「ねー。本当色々用意してきたんだねー。ちょー面白そうじゃん♪」


鴬谷さんの興味の対象も、野村さんが用意してきた雑貨の数々に移ったのを確認し、

目の前の弱気な少女は、ようやく顔を上げて僕を見た。


「美術部とか、演劇部が持ってる衣装とか小物を、今だけお借りしてきたんです。

 あの・・・黒沢先輩に似合うアイテムがあったら、是非モチーフにしたいと思いまして」


ボソボソとそう説明する野村さんに、鴬谷さんは色めき立つ。


「きゃー♪いいね、いいねっ。着せ替え人形みたいっ!私も選ぶの手伝わせて!」

「・・・えっと、だったらまずはこの服から・・・」


突然の意気投合をかましたこの二人の少女は、僕の意見を聞く素振りすら見せず、

地面に広がる衣装の山へダイブした。


「この服とか、黒沢先輩に似合うと思うんです!」


そう言って、シンプルなラインのシフォンドレスを引っ張りだす野村さんに、鴬谷さんはチッチッチと指を振って応える。


「ノンノン。ユーはカヅちゃんのこと、何もわかってないネ。」


・・・何故エセ外国人風?と突っ込む暇もなく、鴬谷さんは相変わらずジャージ姿の僕を指差した。


「なぜ、真面目なカヅちゃんが、校則違反を覚悟してまで、かたくなに学生服を拒絶しているか、解る!?

 スカートが似合わないからよっ!」


そして言い切る。人が一番気にしていることを。


「野村ちゃんはまだ一年だから、知らなくて当然だけど、

 このカヅちゃんのスカートの似合わなさは、風紀の田村先生の心すらへし折った代物なの!」

「・・・おい」


頼むからそろそろ勘弁して下さいと伝えたかったのに、ヒートアップした鴬谷さんは止まらない。


「ある日、田村先生はいつも通りジャージで登校してきたカヅちゃんを見て言ったの。

 なんで一人だけジャージを着てるんだ。皆と同じように、きちんと制服を着て登校しなさい・・・・って!

 そしてその翌日、カヅちゃんは言われた通り、学生服に身を包んで登校したわ・・・・」

「・・・それで・・・それでどうなったんですか?」


すっかり好奇心に日がついたのか、野村さんは緊張感も忘れてノリノリだ。


「わーわーわーわー」


そんな二人の少女を傍目に、僕は一人、耳をカポカポ叩きながら聞こえないふり聞こえないふり。


「校門の前で、カヅちゃんの制服姿を見た田村先生は、あわててカヅちゃんを人気のない場所に連れて行って言ったそうよ。

 『お前はジャージでよし!』・・・って!あのクソ厳しい田村先生がよ!?」

「えーー!信じられないですっ!」


盛り上がる二人の背後で、僕は静かに項垂れる。

中学一年の春、新調したての制服に袖を通した時、家族に大爆笑されたことも嫌な思い出だが、

風紀を取り締まる鬼教師に匙を投げられたことは、それを上回る不名誉だ。

しかも何故か、あの時の田村先生、半笑いだったし。


「じゃぁ・・・ドレス系はやめた方が良さそうですね」


今の話で簡単に納得する野村さんの声に、わずかな物悲しさを感じつつ、僕は顔を上げる。


「てか、着替えとか面倒だからやめようよ。いいじゃん、ジャージか体操服で。僕らしいでしょ」

「ばかっばかっ!あんたは芸術を何も解ってないんだわっ!」


・・・その言葉、野村さんが言うならまだしも、なぜ鴬谷さんから言われないといけないのか。


「確かに、いつもの黒沢先輩もステキですが・・・

 私がインスピレーションをうけた先輩の姿はちょっと違うんです。

 ・・・どう違うのかって言われたら・・・困るんですけど・・・」


その姿を模索する意味もあって、これだけ沢山の衣装と小道具を集めてきたのだと、そう野村さんは呟く。


「ね、ねっ!野村さんがときめいたカヅちゃんって、ようは陸上部の王子様モードだったわけでしょ!

 だったら思い切って王子様の格好させてみちゃおうよっ♪」

「・・・男装ですか?なるほど、似合いそうですね・・・」


二人の少女はそう意見を一致させ、揃って僕に視線を注ぐ。


「えー・・・ヤダ!絶対ヤダよ!大体僕、その王子様って名称、嫌いなんだからっ!」

両手をぶんぶん振って、全身で拒絶を示す僕に、二人の少女は息を合わせて「ニヤリ」

 次の瞬間、お前ら、本当に初対面か?と、尋ねたくなるほどの表情の一致を果たした。


「野村ちゃんっ!足、足押えて!」

「はいっ!先輩は速くそっちの衣装をっ!!」


――まてまてまてっ!なんだそのコンビネーション


野村さんの力は、案の定見た目と比例しない。力強く足を抑えられた僕はもう逃げることすら叶わず・・・哀れまな板の上の鯉。


「きぃやあああああああああっ!」


思わず柄にもない悲鳴を上げてしまうほどに激しく、

僕は二人の少女の手により服を剥かれ、着せられ、被せられ・・・

白タイツと南瓜パンツ、そして王冠というトリプルアイテムに身を包んだ僕は


「・・・ないわね」

「これは・・・ただの宴会芸です・・・」


と、大不評を買った。


「お前ら・・・」


恥ずかしさよりも、怒りの際立つ声で、僕は呟く。・・・そう、呟くだけ。

だって相手は自分より小さな女の子。乱暴な真似ができる筈はないのだ。

・・・というかこれ、どう見てもウケ狙いのコスプレ衣装だろ。着せる前に気付こうよ。


「でもでも、今黒沢先輩の服脱がせて気づいたんですけど、

 やっぱり先輩、すごい良い身体してますねっ!腹筋割れてるじゃないですかっ!」


高まるテンションに、顔を耳まで赤く染めた野村さんは言う。


「そりゃ・・・毎日走りこんでるからね。ここ二年は筋トレも欠かしたことないし・・・」


僕は応える。

その事実を口にした瞬間、「女の子」という名の脳内ポルシェが、時速二百キロのドリフトをかましつつ、

僕から離れていくような気がするが、もうどうしようもない。


「・・・私、先輩の筋肉、描きたいです・・・」


ぽつり、野村さんは呟く。


「ああ、ようは脱がせたいのね?マッパいっちゃう?」


鴬谷さんが、気楽な感じで、その案に乗っかってくる。・・・・ねぇ、ちょっと待って、その盛り上がり方おかしくない?


「あ・・あははっ。それはないない!流石にキツイって、ねぇ?」


必死で笑い飛ばそうとしてみるが、二人の少女の目はマジだ。


「・・・大丈夫ですよ先輩。大事なところは布とかで隠しますから」


あくまで真面目に、野村さんは言う。


「あ、ほら。これとか良いんじゃない?黒布・・・なんだろ、暗幕の切れはし?」


衣装の山から謎の黒い布を引きずり出し、鴬谷さんは楽しそうに笑う。

僕の頭はもうホワイトアウト。恐怖以外に何も考えられない。


「さ、先輩。とりあえずその服脱ぎましょう?」

「ひぃいいいいいやあああああああっ!来ないでぇ!」

「大丈夫よ、カヅちゃん。パンツは履いてていいから。

 ・・・あ、でもブラは邪魔ね。どうせ胸ないから要らないでしょ、外しちゃいましょ」

「ば・・っばかっ!あるよ!要るよ!」

「・・・でもブラジャーがあると折角の大胸筋がもったいないですよ?」

「大胸筋じゃねぇよ!僕の女の証は、小さくとも、確かにここに存在してるんだよ!」


僕の抵抗も虚しく、二人は慣れた手つきで僕を拘束し・・・そして・・・うあああああっ!

チクショウっ!この軽犯罪者どもめ!


 正直この後の記憶は殆どない。

完全なる抜け殻となった僕を、野村さんはインスタントカメラでパシャパシャ撮りまくり、

窓の外がすっかり暗くなるまで、この恐怖の撮影会は続いた。

オカアサン。ボクハモウ、オヨメニイケマセン。



――――



「本当に、今日はありがとうございました!おかげで良い作品が描けそうですっ!」


玄関先で、とびきりの笑顔を見せる野村さんに、鴬谷さんは満足げに頷く。


「うん。野村ちゃんなら、絶対素敵な絵描けるよ。頑張ってね♪」


「ありがとうございます」と笑う野村さんの手には、ホカホカのネガフィルム。これから現像に出すのだと、嬉々として語っている。

  そうして二人肩を並べ、家路を向かう姿を、僕は図書準備室の窓から、ただぼんやりと見つめていた。


着慣れたジャージに、ようやく袖を通した今も、先ほどの恐怖が拭えない。

震える身体を包むものはないかと探った手は、皮肉にも先ほどの黒布を拾い上げた。


唇を噛みしめ、僕は黒布を頭まで被り、身体を抱き締める。


「・・・っな・・・なくもんかっ!」


・・・そうだそうだ。これで良かったんじゃないか。

おかげで野村さんは絵がかけるし、鴬谷さんも楽しそうだったし。


――これでいいんだ。


そう言い聞かせる自分が、健気で泣けてくる。


「・・・でも、胸は・・・あるもん」


頑張れ自分。負けるな自分。でも涙が出ちゃう、だって女の子だもん。

 そんなこんなでこの日、僕は生れて初めて、部活をさぼったのでありました。





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