見えない線
「今日から入る西園寺ひよりさんです。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
担任の先生は、やわらかな声の女性だった。
私は一歩前に出て、頭を下げる。
「西園寺ひよりです。よろしくお願いします」
ざわり、と教室が揺れる。
「西園寺って……」
「理事長の?」
席は、海里の隣。
「よろしくね、海里お兄ちゃん」
「……学校ではやめろ」
小さく言われる。
授業が始まり、最初の休み時間。
チャイムが鳴った瞬間、海里は立ち上がった。
「どこ行くの?」
「……囲まれる前に退避」
廊下には、すでに何人か女子が待っている。
海里はその女子を避けるように教室を出ていった。
静かになった教室。
前の席の女子が振り向く。
「今日、囲われてましたよね」
「え?」
「ほら、朝の西園寺家の兄弟に」
「うん、みんな一緒だったよ」
「花道はいつもあるけど、真ん中に女性がいるのは初めて見ました」
笑っているけれど、目が冷たい。
昼休み。
私はお手洗いに行くため教室をでる。
戻ってきたとき、違和感があった。
自分の机の周りだけ人が居ない。
そして私をちらちら皆が見ていた。
席に近づく。
――机の上が、白い。
黒板消しの粉が、きれいに広がっている。
中央だけ、狙ったように。
後ろから声がした。
「机の上汚いわね…」
「風で飛んだんじゃない?」
みんなが私を見ながらくすくす笑っている。
私は何も言わず、教室の後ろへ行く。
ゴミ箱を持ってきて机の上の粉を静かに落とす。
誰も手伝わない。
ただ、見ている。
「特別席だもんね」
小さな声。
はっきり聞こえた。
私は顔を上げない。
机を拭き、ゴミ箱を戻す。
私は席に戻る。
午後の授業の準備のためノートを開いた。
ページの端に
――「連れ子」
その下には
――「元貧乏人」
喉の奥が、ぎゅっとなる。
さらに、小さく
――「調子乗らないで」
後ろで笑い声。
「あんなに怜央様たちに近づいて…」
「いいわよね、コネって」
「母親がきっと理事長へ体でも売って取り入ったんじゃないかしら?」
先生も海里もまだ来ていない。
私は消しゴムをかける。
こすって、こすって。
文字は消える。
でも跡が残る。
(大丈夫)
偶然かもしれない。
ただの悪ふざけかもしれない。
海里が戻ってくる。
「何かあった?」
「ううん」
私は笑う。
「何もないよ」
海里は少しだけ眉を寄せる。
でも、それ以上は何も言わない。
まだ、はっきりとは言えない。
でも。
これはもう、気のせいじゃない。
教室の中に、見えない線がある。
私は、その線の外側にいる。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少しずつ、教室の空気が変わり始めました。
はっきりとした出来事は小さなものかもしれませんが、ひよりにとっては確実に“何か”が動き出しています。
見えない線。
聞こえる悪意。
そして、まだ兄たちはそのことを知りません。
守られているはずのひよりが、守られていない瞬間。
この先、どうなるのでしょうか。
次回は物語が少し動きます。
学園には、ひよりをよく思わない存在が…。
お楽しみに。




