ep.15【ウール100%】
午前五時。とりあえず朝日が昇っていることだけを薄目で確認し、僕は鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばした。
「ふぁあ・・・」
半身を持ちあげた僕は、とりあえず、欠伸を一つ。
「ゲノムぅ・・・起きてるか?」
そう声を掛けた対象は、現在、僕の隣で背中を丸め、幸せそうに御就寝中だ。
昨晩床に入った途端、自分の身体を包みこむ布団の余りの柔らかさに涙をホトホトと零し続けたゲノムのことだ。
きっと、今頃は天国にでもいる夢を見ていることだろう。
・・・布団程度で感激するとは、なんて不憫な子供だろう。
そう考えると、ゲノムの揺り起すために伸ばした僕の手も躊躇したくなる。
しかしまぁ、ここで起こさないという選択肢はないわけで。
「ゲノム、起きろ。今日は一緒に学校に行くって言っただろ。
早く家を出ないと・・・人目についたら面倒なことになるぞ」
キープアウトされた学校になんとか潜入し、パンドラの手掛かりがあると思われる図書準備室へ向かうこと。
それが僕らの本日の行動予定だった。
「一緒に着いてきて、僕のこと、守ってくれるって言ったじゃん。
早く起きてよー。ゲノム!」
小さな背をゆっさゆっさ揺さぶりながら、僕は言う。
昨日のパンドラの発言のおかげで、今現在、僕はかなり臆病になり果てているのだ。
僕を守ってくれるというのであれば、か弱い存在にしか見えない幼女にすら縋りたい。
「うーん・・・梅干しとウナギはもうこれ以上食べれぬ・・・むにゃむにゃ」
「ダメだよ!いくら夢の中だからって、そんな食べ合わせの悪い定番のモノを大量に口にしちゃいけないよ。
いいから早く起きろってば!」
ゲノムの口から零れ落ちる個性的な寝言に突っ込みつつ、僕は幼女の半身をグイと引っ張り、起き上がらせた。
今後僕に襲いかかってくる輩というものが、一体どれほどの数いるのか、見当もつかないが・・・
とにかくゲノムが一緒じゃないと、今後僕はマトモに外を歩けないことだけは確かなのだ。
「・・・ぬぅ。カヅキ殿・・・もう朝かえ?布団って・・・気持ちいいのじゃなぁ・・・」
寝ぼけ眼を擦りつつ、ようやく目を覚ましたゲノムは言う。
「寝たいのぉ・・・もう少々寝たいのぉ。でももう・・・行かねばならぬのぉ・・・」
「そうだよゲノム。お布団なら、これから毎日使わせてあげるから、とにかくもう、行こう?」
ほら、早く着替えて着替えて、と、僕はゲノムをベット下に抱え下ろす。
ちなみに現在の彼女の衣装は、黄色い水玉模様のパジャマ上下。勿論、これも陽一の服の一つである。
昨晩、叔母にゲノムのことを紹介した際、ゲノム用にと渡されたのだ。
「むぅ・・・服・・・服はどこじゃ・・・?」
「ほら、昨日叔母さんがゲノムが着れる服、何枚か選んでくれてたでしょ。
そこの棚の上に置いてるから、好きなの着てきな」
未だ目が開ききっていないゲノムの背を押し、僕は子供服が山盛りになってる部屋の一角を指す。
そう、今やすっかり、ゲノムは我が家に受け入れられている様子なのだ。
叔母をどう説得すればいいのか、頭を悩ませていたのもバカらしくなる程に、
我が家はあっさりと、ゲノムの存在を受け入れた。
そもそも、縁も所縁もない筈の僕を長いこと養ってくれている叔母のことだ。わけありの子供というものに慣れてしまっているのだろう。
「娘が増えた」と、嬉しそうに笑う叔母の姿を思い出し、僕は改めて、ほっとため息をつく。
叔母がおおらかな人で、本当に良かった。
「服・・・ふく・・・」
半眼のまま、よれよれと歩き出したゲノムを横目に、僕も自身の着替えを始める。
・・・やはり、侵入目的とはいえ、学校に行くのだ。いつも通り指定のジャージを着るのがベストだろう。
僕はタンクトップの上からジャージの上着を羽織り、諸事情によりゴミ箱行きとなったジャージズボンの変わりにと、体操服の短パンを穿く。
「うん。これでよし」
後は顔を洗って、軽く朝食を摂り、出発することにしよう。
「おいゲノム。僕、先に洗面所行ってくるから・・・」
そう声をかけようとして、次の瞬間僕は息を呑む。
ゲノムの姿が・・・ない。
「・・・え?」
おかしいだろ。だってゲノムは、ついさっきまでこの部屋に居て、
うとうとしながらも、着る服を探して子供服の山に頭を突っ込んでいたはず。居なくなるわけがない。
混乱し、きょろきょろと周囲を見渡す僕に、不意に聞きなれた幼児声が届いた。
「・・・さぁカヅキ殿。いざ、学校へ!」
すっかり眠気が取れたのだろう。覇気のあるその声は、戦いに赴く兵士のように気合い充分。
・・・ただし、その容姿は余りにも愛らしすぎる。
「ゲノム・・・お前・・・」
ゲノムの所在に気づいた僕は、痛み始めた頭を押さえながら唸り声を繰り出す。
「いや、確かに。服の近くに置いてはいたけど、それ普通、着るものじゃないから。ていうか、よく着れたな、それ」
「ぬ。どうしたのじゃ・・・カヅキ殿?そんなに変かえ?」
途方もない虚脱感に、僅かに震える僕の様子が不安を誘ったのだろう。ゲノムは僕に向かって心配そうに小首をかしげてみせた。
――きゅるりーん♪
そんな擬音と、ハートマークが辺りに飛び散りそうなほどの愛らしさだ。
「とりあえずな、ゲノム」
モフっと、僕はゲノムの肩、もとい白貴族アルフィーの肩に手を置いた。
「それだと前が見えないだろ?服じゃないって、気付こうな?」
確かに、巨大なテディベアではあったが、まさか幼児一人が入れるサイズだとは思わなかった。
腹に空いた穴から、どうやって内部に侵入したのか。その手段は気になるところだが。
とにかくゲノムは今、白貴族アルフィーと完全なる一体化を果たしていた。
「・・・確かに、これだと前が見えぬの。どうしてかの・・・?」
・・・ゲノムは、この幼女はもしかして、まだ寝惚けているのかもしれない。
不安になってくる僕の目の前で、ゲノム入りのテディベアは何かに気づいたようにコクリ頷き、
――・・・ぶちぶちぶっちぃ!
盛大な千切れ音と共に、自らの首を引き破った。
「うあああああ!!野村さんのテディベアがあああ!!」
「あああああ!アルフィー殿おおおおお!!」
破り取った頭部と向き合ったその瞬間。
ゲノムは今度こそ確実に、目を覚ましたようだった。




