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嘘告白

作者:

 高校に入学して三か月もすればクラス内で光と影が生まれる。

 朧宗おぼろしゅうは後者だった。

 三十人ほどの生徒が学校生活を営む平凡な教室の扉側最後尾で大きなため息を零す。

 風船のように膨らむ大きなお腹にハムスターのようなぷにっとしたほお

 机に頬杖をつき黒板消しをクリーナーにかけている生徒を何気なく見て時間を潰していた。


 世間は肥満に厳しく、細身に優しい。

 せているだけでスタイルがいいだの、はかなげだの清潔感があるだのと称される。逆に太っている人はみにくいだとか、汚らしいだとか不名誉なタグ付けをされる。

 それを証明するように、登校してくる女子生徒は苦い表情を浮かべて朧宗を一瞥いちべつし、後ろを通り過ぎていく。彼女らの頭の中では、動物園にいるカバが椅子に座っているとでも認識されているのだろう。


 「邪魔なんだよデブ。ちょっとは痩せろ。教室に入るときみんな窮屈そうだろ」


 クラスメイトの一人、上田健吾うえだけんごが教室中央の席からまるでメガホンを使ったような大声を出す。

 バスケ部で高身長の彼はいかつい顔も相まって傍若無人ぼうじゃくぶじんに振舞ってもとがめる生徒は少ない。教師にいたっては授業中の居眠りもおしゃべりも注意せずに見て見ぬふりだ。日に日に教育者に対しての尊敬が薄れていくのを感じる。

 視線を向けると金魚の糞共が、トラの威を借る狐のごとくげらげら手を叩いて下品に顔を歪め笑っていた。


 「そんなに教室は狭くないんだから、太ってるかどうかは関係ないだろ」


 無視すればいいのは分かっているが、泣き寝入りは性に合わない。

 

 「分かってねえな。だから鈍いんだよお前は。いいか?よく聞けよ。横幅が無駄にでかい奴がいるとな、心理的に空間が狭く感じるんだよ」


 「それならそっちも常にしゃがんで歩いてくれないか?天井が低く感じて窮屈だ」


 「ほう、言うじゃねえか……」


 顔をひくつかせながら、わざとらしく指を鳴らして威嚇いかくする上田を取り巻きの一人がなだめようとする。


 「まあまあ落ち着きましょうよ。小さい犬ほどよく吠えるって言うでしょう?」


 「ん?……あぁ。そうだな」


 納得しかけたところで、女子の誰かが小声で「それって上田君のことなんじゃ」とつぶやいたのが聞こえたのか、「誰だ今言ったのは」とまた騒ぎ始めた。

 結局太っている奴はいじっていいと勝手に判断され自己顕示欲の標的にされる。

 小学生の時からだ。動物園にいるパンダを見るような好奇な視線にさらされ、たわむれるようにお腹の肉をつままれる。

 そんな人間関係のストレスから暴食に走り、さらに太るの悪循環。


 「おはよう。おぼろ君」


 後ろから降ってきた黄色い声に顔を上げるとクラスのアイドルである日水灯依ひみずひより微笑ほほえみを浮かべて教室へと入ってきたところだった。

 大きな瞳に幼さが残る顔立ちにも関わらず、制服を下から持ち上げるように膨らんだ大きな胸。誰にでも分けへだてなく接する彼女はクラスで孤立している朧宗にも話しかけてくれる唯一の女子だ。

 他の生徒とは違い、無垢むくひとみを向けてくれる。

 そんな彼女にどう返事を返そうか考え、


 「お、おはよう。今日は天気が……その、いいよね」


 咄嗟とっさに天気の話題をふった。

 女友達とは無縁の生活を送ってきた朧宗は女子との会話が苦手なのだ。


 「そうだねっ!太陽の光が気持ちよかったからつい朝から庭掃除しちゃった。えへへ」


 自分から見ても返事に困りそうなボールを投げていることを自覚していたが、それにも関わらず、日水は雲のような声音で明るい笑顔を見せてくれた。

 白いリボンで左右にまとめられた綺麗なツインテールが揺れるたびに柑橘かんきつ系の匂いが鼻腔びこうをくすぐる。


 「ちょっと、灯依ひより。そんな奴と話してると菌が移るからこっちに来なよ」


 窓際の席で、足を組みながら椅子に座っていた女木由美めきゆみはスマホをいじっている手を止め、おでこにしわをよせて嫌悪するような視線を向けてきた。

 茶髪をストレートにして背中まで下ろしており、やや焼けた肌をしている。

 口は悪いが均整の取れた顔立ちをしており、クラスメイトから一目置かれている。


 「豚に話しかけると灯依まで豚になっちゃうよ。人は誰と付き合うかで見た目も考え方も変わってしまうって雑誌に書いてあったし」


 そう言って人差し指で自分の鼻を持ち上げ、ブーブーとわざとらしく鳴き真似をする。

 思いついたことを脳のフィルターを挟まずに反射で口を動かすような女子だ。

 彼女の声を聞くと嫌でも入学式の日の記憶がよみがえってくる。

 配布物を受け取るために教壇きょうだんに向かう途中で肩がぶつかったとき、謝りもせずに「きもっ」とつぶやかれた時のことを。


 「ちょっと、由美ちゃん。そんな言い方しなくても……」


 「もっと言ってやれ。もっと言ってやれ。俺もさっきひどい悪口を言われたんだぜ?日水もそいつとは話さないほうがいいぜ」


 「もう、上田君も……。朧君は私たちのクラスメイトなんだから仲良くしようよ」


 同意を求めるように視線を彷徨さまよわせる様子に「まじ優しいね」と周囲の女子達から言われ、おどおどしている。

 自分の発言が受け入れられていない戸惑いか、はたまた、親切な人だと褒められての照れ笑いか、朧宗からは判断できない。


 「灯依が正しい。由美も健吾も強く当たりすぎだ。朧君も太りたくて太っているわけではないだろうし」


 クラスカースト上位の会話に割り込んだのは女木の前に座っている眉目秀麗びもくしゅうれいの男、道場颯真どうばそうま

 切れ長の目に鼻筋が通った日本人離れした容姿は人を引き付ける魅力がある。アイドルのような体型も相まって他クラスの女子からもキャーキャー言われる存在。

 そんな彼は読んでいた本を閉じて二人を注意した。


 「颯真がそう言ってくれて良かった」


 道場と日水は幼馴染でお互いに名前呼びするほど関係が近い。

 女木や上田と性格が正反対なのにも関わらず仲がいいようでいつも一緒に行動している。類は友を呼ばないこともあるらしい。

 いや、逆に相性がいいのかもしれない。自分の考えを忌憚きたんなく発言する二人と嫌われることを恐れずにとがめることのできる道場。そんな彼だからこそ教師からの信頼も厚い。

 これが物語の主人公というやつなのだろう。朧宗とは正反対の学校生活を満喫するそんな姿を羨ましく思った。


 四時間目の音楽の授業が終わり、教室へと戻るため廊下へ出た。終わる時間が遅れたこともあり昼休みの喧騒けんそうが聞こえてくる。

 食堂へと向かう生徒達の波とすれ違いながら歩いていると腕が寂しいことに気が付いた。確か音楽室に向かっている時は何かを持っていたはずだ。

 その場に立ち止まりしばらく違和感の正体に頭を悩ませたところ、教科書を忘れたことに気が付き慌ててきびすを返して音楽室へと戻った。


 「僕の馬鹿。いくら昼飯時でお腹が空いていたって教科書を忘れることはないだろ。ほんと馬鹿」


 朝に上田から鈍い男だといわれたが本当にその通りだと気分が落ち込む。

 音楽室に近づくと明かりがついているのが確認できた。誰もいないことを期待していたが、扉の前まで来たところで中から笑い声が木霊してきた。残念ながらまだ誰か残っているようだ。

 なんだか気まずいな。どうせ「うわっ、またデブが戻ってきた」とか言われるに違いない。


 「スゥーッ、ハァー」


 深呼吸をして勇気をふるい立たせる。そして、扉を開けようと左手をかけた時だった、

 

 「じゃあ、灯依。罰ゲームとして今日の放課後、豚野郎に嘘告白ね」


 聞こえてきた話題によって扉が厳重な金庫のように感じた。


 「本当にやるの……?」


 困惑するような日水の声に道場が答える。


 「最初から罰ゲームありと承諾して始めたからな。正直、俺の趣味じゃないがちょっとしたドッキリと思えばいいだろう。灯依も朧君がクラスで孤立しているのを心配していたし、ちょうどいいだろ。朧君も俺達から相手にされて喜ぶんじゃないか」


 「あっはっはっは。やばっ!あいつどんな顔すんのかな。いつも灯依のことちらちら見てんの女子からしたらばればれで気持ち悪くて」


 「やめてよ由美ちゃん。本当はまだしたくないんだけどなぁ……朧君、いつも一人でいるからショックで学校来れなくなるかもしれないし」


 「あいつの腹のように精神までぽよんぽよんだったら……くっ、くくくっ、やっべー、まじ笑い止まんねえ、ぎゃははは」


 「由美、さすがにちょっと下品だし、声大きすぎで外まで聞こえるぞ」


 「颯真なら止めてくれると思ったんだけど……」


 「よっし、それじゃ決定な。朝、俺のこと馬鹿にした罰だ。全力でからかってやるぜ」


 「上田もほどほどにな」


 「あれっ?これって……」


 結局、朧宗がその扉を開けることはなかった。

 背中を丸めてゆっくりとその場を後にすると四人の笑い声が徐々に小さくなっていく。

 人を舐めるのもいい加減にしろ。嘘告白だと?百年の恋も冷めるとはこのことを言うのだろう。いい加減にしろ。


 「そんなに道化を演じてほしいならやってやるよ。みじめに、悲惨ひさんに、あわれに喜劇のピエロになってやるよ」


 誰にも聞こえないほどかすれた、だが、固い意志を持った震える声は確かに空気を振動させていた。鏡に映る顔はのっぺりとした仮面のようだった。


 昼休憩。

 教室で一人弁当を食べていた朧宗の前に日水灯依がゆっくりと近づいてきた。


 「朧君。あの、放課後って時間あるかな?」


 遠慮がちに小さな声で聞いてくる。

 朧宗は決して感情を表に出さないように、平静を装い何も知らないがごとく無邪気に返事をした。


 「え?僕?もちろんっ、灯水さんのためなら無理やりでも空けるよ。地球が滅亡する一時間前だって気にしないよ」


 「あはは、大げさだよ。う~ん……それなら中庭のベンチのところまで来てくれない?実は話したいことがあって」


 人差し指をあごに当てて空中に視線をさまよわせ、目を合わせようとしない。

 操り人形のように後ろから誰かの糸で動かされているみたいだ。


 「僕に?話したい事?うわーっ。なんだろう、楽しみだな。日水さんから誘いを受けるなんて」


 「あまり期待しないでよ?ほんと大したことじゃないから、がっかりするかもしれないから……」


 「がっかりなんてするわけないよ。僕は日水さんと話ができるだけで嬉しいんだから。図書館で借りづらい本を代わりに借りてこいとかでも二つ返事で引き受けるよ」


 「ふふふ。もう、そんな本は借りないよ」


 教室の角で賑やかに話す二人へと奇異な視線が集中しているのが分かる。

 方やクラスで目立たない男子、方やクラスのアイドル。釣り合わない二人が仲良さげに笑いあっているのを見て嫉妬でもしているのだろう。

 それとは別に窓際のほうから三人組がこちらをにやつきながら見ている。彼らの思惑がばれているとも知らないで、楽しそうに密談していた。


 放課後、約束した通り中庭に来た朧宗はベンチに座り彼女を待っていた。

 図書館と隣接しており植木や花壇に囲まれた読書をするのにもってこいの場所だ。友達と駄弁りながら帰宅するために通り過ぎる人や、自習のために図書館を利用しようと教科書を抱えて歩いている人達で意外にも人通りが多い。

 そんな生徒達をベンチの背もたれにだらしなくもたれ掛りながら傍観する。

 すると、こちらに向かってくる足音が徐々に大きくなってきた。


 「あ……ごめん、少し遅くなっちゃった。待ったかな?」


 日水は息を切らしながらひざに手を当てている。その拍子ひょうしにぽよんと謝罪するようにれた大きな胸。

 まるで疑似餌ぎじえさを使って小魚を食べるアンコウのようだ。

 何もかもが演技に見えてしまう。


 「僕も今来たところだから心配しないで」


 「それなら良かった」


 ふ~っと長い息を吐いてから、「失礼します」と朧宗の横に座る。


 「えと、そのね」

 

 うつむきながら、太ももをもぞもぞとこすり合わせて落ち着かない様子だ。


 「うん。何か話があるんだよね?」


 明らかに彼女は緊張した顔持ちをしていた。

 だけど、それが恋ではないことを朧宗は知っている。


 「実は入学当初からいいなって思っていて……つまり、朧君のこと好き……かもなんて」


 「それは、告白なのかな?」


 「うん……。そうなるね」


 日水は歯切れが悪く、顔は地面をじっと見ている。

 さぁ、劇の幕は下りた。ピエロになる時間だ。

 罪悪感を植え付けるというささやかな復讐劇の始まり。

 

 「僕もっ!日水さんに一目ぼれしていて、でも話しかける勇気が出なかったんだ。いつも朝に挨拶してくれるよね?内心すっごく嬉しくて、今日も一日頑張ろうって思えるんだ。僕も好きです。付き合ってください」


 嘘はついていない。

 実際に日水のことが好きだった。だから、演技にも力が入る。


 「えと……あの……うん」


 何かを言いよどみながら承諾するようにぎこちなく頷いた。

 日水の顔からは喜びはなく、困ったように微笑している。

 朧宗は知っている。

 この後、盛大にドッキリを食らうことを。

 実は嘘でしたと言うタイミングを計っていることを。

 だから、用意していた言葉を彼女が明かそうと唇を震わした瞬間に放つ。


 「日水さんみたいな可愛い子と付き合えるなんて、こんな幸せなことってないよ」


 最高の笑顔で目元に涙を溜めて、筋肉痛になるぐらいに顔を歪めた。

 さあ、来い。

 他の三人もどこかで様子をうかがっているのだろう。

 あわれに豚のように泣きわめいてやる。

 それが朧宗にできる最大限の復讐だ。


 「あっ……」


 日水は言いかけていた言葉を遮られて、タイミングをいっしたみたいに口を開けて固まった。

 沈黙が流れる。

 踏みとどまるような足踏みの音が聞こえる。

 吹奏楽部の音が響き、カラスの鳴き声が頭上を通過する。

 身構えていた心がわずかな期待で高鳴る。


 「そうだ、恋人同士なんだから灯依って名前呼びしてもいいかな」


 「えっ!そ、そうだねっ!……恋人だもんね」


 「それじゃ僕のことは宗でいいよ」


 「じゃあ……宗……でいいのかな?」


 それは、名前呼びに対してなのか彼女の置かれている状況に対してなのか。


 「こうやって女子と名前で呼び合うのが夢だったんだ」


 「それは……よかったね?」


 「そうだ、連絡先交換しようよ」


 「……うん」


 お互いスマホを取り出してメールアドレスを交換した。

 ドッキリでしたと言い出す素振りは見せない。

 もしかして、灯依は押しに弱いのかもしれない。優しすぎて喜ぶ姿に水を差すことができない様子だ。

 朧宗の中に悪魔が顔を覗かせた。このまま押し切ってしまえと。

 すると突然、校舎のほうから三人組がにやけながら近づいてきた。


 「ドッキリ大成功!というわけだから、俺の幼馴染からさっさと離れろ。お前灯依の手を握ろうとしてただろ」


 いつも冷静でクラスの主人公である道場が声を荒げる。


 「まじひくわ。豚ごときが灯依の可憐な手を触っていいわけないでしょ?」


 二人の男子に挟まれて、きゃははと笑う女木。


 「マジお前きもすぎ。一発ぶんなぐってやろうかな」


 首に手を当てて音を鳴らす上田。


 そりゃそうだよな。

 優しい日水がドッキリでしたと言い出せなければこいつらがやってくる。

 でも、二人の男から感じるみにく嫉妬しっとに内心でほくそ笑む。上田も道場も日水のことが好きなのだ。いつもご機嫌を取ろうと彼女には甘い二人。

 だが当初の計画は変わらない。ひどく落ち込んで日水に罪悪感を植えさせるのが目的なんだから。


 「ど、どういうことなんだ」


 朧宗は憔悴しょうすいした表情をして灯依を見る。


 「灯依、いや……日水。告白は嘘だったってことなのか?」


 日水の顔は俯いたままで表情がうかがえない。

 だらっと下がった両腕はぷるぷると震えていた。


 「うわっ~、恋人面して名前呼びとかきもすぎ」


 カシャっと、スマホで写真を撮る女木。


 「日水も気持ち悪がって俯いちゃってるじゃん。この俺ですらまだ名前呼びしたことないんだぜ?まじで日水のためにも一発ぶん殴らないとだめだわ」

 

 指をぽきぽきと鳴らす上田。


 「たく、灯依もちゃんと自分で断れよ。このまま二人が付き合うことになるんじゃないかと心配したよ」


 安堵のため息をつく道場。

 

 三人の声に背を押されたのか日水は顔を上げて朧宗の手を取った。恋人繋ぎと呼ばれる握り方。

 

 「ひ、日水?これはどういう……」


 泣きわめく準備をしていた朧宗は日水の突然の行動に声が裏返った。


 「灯依でしょ?さっき名前で呼ぶって決めたじゃない」


 日水の予想外の行動に三人は呆気に取られている。

 盛大にふられようと思っていた朧宗ですら困惑しているのだから、嘘告白の仕掛け人の動揺も無理はない。


 「ま、待て。灯依はそいつに脅迫されているのか?それなら言ってくれ、俺が二度と近づけさせないから」


 「颯真。私はあなたに失望したわ。宗君に嘘告白するなんていたずら、颯真なら止めてくれると思っていたのに、一番ノリノリだったじゃない。幼馴染として残念だわ」


 灯依はダムが決壊したみたいに低い声で話し出した。


 「ちょっと、灯依?急にどうしちゃったわけ?まさか本当にその豚と付き合うつもりなの?」


 「由美ちゃん。私知っているんだよ。颯真のこと狙ってるんでしょ?それで些細な嫌がらせとして私に嘘告白させようとするなんて最低ね」


 「そんなつもりじゃ……」


 「安心して、私颯真のこと幼馴染以外の感情を持ってないから。それも今日で終わり。だから、好きに告白でもなんでもすればいいわ」


 「……これは逆ドッキリか何かか?あの優しくて清楚せいそな日水がこんなこと言うわけないだろ」


 「上田君。勝手にあなたの理想を私に押し付けないでくれる?いつも性欲丸出しな視線が気持ち悪かったのよ」


 場が静まり返る。

 灯依と繋いだ手からは、三人に向ける冷たい瞳と正反対に温かい気持ちが伝わってくる。

 朧宗の仮面の顔がぼろぼろと崩れ去っていく幻想が見えた。

 

 「じゃ、二人で帰ろう?宗君」


 「……僕たち恋人同士ってことでいいの?」

 

 「うん。私宗君のこと好きだよ」


 「待ってくれ!」

 

 朧宗と灯依の背中に道場の声が響いた。

 

 「何?」

 

 灯依は振り返ることすらせずに、そう答えた。

 

 「俺、小学生の時からお前のことが好きだったんだ!朧と付き合うとか嘘だろ?だって……これは嘘告白なんだろ?」


 そんな泣きそうな声を出す道場に深いため息をついて顔だけ後ろに向ける灯依。


 「言ったでしょ?『まだ』したくなかったって。宗君にひどいことを言う君達にはうんざりしてたけど、一応仲良くしてると都合がよかったから一緒にいただけ。でも、これは一線を越えちゃったね」


 「それは、どういう意味……だよ」


 「つまり、私は宗君に前から好意を持っていて、颯真には恋愛感情を一切持ってないってこと。ごめんね」


 灯依は朧宗の手を引っ張って、今度こそ振り向かなかった。


 二人恋人繋ぎで校門を出たものだから、下校中の生徒から芸能人のごとく衆目を集めてしまった。それもそうだろう。まさに美女と野獣が並んで歩いているのだから。

 灯依は、恥ずかしそうに顔を赤くしながらも手を離そうとはしない。


 「あっ、そうだ。渡したいものがあるんだった」


 肩にかけた鞄から器用に片手でごそごそと漁り、音楽の教科書を取り出した。

 それは、音楽室で回収しそびれた教科書だった。

 

 「それ僕の教科書だ。後で音楽室に取りに行こうと思っていたんだった」


 「もう、忘れちゃだめだよ?」


 甘えた声で朧宗にささやく。

 うっとりとした目はまさに恋する乙女。

 だけど、クラスのアイドルである灯依といちゃいちゃしている現実がまだ信じられなかった。


 「あのさ、道場とは幼馴染なんでしょ?アイドルみたいな体型にイケメンで運動もできるのに、なんで彼を振って僕を選んでくれたの?」


 デブで、かっこよくもない。運動もできない。

 女子から嫌われる要素満載の朧宗を、幼馴染のイケメンを差し置いて好きになるなんて理解できなかった。

 灯依は一瞬ポカンとした顔になった後、くすくすと笑い朧宗の目を真っ直ぐ見た。


 「だって大人になって一番成功しそうなのは宗君だもん。それに、彼の持っている優れたところって時間と共に劣化するものばかりじゃない」


 そう言って無邪気に笑う灯依。

 明るく、清楚で、誰にでも優しい彼女が見せる裏の顔。

 朧宗だけが知る彼女の本音。嬉しいと共にこう思った。

 女子って怖い……。 

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