ep.02【漆黒の少女】
こうして最終競技であった団対抗のリレーは終わり、麹町中学校秋の大運動会は閉会式へと流れて行った。
件の黒沢カヅキも、今は厳かな表情で終演の雰囲気に呑みこまれて、またちょっとだけ、涙ぐんでいる。
この時点のカヅキは知るよしもないことであるが、
この時、人気のない筈の校舎から、カヅキを観察している二つの視線があった。
一つは保健室のベッドの上から投げかけられる、病弱な少女のもの。
普段から青白い顔を、この瞬間ばかりは真っ赤に火照らせている。
大層興奮しているようで、「キタ・・・キタコレ!」と唸りつつ、スケッチブックの上で鉛筆を躍らせているようだ。
・・・まぁ、この少女の詳細については追々解ることになるだろう。
問題は二つ目の視線の主である。
「・・・ふーむ。案外、イケるかもしれんの」
双眼鏡片手にニヤリと微笑んだそいつは、今一人、屋上に立っていた。
真黒なマントを頭までスッポリ被ったその姿は、
遠くから見れば、少し大きなカラスに見えるかもしれない。
一見すればただの子供。しかしその正体は、割と神がかりであり、名をゲノムという。
「所詮は恐怖から出た馬鹿力というところじゃろうが。
鍛えればある程度は使えそうでもある」
ゲノムはそう呟き、双眼鏡から顔を離す。青空の下に現れたその顔は、たいそう美しく整っており、
長い睫毛に覆われた水色の大きな瞳の周りには今、くっきりと丸いレンズ縁の痕が残されていた。
そう、ゲノムはカヅキの見た白昼夢の内容を知っていた。
むしろ、あの白昼夢を見せた当人だったりもする。
黒のマントさえなければ、ただの美幼女でしかないゲノムだが、
こうやって人間の精神を弄るくらいなら、朝飯前なのだ。
「よし決めたぞ。次はあいつにする」
高い空、ガンガンに照りつける太陽の下、ゲノムは朗々とそう宣言し・・・
――ドサリ
満面の笑みを携えたまま、コンクリート造りの地面に倒れこんだ。
十月とはいえ、世間は異常気象という名の炎天下で悲鳴をあげているような現状。
ここまで徹底した黒ずくめで、日当たりの良い屋上に何時間と突っ立っていたのだ。
幼い子供の身体では一溜まりもあるわけない。
「・・・っくぅ」
高熱に目を回したゲノムの意識はそのままふっとび、
涼しい夜が来るまでは目覚めることはなかった。