ep.03【少年は乙女盛り】
黒沢カヅキ、十四歳。身長百七十センチの僕は、こう見えても花の乙女である。
しかしながら最近、僕を「陸上部の王子様」と呼ぶ困った輩が、校内で増殖していた。
顔立ちは人並みでしかないし、髪や肌だって毎日の練習のせいで日に焼けて微妙な茶色。
健康的と評価されることがあっても、綺麗や高貴といった評価を受けることは決してない筈のこの僕が、
なぜ王子様などと呼ばれないといけないのだろう。
繰り返し言っておくが、こう見えても僕は女の子なのである。
「だって、そこらへんの男子より、背も高いし、爽やかでかっこいいし、頼りになるし。惚れ惚れしちゃう♪」
僕についてる王子様の称号をこよなく愛する一人の女子生徒は、そう発言するや否や、セーラー服のスカートを軽やかに翻し、嬉々として僕の腕に抱きついてきた。
・・・予想以上の高評価に鳥肌が立ちそうだ。
「それになにより、去年の春、カヅちゃんが演劇部のピンチヒッターやった時のアレ!」
「・・・あー・・あれは・・・」
テンションの高い少女を前に、僕は項垂れる。
ここは僕の所属する2-Bの教室。学校指定のジャージに身を包んだ僕は、少女からそっと腕を振りほどき、その腕で頭を押さえつつ、次に聞こえてくる言葉に耐えた。
「あの時の男装、超良かった!あれはもうカヅちゃんっていうより・・・」
――ヅカちゃんって感じでした。
件の舞台を目にした知人らは、口を揃えてそう言い切った。
ヅカというのは・・・説明する必要もないのかもしれないが、宝塚の意味だ。
初めて舞台に出演するという情報を、うっかり従弟の陽一に伝えたのがまずかったらしい。
僕は当日、叔母の手によって過剰なメイクを施される羽目になり、
自他共に認める地味系な僕の顔は、その日限りで麗しのトップスターに変貌してしまったのだった。
あの後しばらくは、男子からは笑いのネタにされるし、女子から受け取るファンレターの数は増すしで、
げっそりするような日々を送らなければならなかった。
――というか、化粧したことでネタにされるって・・・どうよ。
僕の胸に根付く、ささやかな乙女心がチクチクするような思い出である。できれば思い出したくないのだが、
目の前にいる少女・・・クラスメイトの鴬谷さんにとっては、華麗なる青春の一ページになりつつあるらしい。
「もう、超カッコ良かったんだもん!私もあの舞台で一気にカヅちゃんのファンになっちゃったし・・・」
それに、と鼻息もあらく、鴬谷さんは続ける。
「昨日のあの走り!一年生の女子が超はしゃいでたんだよ、カッコいい先輩がいるって!
絶対またファン増えてると思うよ!ヤッタネ♪」
「ひぃーーーやーーーだーーーーぁ」
衝撃の事実に、僕は復帰不可能なまでに顔面を机にめり込ませる。
なんで女の僕が、女の子にモテなくちゃいけないんだ。
おかげで(異性から)モテない歴=年齢の記録を順調に更新中だ。
今年受け取ったバレンタインチョコの数も、学年一位のモテ男君を超してしまい、
僕は日々、自分の性別に自信を持てなくなっていっている。
「でもでも~、私さっき登校する時チラっと見たんだけどさ、カヅちゃんの靴箱、すごいことになってなかった?」
鴬谷さんはニヤニヤと嬉しそうに、項垂れた僕の旋毛を突きながら言う。
「うぅ・・・そうやって気楽に笑ってくれてるけどなぁ。
僕は朝から本当に大変だったんだぞ・・・」
力の入らない声で僕はぶつくさ呟く。
靴箱に恋文という文化は、今も昔も変わらないと聞くが、
僕が受け取るファンレターの受け取り口というのも、基本的には靴箱だった。
大体の場合は、週にニ~三通入れられる程度の量で済んでいたのだが、
運動会後の初めての登校日である本日に至っては、郵便局員に回収して欲しい程の量になっていた。
というか、手紙だけならそんなに困らなかったのかもしれない。多少量はあっても、そこまで大荷物にはならないし。
・・・そう、僕を困らせた贈り物は、ただの手紙ではなかった。
「なんで僕の靴箱に、テディベアが刺さってるんだよ」
朝七時。朝練に参加するため、誰よりも早く登校した僕が目にしたのは、
僕の靴箱に無理やり頭を突っ込んだ、巨大なテディベアの尻だった。
淡いクリーム色の巻き毛が、靴臭いこの場所に似合わないことこの上ない。
上履きを取るために恐る恐るその頭部を引き抜くと、くりんと丸い両眼が現れる。
確かに可愛いし、どこか品の良さを感じる代物だ。
普通に受け取っていたら、僕だって一人の女の子。それなりに嬉しかったかもしれない。
だがしかし、この現状では迷惑としかいえない。
テディベアを引き抜くと同時に、靴箱の中に詰められていたファンレターの数々がドサドサと落ちてきて、
その場はちょっとした大惨事になるし。
巨大なテディベアのせいで、見回りの先生からは「要らないものを学校に持ってくるな」なんて怒られてしまうし・・・
「・・・で、そのクマちゃんはどうしたの?」
興味津津な顔で尋ねてくる鴬谷さんに、僕はため息交じりに答える。
「校内に持って入るわけにもいかないから、
体育館裏のトイレに隠してきたよ」
あのテディベアには申し訳ないが、長年故障中の札を掲げているあの個室は、人目を避けるには丁度よかったのだ。
僕は今日、朝一でテディベアを洋式便器の蓋の上に座らせてから、
陸上部の朝練に向かう羽目になったのだった。
「えーー。クマちゃんかわいそーー」
僕の話を聞いた途端、鴬谷さんは可愛い頬を丸く膨らませて非難する。
――うーむ・・・。これが女の子らしさというやつなのだろうか。
悲しいかな、やはりあのテディベアは僕みたいにやたらデカイ男女よりも、
小柄で、フランス人形のように可愛らしい鴬谷さんにこそ似合うのだろう。
「・・・鴬谷さんって・・身長いくつだっけ?」
唐突に、僕は尋ねてみる。
「・・へ?百三十七センチだよ。春の身長測定ではね、二センチも伸びてたの!」
嬉しそうにブイサインをしてみせる鴬谷さんの姿に、僕は海よりも深くため息をついた。
――身長差、およそ三十センチ。
この様子じゃ、僕が普通の女の子と同等に扱われる日は、まだ先のようである。