優しい独占欲
(パーティー、一週間前)
朝。
三着のドレスが並んでいる。
ネイビー。
くすみローズ。
アイボリー。
ひよりは少し落ち着かない顔で立っている。
黒縁の眼鏡の奥で、ちらっと僕を見る。
「全部、私が着るの?」
「うん」
僕は穏やかに頷く。
「今日はちゃんと、ひよりを仕上げる日だから」
「仕上げるって何それ」
くすっと笑う。
「まずはコンタクト」
ひよりが即座に眉を寄せる。
「めんどくさい…」
分かってる。
だから一歩近づく。
「今日は、僕の言うこと聞いて」
少し低く、柔らかく。
ひよりの呼吸が止まる。
「なんで?」
「ひよりの可愛い姿を見たいから」
数秒の沈黙。
ひよりは小さく息を吐いて、眼鏡を外し、コンタクトを入れて戻ってきた瞬間。
僕は完全に言葉を失う。
丸い瞳。
光を受けて揺れるまつ毛。
今まで隠れていた輪郭。
「……蒼お兄ちゃん?」
不安そうな声。
僕はゆっくり近づく。
「可愛い…」
はっきり言う。
ひよりの頬が一瞬で赤くなる。
「正直、想像以上」
ひよりが固まる。
本当に可愛い
僕はそっと頬に触れる。
親指で、赤くなった場所をなぞる。
「本番、これでいこう」
一歩、さらに近づく。
「見るのは僕が一番先だから」
ひよりの目が揺れる。
僕はそのまま、そっと頬にキスを落とした。
軽く一瞬。
でも確実に。
ひよりが息をのむ。
「蒼お兄ちゃん……!」
「練習だよ」
さらっと言う。
「パーティーで動揺しないようにね」
でも内心は違う。
――僕のものだと印をつけたくなっただけ。
⸻
ネイビー
ひよりが出てくる。
大人びている。
でも硬い。
僕は後ろから肩に触れる。
「似合ってるよ」
「ほんと?」
「でも少し大人っぽいね」
小さく笑う。
背中に手を添える。
「ひよりにはもっと似合うドレスがあるよ」
囁く。
耳元に近い距離。
ひよりが震える。
⸻
くすみローズ
柔らかい。
可愛い。
ひよりが安心したように笑う。
「これ好き」
「可愛い」
素直に言う。
でも僕は首を振る。
「でも、それだと僕が不安」
「え?」
「守りたくなる」
腰に手を回す。
軽く引き寄せる。
「僕の隣に立つなら、守られるだけじゃだめ」
ひよりの瞳が揺れる。
甘い。
でも逃がさない。
⸻
アイボリー
カーテンが開き、光がひよりを包む。
僕は息をのんだ。
本当に綺麗だ。
ひよりに近づき、背中のリボンを整える。
腰に触れる。
指が少しだけ長く止まる。
「深呼吸して」
小さく言う。
ひよりが従う。
「歩いてみて」
一歩。
ヒールの音が響く。
僕はゆっくり笑う。
「完璧」
僕は背後から抱き寄せる。
そっと。
「ひより綺麗だよ」
耳元で言う。
「もともと綺麗だった」
ひよりの肩が震える。
「蒼お兄ちゃん、近い」
「わざと近づけてるんだよ」
そのまま言う。
「本番、誰よりも僕が一番見惚れる」
少しだけ声を低く落とす。
「他の人が見る前に、僕に慣れて」
ひよりが真っ赤になる。
僕は、もう一度。
今度はゆっくり、頬にキスを落とした。
「……僕だけを見て?」
「え…?」
僕は穏やかに微笑む。
王子様の顔で。
でも内側は、少し黒い。
――この姿を、誰にも奪われたくない。
令嬢たちが焦るのも、分かる。
でも。
ひよりが一番自然に笑うのは、僕の隣だといい。
少なくとも。
今は、僕だけの時間。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回はパーティー、一週間前。
蒼回でした。
優しくて柔らかい王子様。
でもその内側には、ちゃんと独占欲がある。
ひよりを“変えた”わけではなく、
もともと持っていた物を引き出したにすぎない…
一週間後、令嬢たちの前でその姿を見せることになります。
果たして、誰が一番動揺するのか。
そして本番直前、最後のダンスレッスンへ。
甘さの裏で、均衡は確実に揺れています。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




